70 海馬
——ええと。
「私ですか?」
『そうじゃ。白国でやったようにのうぅ。今度は青馬に乗って青国の気を流してやって欲しいのじゃ。黒国の笛姫といえば、宣伝効果は抜群じゃからの。白国や赤国へ流れた魔法使いも注目するはずじゃ』
若君がニュッと腕を伸ばして私を抱え込んだ。
「赤鳥神様。それは楓を青国へやれと言う事ですか? こいつを嵌めて命の危険に晒した国へ? 看過できません」
あら……若君が怒ってる。
というか、さりげなく抱きしめないでくれないかな。
居心地が悪いんだが……。
「控えろ、嵐龍。赤鳥神もお前の憤りは理解して言ってる。俺だって義理の娘になる大事な楓を危険に晒したくはないぞ。だが、赤鳥神の言うのも分かる。楓は名目共に神々の寵児だ」
神々の寵児とかって……大きく出たなぁ。
というか、帝ってば悪い笑みを浮かべてないか。
「だからな、青国神。うちの楓を使う気なら、ただって訳にはいかないぞ」
「親父。楓を売る気か?」
「人聞きの悪ぃ。貸すだけだ」
若君が私を抱きしめる手に力を入れた。
——だからぁ。
「楓を貸し借りなんかさせない」
「落ち着けって。危ない目には合わせない。お前も一緒に行け。濃紫もつける」
——はい?
「その代わり、海馬を進呈してもらおうか」
オロオロしていた青馬神様がキョトンとした顔になる。
赤鳥神様が苦笑しながら頷いた。
『さすが、剣竜よな。妾と同じ所に目をつけたか』
「青国というなら、他にないからな」
——えっと。
海馬ってのは、珍しく水を得意とする馬の事だ。足も速く、勇敢で持久力もあり、魔物にも怯まないので軍馬として優秀だと聞いたことがある。ただ、人に懐き難いので飼うのは大変だとも聞く。確か、魔力のない人間は側にも寄らせてもらえないとか……ああ、それで濃紫か。
青馬神は眉を下げて悲しそうなな顔のままだ。
『現状打破を手伝ってもらえるというなら、海馬の進呈は喜んで行いましょうぞ。けれども、あれは魔力のある者にしか懐きませんよ?』
「問題ない。ウチには魔法使いも多く住んでいる。魔力持ちには事欠かない。それにな、青国神様。黒国で海馬を欲しがったという事実の方が利用価値がありましょう」
……なるほどな。
「海馬を特産として盛り立てて、青国の経済状態を上向けようって話ですか」
帝かニヤッと笑って頷く。
「俺も金を稼ぐのは重要な問題だと思ってるからな。国費を増やさねーと、魔法使いに手厚く報いることもできねぇ。彼らは民を守る盾にして剣だ。潤沢に褒美を出すのは当然だが——無いものは出せねぇもんな」
赤鳥神様が、ふふふ、と笑う。
『話が早くて助かるのう。経済の立て直しは青馬に任せるとして、青国は荒れすぎておる。嵐龍殿も一緒にというなら、こんなに心強いことはなかろうのう。妾も後押しするゆえ、白国で着た衣装で巡るが良い。おお、そうじゃ、北斗の贈った扇も使っておくれ』
私を抱えていた若君が、ゆっくり首を回して私を見た。
「扇?」
ああ。
声が低い。
「赤鳥神様の衣装に合わせた物を……いただきまして」
「聞いてないんだが?」
——言ってないからね。
若君が片手を離して私の頭に拳をグリグリと押し付けてくる。
「い、痛い、痛いって若君!」
「俺はお前に言ったよな? ホイホイ物を貰うな。貰ったら俺に教えとけって!?」
「だから、ほら、赤鳥神様の衣装とセットだったから! 深い意味ないから!」
「それを決めるのはお前じゃないだろ!」
「だって、若君は怒るじゃないか!」
「お前が不用意だからだろ。北斗王に礼の品も送れないだろーが」
「……あ」
赤鳥神様が面白そうに、ほほほほっと笑っている。
『お主らはほんに仲の良い。黒国は安泰じゃの剣竜』
「お陰様で」
私は若君の腕の中でもがきながら、思いついた。
「帝、それなら雲母王子を呼んでは如何でしょう!」
「白国の第二王子をか?」
「雲母王子は大陸の外にも知り合いがいるようで、この先は貿易に力を入れると言っていました。黒国も一枚噛ませてもらいたいと思っていたんですよ。販路が広がれば、海馬の輸出も叶うかもしれませんし」
「……ほぉ。大陸の外か」
若君が私の耳を引っ張る。
「お前は!」
「痛い! な、なにすんですか」
「次々と男を誑かしてんじゃねーぞ」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ! 雲母くんはそういうんじゃないし! 誑かしてないし!!」
——酷い言いがかりだ!




