7 優しい子
濃紫が整った顔で眉を吊り上げ私を睨む。
私は睨まれたくらいで言う事を聞いたりしないぞ。
美形に睨まれるのは若君で慣れてるからね。
神気の迫力は濃紫の眼力の比じゃないし。
「君が僕を信じられないのは承知してる。それも致し方ないと思ってはいる。けど、今回は君の気持ちを尊重するわけにいかない」
私は負けじと濃紫を睨み返す。
「絶対に嫌だ。私に触ったら舌を噛んで死ぬ!」
「楓ちゃん」
「無理! 魔法で探査するって、お前に精神を撫でられるってことだ。冗談じゃない!」
「龍神の加護がどう働くのか知っておかないと、天水の玉が暴走するかもしれないだろ!」
私と天水玉に黒龍神の加護がついたと知った濃紫は、魔法で私を探査すると言い出した。探査魔法は闇魔法の一つで、相手の魔力の構造や魔力量、弱点などを探る。
それって、あいつの魔力が私の中を流れるって事だ。
気持ち悪い! 絶対嫌だ!
紫色の目に威嚇を滲ませた濃紫は、綺麗な顔を歪めてゆっくり近づいて来た。
「すぐ終わる。灰色、抑えてろ」
モフモフした太とい腕が私を捕まえる。
「悪い。楓。大人しく——」
「離せ! 離して、嫌だってば、灰色さん!」
私の胸元で守り鈴が激しく鳴り始めた。
全力でもがく私を傷つけないように、灰色さんが苦戦してるのが分かる。けど、どうしたって灰色さんは濃紫の侍従だ。私の懇願ではなく、濃紫の命令の方を聞く。
伸びて来た濃紫の指が私の額を掴もうとする。
「嫌だ、嫌だ、嫌だぁ!!」
けたたましい守り鈴の音に若君が襖を開くのと、私の体から雷のような光が出るのは同時だった。灰色さんの手が緩んだ隙をつき、私は真っ直ぐ若君に走って行ってしがみ付いた。
頭一つ背の高い若君は、私にしがみ付かれて困惑した声を出す。
「……おい?」
「濃紫に魔法をかけられるのは、絶対に嫌です! 師匠のところへ行きます! 師匠の魔法なら良い。師匠に探査してもらう! 濃紫は死んでも嫌だ!」
我ながら情けないとは思うのだけど、私の体は恐怖で細く震えていた。体が覚えてるんだよね、濃紫の策略で天水玉に触った時を——。
千年の呪い玉を侮っちゃダメだ。あの時に私の身をさいなんだ苦痛、全身を細かく切り刻まれていくような痛み。身体はずっと覚えてる。精神の苦痛は、思い出すのも、口に出すのも、嫌だ。
「……分かった。俺が月光宗元の所へ連れてく」
若君がそう言って、私の背中をポンと叩いてくれた。顔を上げて、自分がしがみ付いてるのは若君だと確認した途端に——意識が飛んでしまった。
だから、濃紫が相当に傷ついた顔をしてたって事も、雷らしき光で灰色さんが軽い火傷を負った事も、後で若君に教えられた。
「なあ、本気でここで寝るのか?」
「今の私は魔法が使えません。寝てる間に自分を守る方法がないもの」
私は若君の部屋に上掛けを持ち込んで、いっときも離れない構えだ。今は若君しか頼る人がいない。
「……なんども言うけどな。濃紫は相当に落ち込んでたぞ?」
「知りません。アイツが私にした事を私は一生許しませんから。若君は私に構わず寝て下さい。私は勝手に転がって寝ますから」
「お前なぁ」
「邪魔ですか?」
若君が溜息をつく。
「邪魔とかじゃない。けどな、濃紫が杜若の宮に居るのは、俺を守るためじゃないぞ? 俺は守られる必要がない。アイツが守ってんのは……お前だぞ?」
それは、そうなんだろうさ。
若君は神龍の血筋、その身に神気を持つ。
帝もそうだけど、皇族の力は普通の人間とは違う。彼らを傷つけたり、殺したりするのは、通常の人間には無理だ。魔法使いだって彼らの前では無力に等しい。
「アイツが守ってんのは天水玉です」
「頑なだな」
「……今は、若君の側でしか安心できない」
彼はハーっと深く息を吐く。
「俺の部屋で寝るってのが、どんな憶測を生んでもしらないぞ」
「憶測? え……若君に子供趣味があるとか?」
「ない!」
ものすごい勢いで否定して、膨れっ面になる若君。
私は思わず笑ってしまった。
この状況で笑わせてくれる若君に感謝したい。
「若君に迷惑が掛かってしまうのは、申し訳ないですが。一人では眠れそうもないんですよ」
「……いいけどな。俺に嫁ぐ娘は、生贄みたいんなもんだし。俺の方は、いまさら、いい噂も悪い噂もない」
——ああ。
若君は腹の子が龍気で母を食らう話をしてるんだな。
黒国の皇后は長生きしないと言われている。帝の子は龍気が強すぎて母を食らうからだそうだ。子を授かれば、三年も生きれば良い方だと。
先の皇后様、若君の母上も若君をお産みになって二年で身罷った。今の帝の母上、若君の祖母などは帝を生んですぐ身罷ってしまった。
どちらの皇后も男子を残したので、若君の祖父も今の帝も後添いをもらっていない。歴代の皇后様を辿っていっても、長生きされた方は子を成していない。愛妾や側女が子を生んで血筋を残している。
皇族の妻になれば、玉の輿だ。親族は潤う。妻にと娘を差し出す貴族の家には事欠かないだろう。
——だけど。
彼が妻との間に子を成すなら、その女性と長くは過ごせないんだよな。
「………天水の玉が外れて、まだ年頃だったら。私が側女として子を産みますよ」
少し投げやりな若君の横顔を見ていたら、口からそんな言葉が滑り出ていた。若君はポカンとした顔で私を見て、苦笑を滲ませる。
「子供に気を使われた」
「あのね、これでも中身は——」
「中身なんか知るか。俺の目には童にしか見えてない。戯言はいいから、そろそろ寝る。行灯を落とせ」
「……はい」
戯言か——。
そうなんだろうな。
同情なんか、逆に失礼だったよな。
けどさ——。
納得いかない境遇なのは、お前だけだとでも思ってんのかって。
若君はそう言ってた。
自分の身の上が納得できないんだろう。
彼は幼くして母親を亡くしてるんだ。
物心つく前だから、面影すら覚えてないかもしれない。
自分が誰かを愛したら、妻子に同じ道を辿らせる。
母は子を案じながら逝き、子は母の影を想う。
分かっていても、立場的に子作りはしなきゃいけない。
やるせないよね。
私は若君に幸せな時間を多く持って欲しい。
だって——とても良い子なんだ。
その為になら、私が子を産んで早死にしてもいいかと思えたんだけどなぁ。
志が半ばだったといえ、私は二十七歳までは生きたのだし。
天水玉の嵌った今の人生は、余生のようなものだと思えば——。
残りの寿命は若君に使っても構わない。
——なんだかな。
私は自分で思ってたより、ずっと、この少年が気に入ってるらしい。
灯りの落ちた若君の寝所は、月明かりで青く見える。
あの世とこの世の境のようだ。
あの世は見た事ないけどね。
上掛けに丸まって静かに目を閉じたら、囁くような若君の言葉が聞こえた。
「戯言かもしれないが……気は楽になった。言葉だけは、もらっとく」
私を気遣っての言葉だよな。
この子の心根は本当に優しい。
「……はい」
こういう子が帝になるのなら、この国も良い国になるだろう。
私は顔に浮かんでくる笑みを上掛けに埋めて、眠りに落ちていった。
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