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68 青馬神

帝との話し合いが終わり、嵐龍様の婚姻の話は、御貴族様には三日いないの先触れを、国民には一月以内に周知すると決まった。


何やら嬉しそうな帝が私と若君を交互に見てる。


「こっから先は俺や嵐龍に任せろ。お前は宮に籠って花嫁支度にせいを出せ」

「……はぁ。支度がいるんですね」


帝が太い指を折りながら、次々と私の仕事を数え上げてく。


「まずは…皇太子妃の仕事について学んでおかんとな。貴族社会の勢力図も覚えてもらわなきゃならんし、黒藤家の年中行事や近隣諸国との付き合い方、国土の地形、特産品……おお、そうだ。杜若の宮の改築も視野に入れんといかんな。夫婦になるんだから、部屋なんかも広くしねーと。湯屋も広げとくか? 夫婦で風呂入るってのもオツなもんだぞ。それは、まあ、おいおいで良いとして、衣装の手配はキッチリしねーといかんだろ。婚儀の手順や黒龍神への報告もあるしな……ははは、間に合うかよ? いや、間に合わせような! 来春の奉納舞はお前らの夫婦舞で決定だしな」


決定ってなんだよ。

勝手に決めてんなよ。


ちょっと、やること多すぎない?

——考えただけでウンザリするなぁ。


私が微妙な顔をしてたからか、若君がそっと私の手に自分の手を重ねた。


「忙しい思いをさせる。…けど……やっと婚儀の話になったな。…その……俺は……お前が嫁いでくるのを楽しみにしてるから」


囁くような声に顔を上げると、顔を赤くして蕩けそうな表情の若君が軽く微笑んだ。


ぐっ。

反則だ。

可愛すぎる。


——心臓がギュッとしたじゃないか。

私は言葉が出て来ないから、ただ、ただ、大きく頷く。


ああ——これ、頑張らないといけないな。


若君の恥ずかしそうな笑みに、顔面崩壊寸前の帝がムカつくけど。

目を潤ませて真っ赤な顔でルプルしてる。


ただの話し合いなのに、涙ぐんでんじゃねーよ。

しかも婿に出すわけでもないってのに。


私の教育係は守谷さんの奥様、沙耶夫人が行うそうだ。沙耶さん、若い頃に今は亡き皇后様の侍女をしていたんだと。守谷家は守谷家で煌びやかな職歴だよな。真澄様は皇太子の乳母だし、守谷さん本人は皇太子の乳兄弟で側近中の側近だしね。


そんな、こんなで、牡丹の宮から戻り、独楽の淹れてくれたお茶で一息ついてた。若君と差し向かいで、みたらしの団子なんぞを頬張りつつね。


青国の王子と姫の訪問は春の盛りも終わりという時期だったから、この後は一雨ごとに季節が進む。庭の緑も濃くなって、風薫る季節に入っていくだろう。


「……だけど、あれですよね」

「あれ?」

「私の皇太子妃教育ってヤツですか? けっこうな量のようですが、若君の方も忙しくなるんですか?」

「俺は……忙しいっていうか、面倒が増えるかな」

「面倒?」

「いろんなとこに挨拶したり、貴族間の調整とかさ。お前の名はだいぶ浸透してるし、概ね好意的だから知り合っておこうって輩が増える。牽制すんのが面倒だなーって。まあ、親父が睨みを利かせてるから、そこまでじゃ——なんだ!」


庭先に閃光が煌めいたと思ったら、突風が吹き抜けて若君が私を背後に庇う。


——いやいや、庇われるの私じゃなくて若君でしょうが!

そんな突っ込みをする前に、帝の疲れた声が響いた。


「二人とも、わりぃ。黒龍からの急用だ。今すぐ社に向かう」


庭先に一人で立ってる帝を見て、ふっと若君の体から力が抜けた。


「……親父。驚くだろうが。使いを寄越せよ」

「いやぁ、今すぐ来いっていうからさ」

「楓もなのか?」

「二人ともだ」


ハーッとため息をついた若君は、私の手を引いて立たせる。


「仕方ない。行くぞ、楓」

「……え? あ、はい」


彼はヒョイと私を抱き上げ——はい?

なんで抱き上げる?


「掴まってろよ」

「へ? 若君、どう……ひゃ!」


私を抱いた若君の体を風が逆巻いて上昇していく。

帝も平気な顔して空中に浮いてるし。


あー。

ああ、そうだったよね。


神の末は神と人のハイブリッドなんだもんね。

人間離れしてるんだもんね。

龍変化してないだけ穏便なんだろね。


でも——私はただの人間だから!

ビックリするじゃないか!


逆巻く風に煽られながら杜若を見下ろし、神域である黒山の山頂へ飛んで行った。

本当に、飛んで行ったわけだけど——。


山頂は異界だ。

白山もそうだったけど、そこは神の住まう世界なわけさ。


白獅子の城とは趣の異なる——荘厳にして静寂に包まれた木造りの平家。すげーだだっ広い。前庭らしき部分には竹に松に榊に柏、なんちゅーか、黒龍神は常緑樹がお好きなんだろうか。


その緑薫る静寂の中に、ひぐひぐと泣き濡れる女性の声が響いてる。


『来たか、剣竜、嵐龍。ちゃんと玉も連れて来たか』


久しぶりに見る黒龍神の姿は、相変わらずの目力で射抜かれるような気迫があるよ。その黒龍神が、私たちを見てホッとしたように肩の力を抜いた。


『……コイツを何とかしてくれ』


黒龍神がスッと横に避けると、蹲ってさめざめと泣く女性の姿があった。


『ひぐっ……うぐっ…うぇぇっ…ひぐっ』


真っ青な長い髪に白銀が混ざり、抜けるように白い肌は青ざめて、水晶のような装飾品に身を包み、これまた真っ青な衣の袖で顔を拭う。衣には濃い紫の色糸で、桔梗の花が見事に差し込んであり、水滴を思わせる銀糸の刺繍が、そりゃあ見事なお着物で——なんで泣いてるんだ?


ええと——気配からして神様だよね。


『いい加減に泣き止め、青馬』

『うぐっ…ひぐっ……ごくぢゅうじんざまぁ…ひぐっ!』

『鬱陶しい』


軽く眉根を寄せた美貌の黒龍髪様の言葉に、彼女は火がついたように泣き出した。


『ひ…ひど……あああーん! うぁあああーん! ううううああああーん!』


——帝が困惑したように呟く。


「これは……青馬神様。いかがなさいました」


この女性が青馬神様。

あー想像とは少し……いや、だいぶん、違うなぁ。








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