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67 冗談

杜若に戻って夕餉の後に湯に浸かってボーッとしてると、益体やくたいもない事を思い出す。


白国にいた時、雲母くんに言われたんだよなぁ。


——楓が皇后になるとか、本音を言えば信じられねー。


彼は金色の目を細め、不思議そうに首を傾げた。


——だって、お前って俺の同類じゃねぇの? どこへでも行って、何にでも首を突っ込んで、新しいモノに出会うとワクワクしてくるタイプじゃねーの? なんなら俺と一緒に来るか? 攫ってやっても良いぜ?


私はブンブンと首を振ったけどね。


サラッと黒国に喧嘩を売るなよ。

私を攫ったら白国が青国の二の舞になるぞ。


けど。

なんかなー。

前に守谷さんにも、どっか行きそうって言われた事もあるけど——心外だよな。


私は放浪するタイプじゃない。こう見えて、引きこもってんの好きだ。基本の生活はいたって単調なのが好のましい。


そりゃ、魔物追を追って仕事で旅も多い生活をしてたさ。けど、師匠の技に魅せられた私は、魔法の研鑽、それ以外に興味がなかった。


一番ワクワクするのは、自分の魔法が思うように使えた時だったし。


仕事以外で出歩かないし、他に趣味もなかったから人間関係も狭かった。人疲れする方だし、なんの不満もなかったけどな。


規則正しい単調な生活こそが、魔法の精度を上げ、魔力の乱れを防ぐ。

節制した生活——それこそが、魔法使いに望まれる生活だ。


まあ、最近は魔法使いじゃないから、そこまで節制してないけどね。濃紫とか見てると、不摂生こそ魔法使いの生活だったかな、と、疑問も浮かぶんだが。


そして、私には単調な生活が向いている。


——商人は向いてない。私は雲母くんみたいには人が好きじゃないんだよ。


そう言ったら、雲母くんは神獣めいた顔をキョトンとさせた。


——日々の人の営みは大切なものだと思ってるし、人の笑顔は大好きだ。でも、同じくらい国土を愛してる。豊かな母国に尽力できるなら光栄だよ。だから、皇太子妃になる。


彼は生来の性分そのままらしく、サッパリした笑顔で笑った。


——ふぅん。そっか。わかった。俺で力になれそうな時は相談しろよ。俺はお前に恩義を感じてるからさ。

——そりゃ頼もしいな。そういう時には頼むよ。

——おう。任しとけ!


そんな会話をしたんだよなぁ。


あの時は偉そうに皇太子妃になるって言ったけど、不安がないわけじゃないんだ。

皇太子妃って職業は、私の好む単調な生活とは違うんだろうし。


「……やっぱ、攫ってくれって言えばよかったかなぁ」


仕方ないけどね。

向き不向きだけじゃ、決められない事もあるから。


バシャっと湯の表面を叩いてから立ち上がる。

うじうじしても始まらんからな。


「こまー。出るよ」


湯屋の外に声をかけて脱衣所に向かいながら、三神の加護を受けた天水玉を見た。


——ここまで来たら、逃げ出せないしなー。



牡丹の宮の一室で、顎をなでなで帝が言う。


「先触れは明日にでも出すとして、婚儀は来春だな。ちょっと急ぎすぎな感はあるが、半年以上ありゃなんとかなるだろ」

「春って……奉納舞はどうすんだよ」

「普通にやるさ。お前らの婚儀は秘事だからな。黒龍神の御前に立てるのは俺らだけだ。その後で披露宴になるだろ。何度も客を招くのは面倒だ。一度にやっちまおう」

「……婚儀自体は春でなくても良いんだろ? なら、さっさと済ませよう」

「なんだよ、嵐龍。前倒しで嫁に欲しいってか? 春まで我慢ならねーってかよ」


帝がニヤつくと嵐龍様が口を尖らせる。


「そういうんじゃない。ただ、皇太子妃になった方が、今回みたいなことが起こらないだろう」


話し合われてるのは、若君と私の婚儀なわけだが……。


「心配せんでも、この後は楓に手を出す馬鹿は出ねぇよ。青国の惨状は知れ渡ってるし、白国の新王は楓の後ろ盾になるそうだ。赤国でも負けじと楓の後ろ盾を喧伝してる。黄国からも楓の無事を喜ぶ品が送られて来たぞ。お前は人気者だな、楓」


ニヤつく帝が、なんかムカつく。


それにしても——黄水晶様も北斗くんも、他国の姫を推してる場合じゃないと思うがな。はやく自国の王妃を決めろっての。というか、黄国には行った事もないんだがな。


「黄国? ああ、叔父さんから?」

「そうだ。楓に会わせろって煩い」

「……?」


私が嵐龍様に疑問の目を向けると、少し笑って教えてくれた。


「母上は黄国の出で、先王の第二王女だった。今は母上の弟に当たる桂王が黄国を治めてる。俺の叔父だ」

「……なるほど」


黄国の王は母方の叔父さんなのか。

さすが皇太子だな。

親族の煌びやかさが違う。


「今後は義理といえ、楓の叔父にもなるわけだ」


帝がニコニコしながら私の頭を撫でると、若君が邪険にその手を払う。


「あの人は癖が強いから、あんまり会わせたくない」

「そうなんですか?」


若君の渋い顔を見て、帝が喉の奥で笑った。


「桂は嵐龍贔屓でな。一度、懐に隠して連れ出そうとしやがって、黒龍神に雷を落とされたことがある。お前が嫁がなきゃ、自分の姫を押し付けたろうな」

「幼すぎだ」

「王家筋の婚姻なんか政治だぞ、嵐龍。生まれて五年も経てば嫁ぎ先が決まっててもおかしくない」


——は?

生まれて五年?


「ええと、黄国の姫君は五歳なんですか?」

「今は七つになったろう。嵐龍にどうかと言い出したのが、五歳の時だったって話だ」

「ああ。その時なら若君も十三歳ですか」

「そうそう。八歳差なんか物の数にも入らねーだろ」

「まあ、そうですね。あと七、八年も待てば立派な姫君になりますもんね。どうです、嵐龍様」


若君に後頭部を叩かれた。

——痛いな。


「他国の姫を勧めるとか、どういう神経してんだよ! 今は、俺とお前の婚儀の話をしてんだろ!」

「………冗談ですよ」

「お前が言うと冗談に聞こえない」


本当に冗談だったのに。

私だって、さすがに七歳で王太子妃は酷だと思うよ。


目を三角にして怒るかな。














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