66 汚いな。
濃紫は蹲ったままで顔を上げ、半泣きの顔で私を見る。
「僕……労ってって言ったよね? 楓ちゃん、了承したよね?」
「……え? あ、ああ…そう……だったかな?」
「そうだったでしょうーがー!」
いい歳のオッサンが、いろいろ垂れ流しながらワナワナするなっての。
「あーもう。わかったって、で、労うってどうするんだよ」
「膝枕して! ひーざーまーくらー!」
「……は?」
ひざまくら?
濃紫の叫びを受けて、独楽が私の前に移動してくる。めっちゃ濃紫を睨んでる。おまけに若君まで殺気放ってんだけども。
「濃紫。楓を探すのに尽力したのはお前だけじゃない。自分だけ働いたみたいな顔してんなよ?」
独楽がコクコク凄い勢いで頷く。頭が取れそうで怖いじゃないか。
「嵐龍様は楓ちゃんを掴んで空を飛んだでしょ! 雷バンバン落としたでしょ! 青国にも暴風雨を起こして少しは溜飲を下げてた。けどね、僕は今の今までずーっと帝の護衛でいなかったんだよ。楓ちゃんの顔見るのだって久方なんだ!」
「うるせぇ。だからって人の許嫁に膝枕なんか頼んでんじゃねーぞ。絶対にダメだからな。こいつは、俺の許嫁だ」
濃紫の影が濃くなって、体から黒い煙が立ち上がる。
若君の威圧も強くなって翠庵の中庭にピシピシと地割れが走る。
「お、おおい! やめなって二人とも、師匠の中庭を破壊する気か!」
私は縁側から飛び降りて、小走りに濃紫に近寄る。
「おい」
若君の不機嫌な声が聞こえるが、このままって訳にもいかないだろ。
べそをかいて私を見上げる濃紫の前に立つ。本当にな。なんて残念な男なんだろうか。容姿も魔力も人並み以上のくせして……。
「ほら、労ってやる。頭出せ」
「……あたま?」
私は腕を伸ばして崩れ落ちてる濃紫の頭を撫でる。黒髪に混ざった濃い紫の髪は、埃と汗で少し硬くなってた。
うん。
まあ、頑張ったんだよな。
「偉かったな、濃紫。いい子、いい子」
キョトンとした顔をした後で、クシャッと顔を歪める。
「……楓ちゃん」
「私が無事に帰って来られたのは、お前の働きもあったからだな。感謝してる、濃紫。ありがとう」
「…………本当だね?」
「もちろんだ」
バッと私の手を掴んだ濃紫は、私の手に顔を擦り付けて号泣した。
「う、ゔぅ。よがった……楓ちゃんが無事で……ううう」
「くそ、離せ濃紫! 私の手に鼻水をつけるな、汚らしい!」
「ひ、ひどい!」
「ひどくない! 労いは以上だ、はーなーせー!」
思い切り手を振り回し、片足で濃紫の肩口を蹴り飛ばして何とか私の手を離させた。走って来た独楽が私の手を取って懐から手ぬぐいを出して拭き始めた。
「……なんか僕の扱い軽いよね」
フォフォフォっと笑った師匠が——。
「それ以上は儂も黙っとらんぞ、濃紫。膝枕じゃと? 親の前で娘に何をさせる気じゃ」
「だって……師匠。僕が頑張ってたの知ってますよね?」
「知っとるぞ。魔法省の魔法使いは、皆が頑張っておった。お前だけではあるまい」
「親父も感謝してた。魔法省の魔法使い達には金一封を出すことになってるぞ」
気づけば私の隣に立った若君が、独楽の拭いてくれた私の手を取って撫でてる。
「ええと、若君?」
「なんだ」
「何してんですか?」
「消毒だ」
濃紫が不貞腐れた顔で立ち上がると、パンパンと着物の裾を叩いた。
「僕の涙は黴菌じゃないんだけどね。独楽も師匠も嵐龍様も——僕の扱いが酷い」
「そりゃ、お前が子供じみた振る舞いをするからじゃ」
「駄々くらい捏ねたくもなるでしょう? 何体の魔物を倒して白国に行ったと思ってるんですか」
「それがお前の仕事じゃ、未熟者」
「……ちぇ」
ため息をついた濃紫は、縁側に座って師匠を見る。
「師匠。僕もお茶が欲しいです」
「自分で頼んで来い」
「ちぇー」
仕方なさそうに立ち上がった濃紫は、パタパタ中庭を回って台所へ向かった。
「濃紫が戻ったって事は、帝も黒国へ戻られたんでしょうか」
「そうだろうな」
「と、いう事は白国の式典は滞りなく終わったんでしょうね。これで少しは国境が安全になるといいですけど」
「本当だな」
白獅子神は元気かなぁ。
事が終われば雲母くんは旅に出るだろうし、寂しがってないといいけどね。
「帝が戻ったら、一度、お前を黒龍神の社に連れてくって行ってたぞ」
「ああ、行きたいですね。ちょっと、物申したい」
「お前な。黒龍神に物申すのか?」
「そうですよ。だって、私は良いように利用されましたよね? 嵐龍様だって!」
若君は軽くため息をつく。
「そうだけどな。結果としては良かっただろ」
「不服を漏らすくらい許されるでしょう?」
「黒龍神だぞ?」
——う。
まあ、前にしたら文句も引っ込むだろうけど。
あの神様は本気で圧倒的だし。
いいね、有難うございます。
今回、ちょっと短めかな。
なんとか、週に二回の更新を目指してます。
……なんとか!




