62 再会
黄水晶様と遭遇した後は、淡々とデモンストレーションを繰り返して、気の滞りの解消に励んだ。途中で白獅子神が王宮に行ったけどね。
戻って来た時、白獅子は萎むんじゃないかと思う程の溜息をついてた。
『我の目は曇っていた。人の成長は年齢ではないのだったな』
どうも王は退位を渋ったようで、国民を蔑ろにする王は要らないと、最後通告して来たらしい。
『戴冠式への出席も不要にして来た。我が行うことにする』
雲母王子が苦笑を滲ませながら慰めてた。
「親父が子供じみてるのは、今に始まった事じゃねーだろ。正妃をほっぽって愛妾にベッタリなんてのは、一国の王がする事じゃない。けど、親父は一人息子で後継が他に居なかったんだし。獅子のせいだけじゃねーだろ? 宰相共は仕事しねーのかって話だし」
雲母くんの成長を改めて感じたのか、白獅子神は涙ぐんでたな。白獅子神が情動の波に翻弄される様は、とても人間味を感じさせる。黒龍神様とは一味違う趣きがあって面白い。
黄水晶様の戴冠式は白国の城で行われる。私も雲母王子も出席するのだが、帝と皇太子も招かれるわけで……逃げだしたい。
そりゃあ、若君に会いたい気持ちも強いよ。
いきなり攫われてから、六日は経ってるしさ。
けど……絶対に怒ってる。
側に居たから分かる。青国が暴風雨に襲われてるとか、皇太子は激怒してるとか言っても、若君は手加減してるよ。本気なら一日かからないで青国を壊滅させてる。
だからこそ。
消化不良をおこしてそう。
ーーー恐いなぁ。
逃げたら、もつと怒らせるよね。
憂鬱だ。
□
白国は黒国より平野が広く、草原が多いので見晴らしが良い。その中央に大きな鏃のような城が建ってる。城の前広場に舞台が設置され、白国の正装に身を包んだ紳士淑女の皆様が集まっていた。
白国の正装ってのは、派手ではなく袷の着物に袴姿らしい。女性も同じ姿で、着物の柄が少し華やかなくらいだ。
ーーその観点から、私ってばえらく派手だわ。目立ちまくってる。
しかも貴賓席。
雲母王子と同じ並びなんだよ。
「どうした、楓。えらく気難しい顔して」
「いえね。身内でもないのに、ずいぶん前だなって」
「なーに言ってんだよ。同じ屋根の下で寝起きして、同じ釜の飯食ってたんだ。お前はもう俺の家族みたいなもんだろ。俺の家族なら黄水晶の家族だ」
「……語弊の有りそうな言い方だなぁ。ん? なんか、影って来たね」
晴天だった空が俄かに掻き曇って、真っ黒な雷雲が城前広場を覆う。驚いて見上げた雲は、ビカビカと派手な雷を孕んでて——。
——あ。
雲の中に真っ赤に燃える二つの目を見つけた時、ズドンと大音量を立てて落雷が私の目の前に落ちて来た。
「だ、大丈夫か、楓。あっつ!」
私に腕を伸ばした雲母王子の腕が、バチバチと電気を受けている。周りにいくつも小さな落雷が落ちて来てるけど、若君ってばこんな芸当もできたんだねぇ。
「雲母王子。私は大丈夫。この雷は私を傷つけない」
——たぶん、だけど。
雷と共に落ちて来た若君が私の前に立った。赤髪混じりの黒髪を静電気で逆立てて、全身からバチバチと火花を上げてる。
「何やってんだ、お前」
彼は目を細めて睨め付けると、腹を揺さぶるような声でそう言った。私に神の加護がなかったら、卒倒してたんじゃないかな。
「えっと。黒龍神様に聞いてませんか?」
「……こっち来い」
私の腕を引いた嵐龍様は、腕の中に引き込むと思い切り抱きしめた。
ああ、若君の香りがするな。少し…焦げ臭いけど。
「どんだけ心配したと思ってる」
……声が震えてる。
登場が派手だったから、怒ってるだけかと思ったけど違ったみたいだ。
「ごめんなさい」
私が抱きしめ返すと、何度も髪を撫でて息をついた。
「五体は無事だな。怖い目に合わなかったのか?」
「化け猪に襲われましたが、雲母王子が助けてくれました。そのまま白獅子神の所に保護されましたので恐ろしい目には合っていません」
「……その衣装、どうしたんだよ」
「へ? あ、これ? 赤鳥神様に頂きました」
「赤鳥神にか」
——扇は北斗くんにもらったけど、今は黙っておこう。
体を離して私の顔を見つめた若君は、顎を持ってズイッと顔を近づける。鬼灯のような朱色の瞳が私の目を覗きこむ。彼の息が私の唇に掛かってる。
近いだろ。近い、近い。
「加護を受けたのか?」
——ああ、それな。
「はい。白獅子神様に頂きました」
「……そうか」
若君は私を抱きしめ直してから手を取り、隣で呆気に取られてる雲母王子を見た。
「雲母王子殿には、我が許嫁が多大な世話を掛けたようだ。守っていただいた事、心から礼を言いたい」
「へ? え、ああ」
目玉が飛び出しそうな顔のまま、雲母王子は盛大に首を振る。
「世話になったのは白国も同じだ。笛姫には感謝してる。ていうか……あんたら本当に熱々だったんだな。白蛇がそう言ってたけどさぁ」
「……白蛇?」
「おう。白獅子が加護を与えた時に合ったんだよ」
若君が問いた気に私を見たけど、あの話はゆっくりしたいからなぁ。
私は少し背伸びをして、若君の耳に顔を寄せる。
「その話は、後で……」
声を潜めて囁くと、何度か瞬きして頷いた。
「お前らなぁ。再会を喜ぶのはいいが、公衆の面前だぞ」
笑いを堪えた帝の声がして、そちらを向くと背後で黒い陽炎が揺らめいていた。
「……濃紫も来たのか」
「ご挨拶だね、楓ちゃん。魔法省がどんだけ君を探したと思ってんの」
「ご、ごめん、でも、黒龍神様は知ってたし」
「僕らは知らなかった」
「……………すみません」
「あとで労ってもらうからね」
「お、おう」
若君は自分が着ていた薄衣を私の頭に被せる。
「杜若に戻るまで絶対に離れるなよ。俺の側を離れたら、ぶん殴るからな」
「……」
「返事」
「分かりました」
——もともと私に対して過保護気味だと思ってのに、嵐龍様の過保護が悪化した。面倒臭い。
新年ですね。今年もよろしくお願い致します。
私事ですが引っ越しが控えてまして、次の更新まで少し時間がかかりそうです。気長に待ってて頂けると嬉しいです。すみません(>人<;)




