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60 派手だな

雲母王子が呆れたような声を出す。


「黒龍は笛姫の居所を知ってるじゃん? なんでコイツの許嫁に黙ってんだ?」


そう思うよね。

まあ、黒龍神様ならば考えがあってのことだろうけど。


『灸を据る気じゃの』

「灸?」

『雲母殿。昨今の青国の惨状を知らぬか?』

「青国といえば……魔法使いの激減か?」


ニッコリ艶やかな笑みを浮かべ、赤鳥神様が緋色の扇を開く。口元だけ隠して、ざまぁないのぅ、そう小さく呟いた。


『さよう。正気の沙汰とも思えぬ法律をしいて民草を顧みなんだからじゃ。青国の王族は、その皺寄せを黒国に取らせようとしたのじゃな。黒龍殿の不興を買うのも当然じゃ』


赤鳥様は国民を大切にしてるし、国民も赤鳥神様を大切に思ってるもんな。あれだけの干ばつに見舞われていても、国の中から赤鳥神様への不平は一度も聞かなかった。王族批判はあったようだけどね。


『国神とは、そのような事を起こさぬ為に配されておる。国々のバランスを取るのは、我ら国神の仕事じゃ。青馬神は仕事を怠った。獅子も怠けておったようじゃが』


赤鳥神様の流し目に、白獅子神が耳を寝かせて項垂れる。


『耳に痛いぞ、赤鳥。つい先日、そこな笛姫に諭されたばかりだ』

『ほう! 流石は黒龍殿の気に入りじゃ! まあ、そう案ずることもなかろうよ。白獅子の目論見通りならば、すぐに楓の居場所が割れる。青国も黒国も乗り出してくるじゃろ。今は宴じゃ!』


艶やかで快活な赤鳥神様の笑顔で、白獅子神も顔が和んだ。


『そうだな。呼びつけたのは我の方だ。地酒を振る舞おう。そろそろ宴席も整う。雲母、客人を案内してくれないか』

「いいけど、俺は飲まないぞ」

『承知しておる。笛姫も、北斗王も幼いゆえ飲まぬじゃろう。果汁を用意させよう』


——その夜は宴になって、酔っ払った赤鳥神様に幾度も笛を聞かせる羽目に陥った。


私としては、暴風雨に苛まれてる青国が少し気になってんだけどなー。だってさ。本当に、いつだって割りを食うのは庶民だからね。



白獅子神様は大きくて美しい獅子神様で、決して背中に乗せられるのが嫌とかではない。嫌とかではないが——。


「皆の者は引いて待て。獅子神と黒国の笛姫が気を流す! これにて土地は浄化され、お前たちを脅かす魔物も減るはずだ!」


剣を差し上げた雲母王子が芝居掛かった台詞を叫ぶわけさ。目の前には白国の民の方々が、まるで祈るように平伏しちゃってる。


もちろん、宣言する前に魔物を退治してる。雲母王子に任せれば一撃で霧散なんだけどね。彼の持つ剣は思った通り破邪刀で、白国の宝剣の一つだそうだ。名前が白光びゃっこうっていうらしい。


「師匠にもらった!」

「えっと、師匠?」

「白獅子だ」


はははは。白獅子神は彼の育ての親で、剣の師匠で、後見人ならぬ後見神ということか。


——で、魔物退治から芝居掛かったセリフは良い。

私が何者か宣言するのも予定通りなわけだが。


何が恥ずかしいって、この衣装だよ。

見立てが赤鳥神様ってことで、んっまぁ派手なのさ。


着物は三重仕様なのだが、下から金、銀、そして一番表に黒染めに色とりどりの鯉が刺繍されてる着物。帯には藍色が使われ、用意された薄衣が黒地に——真っ赤な昇り竜だよ。髪飾りだって瑠璃が使われて、キラキラなんだよ。


もちろん赤鳥神様に着て見せろって言われて、宴席でも披露させられた。着付けは白獅子神様の小さな眷属たちね。


『おお、おお、愛らしいではないか!』

「派手じゃないですかね?」

『そんな事はあるまい。楓は黒龍殿の末に嫁ぐ身じゃ。なまなかな支度で良いわけがない』

「……」

『お主は鯉と親しいと聞いた。錦鯉じゃ、良かろう? 髪飾りには水滴を象った瑠璃で、楓の奏でた水琴をイメージしておる! 妾の渾身のデザインじゃ! 一日で、ですかーとか、職人がほざきおったので後ろで出来るまで睨んでおった。楽しかったぞよ。ほほほほほ』


なんて災難なんだ。

ごめんよ、職人さん。


かの女神は嬉しそうに微笑んで私の頬に手を当てる。


『楓は黒龍殿の気に入りだが、妾も加護を与えた事を忘れるな。妾は楓の気負わぬ心根を気に入っておる。繊細な笛の音も美しい。嵐龍殿がおらなんだら、我が末に嫁がせたのにのう。残念なことじゃ』


とか慈しむような目で言われては、着ないという選択はないよなー。


そんな感じでコレでもかと飾り立てられ、顔が負けないように化粧され、どこの国の姫だよって感じになった。いや、一応は黒国の姫なんだけどさー。


『ほれ、北斗。お主の贈り物も渡さんか!』

「はい。では……僭越ですが」


北斗くんが差し出してくれたのは扇。

え、いいのか、これ、貰っても。


後で若君に怒られるヤツじゃないか?


私が躊躇してると、北斗くんが少し照れたような顔で言った。


「白国の王子からも扇を贈られたと聞きました。もちろん、嵐龍殿からも頂いていらっしゃるでしょうが、僕からもぜひ贈らせて下さい」


——ああ、これ、断れないヤツ。


白国の王子を引き合いに出されたら、断るのは逆に憶測を呼ぶからなぁ。


「お心遣い有難うございます」


内心で冷や汗かきながら、顔で笑って受け取りましたよ。

で、北斗くんの贈ってくれた扇ってのが、また、ね。


「赤鳥様の着物に負けないよう選ばせて頂きました」


朱色に金の装飾、白黒の龍が飛翔してますよ。


どんだけ龍なの……。

若君に気を使ってるんだろうけどさぁ。


そんな派手な小娘が白獅子神の上に跨って笛を吹くわけだ。陽の気が強い場所では水琴を、陰の気が強い場所では百花繚乱を——ね。


——アレが黒国の笛姫様か、眩いほどの姫じゃの。

——有難や、有難や。

——おお、おお、空気が変わるぞ。美しい音色だ。

——なぜ白国へおいでくださったのだろうか。

——獅子神様が招かれたのでは?

——もしや我が国へ嫁いで下さるのやも知れん。

——なにしろ、有難い。


ザワザワと民の皆さん、勝手に憶測して囁きまくってる。

これで噂にならない方がおかしいよな。


白獅子神は小さく笑って静観してる。

うん…思惑通りなんだろうな。

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