56 白獅子の憂鬱
逞しい体躯をガックリさせながら、白獅子神様が私を見る。私は座ってるのに、うつ伏せの神に見下げられてるんだよね。それだけ大きいんだけど——。
『雲母の奴、姫に対する態度じゃないな。本当にすまない』
声は消え入りそうに小さくなってる。
「気にしないで下さい。だいたい、私は成り行きで姫やってるだけで、元は魔法使いだし」
『ああ、その話は黒龍殿から聞いて居る。だが——』
獅子は王の気質である。要するに、女、子供には絶対的な守護者であるべきって思ってんのかもなぁ。
「王子の気持ちは分かるし。私も冒険は大好きだし」
本当に……よく分かる。
見知らぬ土地での交流や、異文化との出会い、想像を超える世界にはドキドキする。気を張って、注意深くなって、緊張感を持ち続けなきゃならない。自分の能力を最大限に発揮できるよう備えてさ。そういう状況は、自分が拡大したような高揚感があるもんだ。
久しく忘れてたけど、とても懐かしい感覚だな。
もう、魔法使いには戻れないけどさぁ。
『いや。申し訳ない。雲母が礼儀や社会性に欠けているのは、私のせいでもある。アレを育てたのは、私なのだ』
「……へ? 育て? えっと、王妃は?」
『引きこもっておる』
「引きこもって? え?」
獅子は苦笑にも似た笑みを浮かべ、大きな前足に顎を乗せた。
『正妃は気位の高い娘であった。王妃になれと育てられ、それ以外の未来は考えた事もないような娘だったのだよ。蝶よ花よと育てられ、人に溺愛されるのが当然だと思っていたのだ』
——ええと、あー。
確かに高位の貴族の娘さんだったとは聞いてるけど。
『位は手に入れた。彼女は親が願った通り正妃になった……なったが』
ああ。
愛妾の存在か。
『溺愛されたのは彼女ではない。子を産めば、と、思っていたようだが。そういう問題ではなかったのでな。深く傷ついたようだ。我が子を視界に入れたくないと思うほどに——』
困った人だ。
そういう親は、たまにいると聞いているけども。
「けど、まあ、雲母くんは王子なのだし。乳母も居たでしょう?」
『居たには居たが、雲母の神気は黄水晶の比ではない。並みの女御では抑えが効かないのだ。皇太子とて、そうではなかったか?』
「……女傑の夫人が乳人を務めたようですので」
『そうか。皇太子は恵まれておったな。雲母は……能力の制御を覚えるまで、ここで育てたのだ』
……ここで。
私は窓の外に広がる草原を見つめた。確かにここは広大だ。異界である以上、神気が暴走したって誰も傷ついたりはしない。
神の宮らしい清廉な気に満ちている。けど、だからこそ、人里に溢れる雑多で騒々しいエネルギーはない。人気がないんだから仕方ないけど。
そうかぁ。
だから雲母王子は、人より余計に未知の世界へ憧れるのかもしれないなぁ。
「……白獅子神様。気になっている事を聞いても宜しいでしょうか」
『何でも聞きなさい』
「私が聞いた噂と実際の雲母王子は齟齬が有りすぎます。反乱の首謀者は誰なんですか?」
ふっと息を飲んだ神は、大きな声で笑い出した。
『くっふ、ははははは! これは、聞きにくい事をズバリと聞くものだな』
「だって……王子が首謀者なわけがないでしょ?」
『そうだな』
ふっと黙り込んだ獅子は、また、大きく溜息をついた。
『王だ』
——え?
今、なんて?
『今回の騒動を起こしているのは、白国の王、瑪瑙王だ』
「………なぜ?」
なんで?
自国の民が傷ついているのに?
内乱というのは、同じ国民が憎み合って争うんだよ?
それだけだって悲惨だと思うのに——。
死者も多数出ているって聞く。陰気の偏りで化け物も増えてるはずだ。気が凝れば農作物の不作につながるし、疫病だって呼びかねない。
一般人の被害も報告されてるはずだし。
他国の付け入る隙もできる。
それを、国王が起こしてるっていうのか?
『黄水晶の為だ』
王太子の為?
『雲母の神気は黄水晶を上回って居る。正妃の子、実質、嫡子という事にもなる。王が先に黄水晶を王太子と据えていたから、黄水晶が王太子ということで育てられたが、正妃の親族は納得していない。今も雲母を王にと押す勢力は大勢いる。貴族連中だけではない。国民の中にもだ』
——膿み出し。
「……納得されるのですか、白獅子神さま」
神は力なく目を伏せた。
『私が雲母に肩入れしたせいでもある。このまま黄水晶が王位を継げば、国が荒れるのは必至なのだ。王は自らの力がある間に、少しでも憂いを払おうとしている』
——国民を馬鹿にしてるのか、瑪瑙王は!
「それで良いのか。いくら王太子の今後を思ってでも、国民が傷ついているんだぞ? 必死で化け物と戦っている魔法使いを何だと思ってる。今日、明日の生死を案じる国民だって多いはずだ。しかも、首謀者を雲母王子にしてか? 隣国にまで雲母王子の悪評が届いているんだぞ? 責任をみんな押し付けて!」
白獅子の体から強い神気が膨れ上がってくる。
威嚇されたって黙るつもりはないぞ。
「愛妾の子がそんなに可愛いか。なら、初めから正妃など迎えなければ良かったんだ! それが、一国を治める王のする事か! それを、国神が諌めずに誰が諌めるんだよ!」
獅子の神気が私を押さえつけてくるもんで、私は黒龍神様の神気と赤鳥神様の神気を放つ以外なかった。押し潰されるわけにはいかないしね。
——と。
光を放った白獅子神が、長身の美丈夫へ姿を変えた。
ううむ。黒龍神様の人型は艶めくような黒を纏う美形だったし、赤鳥神様も眩い美女だったけど、白獅子神様も負けず劣らず——眩しい。
身を覆うような白髪と銀の混ざった豊かな癖っ毛で、日に焼けたように褐色の肌を持ち、燃えるような緑と銀の瞳、古式ゆかしい煌びやかな王衣を身につけている。
『王も我が末、黄水晶も我が末と……堪えていた。だが、貴女の言うのが正論だ。諌めるのは、我が仕事であったな』
彼は小さく笑うと、私の前まで歩み寄った。黒龍神様も大きかったけど、背の高さだけなら白獅子神の方が上かもしれん。
『国神にも物怖じせず、正論で諌めるとはな。黒龍様が気に入るのも頷ける』
白獅子神は小さく笑って、長い腕を上げると私の額に指を置いた。
——あ。
これ。
『笛姫。切った啖呵の分は手伝ってもらおう』
額が熱い。
頭の中がクラクラする。
「着替え持って——って、おい、獅子、ソイツに何したんだよ!」
グラリと揺れた私の体を、雲母王子が腕を掴んで支えてくれた——と思ったら意識が途絶えた。
ああ、やっぱ、神様だよ。
小言なんか言うもんじゃないよね。




