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55 夢が広がる

広い草原にポツンと建った遺跡のような屋敷へ案内され、王子が用意してくれた茶を頂く。不思議な香りのするお茶である。


「……赤い?」

「紅茶っていうんだ。五色帝国では珍しいか」

「帝国ではって……これって帝国以外から入手したの?!」


雲母王子はニヤニヤ笑って頷いた。


「帝国の外の国が、どんな感じか知りたいか?」

「興味はある……けど……」


五色帝国というのは強大な帝国であり、国が五つも集まっているので非常に広い大陸だ。周りは海に囲まれているし、古の物語や、地図なんかには帝国以外にも国があると記されているけど——流れの速い海流に阻まれていて交流はない。


帝国の外は文字通り異文化だ。


王子は遠くを眺めるように神界の草原を眺めた。


「俺が行ったのは、ランクという国だ。船が難破して、たまたま流れ着いたんだけどさ。常夏の国ですげー暑いんだ。紅茶の栽培は山と山の間、谷底で行われてる。谷の中は日差しが弱まってるから涼しいんだよ。水が豊かで、ヤシャっていう植物が生えてて、その実の果汁も美味いんだ」


私がキョトンとしてたからか、ふっと柔らかく笑った王子は——。


「わかんねーよな。ま、飲んでみな。美味しいもんだぜ」


そう言って紅茶を勧めた。私は進められるまま飲んで、その甘く柔らかな香りに頬が緩む。煎茶や番茶とは全く違う香りだ。


「本当だ。美味しい」

「だろ。俺はさぁ、もう一回あそこへ行ってみたいんだよな。けど、反対されてて船にも乗せてもらえねーのさ」

「そりゃ、白国の王子だしね。たまたま行ったんなら、戻ってこられたのが奇跡じゃん」

「鳥人が一緒なら大丈夫だ。この紅茶だって、鳥人が運んでくれたんだぜ」

「そうなの? それは、もし……交易が叶うなら、すごい話だけどね」


雲母王子はすごく嬉しそうに耳や尻尾を動かした。


「そうなんだよ! すげーよな?」


あー。素直。

この人、あんまり交渉に向いてなさそうだなぁ。


「なのにさ、親父も兄貴も頷かない。そもそも、鳥人が信じられないとか、帝国外の人間なんかがまともな交易をする訳がないとか、失礼な事を言う。そりゃ、いい奴ばっかじゃねーし、面倒な奴もいるさ。けど、そんなの帝国の中でも同じだろ」


王子は夢を見るように外へ視線を移す。

もうね、瞳とかキラキラさせてる。


「難破した俺を白国まで先導してくれた鳥人は、帝国には住んでない。強靭な翼を持ってるんだ。いろんな国を回って商いしてる。すげー奴なんだ。俺もあいつについてって、知らない国を回りたいって思ってる。新しい技術や、知らない食料や薬品、動物や植物……考え方だって、流行りだって、全部が新しい情報になる。きっと白国の為にもなるはずだ」


言ってる事は間違ってない。

ワクワクするのも分かるけど。


——というか、私だって行ってみたいけど。


「でも、それ……命がけだよね? 王子のする仕事じゃないよ。何かあったらどうすんの」

「何かなんかそうそうは無いよ。俺、けっこう強いんだぜ? それに、俺に何かあったって、兄貴がいれば良いじゃん。王太子は兄貴なんだし」


はーっと深い溜息をつくと、床で四つん這いになってた白獅子神様が王子の隣に移動してきた。


『雲母。何度も言うが、黄水晶に何もかも押し付けるんじゃない。いくら王位を継がなくても、お前には宰相を務める義務がある。兄の助けになる立場だ。お前も王族の一人なんだぞ?』

「だから、白国のためになろーって話してんじゃん。国を治めんのは兄貴でいいし、親父の第二夫人は第二子を身ごもってるんだろ? これから兄弟も増えるじゃねーか。臣下もいる」


……なるほどなぁ。


やっぱ、クーデター起こしたの第二王子じゃないね。

王位を継ぐ気が皆無だもんな。


「だから、俺は俺なりに国に貢献しようって考えてんだ」

『身の丈にあった貢献をしろ』


王子は嫌そうに眉を寄せると、ヒョイっと肩を上下させて私を見た。


「白獅子はいつもあーだ。頭が硬いんだよな」

「……心配してるんだよ」

「心配で飯は食えねぇだろ。腹が減るってのは最悪だ。頭は回わんねーし、明日に希望が持てない。俺は国民に腹一杯に飯を食って欲しいんだよ。そのためには豊かな国になってかないとダメだろ」


——へぇ。

私は改めて雲母王子を眺めた。


神獣のような美貌を持ちながら、どこかヤンチャで子供みたいな王子。そのくせ——この人は空腹を知ってるし、人民の事を念頭においてる。浅いんだか、深いんだか、分からん人物だな。


王子はじっと見てる私に不思議そうな笑みを返し、何かを思いついたように耳をピコピコと揺らした。


「なあ。そういや、あんた、笛姫なんだよな?」

「そうだけど」

「……兄貴に髪紐を贈られた娘だろ」

「ああ。もらったけど、ちゃんと返したよ?」


なんだよ、その目玉が落っこちそうな顔は。


「返した? 返したのか? 兄貴の何が気に入らねぇの?」

「そういう事じゃないよ。私は嵐龍様の許嫁なんだってば」

「そんなの気にする事かよ。女は好いた男に嫁ぐもんだぜ?」

「あのねー。貴族の婚姻は政治なの!」


ついでに、私は若君を好いてるんだよ。

言わないけどね!


「政治ねぇ。お前も頭固い派か……そうだ、白獅子!」

『やめとけ』


白獅子は雲母王子を睨んで、牙を剥き出して威嚇した。


『おかしな考えを起こすな。姫は黒龍殿から預かったお方だ』

「いいじゃんか。市中に連れてくだけだ。もしかしたら、兄貴に会えるかもしれねーだろ。兄貴はコイツにゾッコンベタ惚れしてんだし、一目だけでも合わせてやりたいじゃん」


そう言ってから、雲母王子は私に視線を移す。


なんだよ、その目は。

値踏みすんなよ。


「まあ……俺にはちょっと兄貴の趣味は理解できねーけども」


雲母。

お前、ものスゴく失礼だな。


白獅子は立ち上がって、全身が濡れた時のように身を震わせた。


『ダメだと言ってる。白国の現状を知らんわけじゃないだろ。お前は反王太子派の筆頭だと思われてるんだぞ? 王太子派に彼女が襲われでもしたらどうする』

「俺が一緒だ。危険な目になんか合わせねーよ。それに、この姫もただ者じゃないだろ。よし! そうと決まれば変装させないとな。ちょっと待ってろ!」

『おい、待て、雲母!』


白獅子神様の言葉なんか聞いちゃいない。雲母王子は跳ねるように部屋を出て行った。なんというか、落ち着きのない奴だな。






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