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54 白国第二王子

フサフサの立派なたてがみを持ち、銀に緑の巨大なアーモンド型の目、大きな顔の中央に鎮座した鼻、これまた大きな口と牙。体躯は鋼のような筋肉を想像させ、ビロードを彷彿とさせる毛で覆われている。白獅子神とは大変に美しい神だった。


——立派だなぁ。


『呼びつけるなと言ってるだろ』


黒龍神様とは趣の違う重厚な低音の声が、呆れを滲ませて発せられた。


「面白そうなモノを見つけたからさ」

『……』


白獅子神は私に視線を寄越すと、目尻を軽く下げて微笑んでくれた。シュッと軽い息が発せられたと思ったら、手足の拘束も猿轡もあっと言う間に解けた。神は青年を軽く睨み付けて苦言を吐く。


『俺を呼ぶ前に戒めを解いてやったら良かったろう。娘じゃないか、可哀想に。だから貴様はモテんのだ』

「え? こいつ女なのか?」

『見れば分かるだろう。全く、お前ときたら……。だが、確かに、面白い娘を拾ったものだな』


銀色の瞳が揺らめく。


『名は何という』


——また名前かぁ。


「笛姫でございます」

『なるほどな』


頷く神の横で、青年が驚いた顔で私を見た。


「笛姫? え? お前、黒国皇太子の許嫁? なんで拉致られてんだよ」


——うん。

それは、色々あってさぁ。


「黙ってんなよ!」

雲母きらら。笛姫はお前が発言を許さないと喋らないぞ』

「はぁ? お前の問いには答えたじゃないか」


雲母……白国第二王子の名じゃないか。

まあ、分かってはいたけど。


この人がクーデター起こして、白国を内戦状態にした張本人だっていうのか?


——なんか違和感があるな。


彼の着ている衣装は決して華美ではない。仕立ても生地も良い物だが、生成りの着物に裾を窄めた袴だ。袖も短く実用第一のデザインになってる。フサフサの髪は首で一括りで、飾りもなければ凝った結い方をしてるわけでもない。背が高いから威圧感はあるものの、口調は砕けているし気負いもない。


何より、単独行動をしてる。クーデターを起こすような人間なら、手下や取り巻きを連れてそうなもんだ。


『私に答えたのは、上位の者に問われて名乗りを上げないのは不敬だからだ。黒国の貴族は上位者の許可なく妄りに発言しないものだぞ』

「なんだ、その面倒な決まりごと」

『言っとくがな、白国だって貴族階級は同じだがな』

「馬鹿馬鹿しい。同じ人間じゃねーか。気にしないで喋れ」


なんだろう。

ますます違和感を感じるな。


王位継承権を巡っての内紛だと聞いてるのに、身分に拘りがないとはね。


白獅子神が後ろ盾についてるのは第一王子だって話だったけど、第二王子は指笛で神を呼びつけてるしな。白国の内乱には裏がありそうで面倒臭い。


にしても——面白い男だな。


剣の腕は若君より上だ。化け猪を一刀両断する奴は、そうそう居ないだろ。使ってる剣も尋常じゃないし、放つ神気も濃い。気配に圧倒されても変ではないのだが、感じる気質が明るく朗らかなものだから怖くない。


第一王子より獣に近く、しなやかで美しい。

雲母王子は大きな目を見開いて、軽く牙をみせた。


「黙ってないで、喋れよ!」


ははは、威嚇してる。

随分と気が短いな。


「……ええと、では。まず、助けて頂き有難うございました。聞きかじった賊の話では、青国は私が邪魔なようですね」


雲母王子は軽く腕を組むと眉を寄せて唸る。


「お前が邪魔? どういうことだ?」

『……雲母』


白獅子神が疲れたように息をつく。


『女性をこんな場所で詰問するもんじゃない。俺の背に乗せろ。丁寧に扱えよ? この娘は黒龍殿の加護を受けている』

「黒龍神の加護? あぁ……神気を感じるのはそのせいか」

『ま、それだけ、でも無いようだがな』


軽く目を細めて私を眺める白獅子神にならって、王子も胡散臭そうに私を眺めた。


「それだけじゃないって、他にもなんかあんのか? ……ああ。コイツ、二つの神気を持ってるんだな」


——分かりますか。

さすが王子。


獣耳に牙のある王子は、尻尾も立派で第一王子より獣に近い見た目だ。長くフサフサの白髪も白獅子神の淡い光でよく見ると飴色の美しい毛が混ざっている。目は金色だし、なんか王子というより神獣みたいだ。


猫科というより——犬っぽいのはなぜなのか。


「お前の親玉やら、お仲間が気に入ってるってことか」

『……親玉ってなぁ。姫の前だぞ。もう少し綺麗な言葉が使えないのか』

「言葉なんか伝わりゃいいだろーが。丁寧にとか、意味が分かんね」


なんか、氷室みたいな事を言ってるな。

思わず笑ってしまったら、王子も私を見てニッと笑った。


「ほらな。気にしねーよな、姫さんよ。あんたも口調なんか気にすんな」


彼はそう言って私の体を軽々と持ち上げる。


「え? あ、あの、私は黒藤宮に戻りたいんですけど……」

「白獅子が乗せろって言ってるからな。珍しいんだぜ? コイツ、俺以外は乗せねーんだ」


すると、ブワッと風が巻き起こった。

あ……この感じ。


『しばし預ける。傷一つつけるな。他は好きに使え』


空気を揺らし、お腹がグラグラするような声が宵闇に響いた。

黒龍神様だ……好きに使えって言ったか?


『承知致しました』


白獅子神が目尻を下げて私を見た。


『さて、黒龍殿の意向だ。我が宮へ招こう』


軽々と私を白獅子の背に乗せ、ヒョイと後ろに跨った王子が私の腰を掴んで自分の身に引きつけた。


「おいおい。姫さん、飯を食ってるか? 細っこ過ぎだろ。……落ちんなよ?」


いや、それより私は一応、女の子なんだからさ。

気安く腰を抱くんじゃねーや。


『行くぞ』

「う、うわぁ!」


扱いに文句を言う暇もなく、白獅子神がブワッと空中に浮き上がった。逞しい四肢を使って空高く駆け上がってく。空を駆け上がってくってのは、魔法使いの時にもしなかった体験だ。


白獅子神の宮というのは白国随一の高山、白翔はくしょう山の山頂だと聞いたことがある。


白翔山は神山だし、山頂は神域だから白獅子神の許可なく立ち入る事はできない。だから黒龍神様の本社と同じで、見た事のある人は数えるくらい。その様相や風景なんかは伝承に頼るしかない。


いわく……白獅子神は草原にお住まいだ。

なんだけどさ。


『着いたぞ』

「……すご」

「はははは、すげーだろ」


瞬く間に空を駆けて到着した場所は、本当に広大な草原だった。お王子は私が降りるのに手を貸してくれて、白獅子神は降りやすいように膝を折ってくれた。なんだかんだ、どっちも紳士だ。


「ここ……山の上だよね?」


びっくりして口調が素に戻っちゃったよ。


「そうだ。白翔山の山頂」

「山頂が…こんなに広いのか?」


王子は少し青の混ざった金色の目を煌めかせた。


「不思議だろ。けど、なんちゅーのかな。山頂自体は広くないんだぜ。この場所は……神域。白獅子が創り出した空間だ。入れるものは決まってる。わかるか?」

「……わかる」


——この場所は、在るけれど、無い。そういうことだ。


神域という言葉は二つの意味で使われる。一つは神の力の及ぶ清廉な場所。もう一つは天界や神界。ここは異界だということだ。


『笛姫に説明は不要だぞ、雲母。彼女は若年の娘ではない』


……おや。

それもご存知で?


「は? どういう意味だ?」

『お前より年長だということだ』

「……年長?」


王子が困った顔で私を見たので、仕方なく教えてやる。


「私の実年齢は三十歳だよ。事情があって若返った」

「さんじゅ? え……お前、ロリババァ?」

「ロリバ……はぁ? どこの言葉だ、それ。なんか、すげームカつくな!」


睨みつけたら、王子は腹を抱えて笑い出した。


「あっははは! ロリババぁか!」


ゲラゲラ笑いながら涙まで滲ませてる。

マジでムカつく。


「あー、笑った。そんなに……睨むなよ。山賊の言葉だ。見た目が異常に若い女に使う。褒め言葉だろーが」

「ぜんぜん褒めてないだろ」

「ククッ。あんた、被ってた猫が逃げ出したみたいだな」

「相手の扱いに応じて被るんだよ。お前には不要だ」

「そうだな。俺もこっちの方が何倍も話しやすい」


白獅子神が私たちを見て、ふかーい溜息をつく。


『笛姫。ソイツを甘やかさないでくれないか? ただでさえ王族の振る舞いが出来ない奴なんだ』


言いがかりだ——甘やかしてるつもりは無い!



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