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51 筋金入りの姫 

数日後、私と若君を呼びつけた帝が苦い顔をして言った。


「先手を打たれちまった」


……はい?


「青国の姫が遊業と称して黒国に寄る。赤国、黄国にも回るという話だから形としては遊業だ。だが、十中八九、嵐龍に会いに来るんだな」


若君が嫌そうに顔を顰める。忘れがちなんだけど、若君は女性嫌いで通ってる。しかも、貴族階級の女性が特に苦手らしいからな。


「なんだそれ、面倒臭ぇ」

「はは、確かに面倒だ。だが、良い機会だろ。せいぜい、楓と仲の良い所を見せてやれよ。青国は友好国の一つだ。ぞんざいには出来ねぇ。まあ、姫とはいえ末を歓待すりゃ、青馬神の加護を得る事にも繋がるかもしれねーしな」


そんな話があって、実に三日後には青国の姫が黒国入りした。速攻だ。出国から黒国へ一直線で来たということだねぇ。よほど嵐龍様と面通ししときたいんだな。


馬車から降りて来た青国の姫君は、従者三人に囲まれながらゆるゆる進み出て帝と皇太子の前に立つ。


青国の姫君は嵐龍様より三つほど上になるそうだが、少女と大人の端境期にいらっしゃるようで、妖精や精霊のような透明な色香を纏っている。白銀に薄紅と青の髪が混ざってて、瞳も薄紅が入っている。


これは及第点の美貌ではないか?

彼女と婚姻話というなら、若君だって嫌な気はしないのではないかな。


抜けるように白い肌は高貴な身分である証だ。髪の間から馬の耳が覗いていて、青馬神の血筋だと一目で分かった。あちらの衣装は独特で、顔を隠すのに扇は使わない。両耳に掛けた薄衣で顔の下半分を覆っている。


着物も不可思議である。


何枚かの着物を重ねているのだが、襟を大きく抜いて幅の広い帯で飾っている。裾下の割れは大きく、後ろが長い。その上から薄物を被っている。耳飾りや額飾りを多用しているので、細かな動きでもシャラシャラと軽い音が聞こえてくる。


異国情緒たっぷりな美しい姫である。


うむ……彼女が一人でやって来たなら、私は彼女を皇太子妃に据える事に全面協力しても良かったくらいだ。そしたら、私は未来の皇后という面倒な立場から逃げられるし。未来の若君には、潤いのある充実した皇帝ライフを送ってほしいと思ってるしな。


——けどなぁ。


「此度は急な申し入れを快諾して頂き、誠に有難うございます」


口を開いたのは——姫の隣に立っていた男性だ。着物の文様や立ち居振る舞いから、姫の兄と思われる。青国の姫の兄とくれば……そうなんだよ。


王太子まで来るなんて聞いてないけど?


王太子その人も精霊じみた美貌の持ち主だった。腰まで伸ばした真っ直ぐな銀髪に、妹姫より青の多い髪が混ざっている。瞳も薄紅と青の光彩を放つ美形で、王子というより神官のような風情だな。


色目こそ違うけれど、衣装もほぼ姫と同じ形である。なんだか中性的な人だ。確か名前がけい王子といったはず。


一方、帝も若君も黒地に赤や金の刺繍が施された派手な色彩の着物を召している。正装なので烏帽子を被っているが、真っ黒な髪に朱の髪が混ざるのは隠しようも無い。二人とも赤味の強い大きな目をしているし、向かい合っただけで青国の二人を圧倒してしまってる。


「もてなしと言える程の事は出来ないが、自国のように気兼ねなく滞在してくれ」


相変わらず、お腹の中が震えるような帝の声に、青国のお付きの人たちが軽く強張っている。王族の二人は神気を纏っているから、さすがに怯えてはいないけれども。


私は新しく若君が選んだ着物を着せられていて、赤紫の地に白芙蓉の花が刺繍されたゴージャスな代物だ。帯は銀糸と黒糸で鹿の子を織り込んだもので、これまた派手。まあ、扇も派手な色彩だし、薄衣も龍の刺繍入りだからバランスは取れてる。


ただ——顔が負ける。


独楽が化粧に苦労してた。衣装負けしないように作ると厚化粧になるけど、私が嫌がるって知ってるからさ。苦肉の作として、髪に色糸を混ぜて衣装負けしないように作ってくれた。


少し小首を傾げ、真っ直ぐな髪をサラサラと流しながら、青国王子は微笑みを浮かべる。


「丁寧なご挨拶を有難うございます。隣に居るのは、私の二番目の妹で紫陽花でございます」

「うむ。紫陽花姫もよくいらした。横にいるのが息子の嵐龍、その後ろのが——こっち来い、楓」


ええー。

せっかく後ろに隠れてたのに呼ぶかな。

仕方なく帝の隣に並ぶと、彼は私の肩を抱いてニコニコっと笑った。


「息子の許嫁の楓。笛姫と呼ばれる事が多いな」


王太子が何度か瞬きして私を見る。

想像と違ったって感じかな。


「嵐龍様の一つ下と伺っておりましたが、可愛らしい姫なのですね」


要約すると、思ってたよりチッコイなってことか。


「ははは、コイツは見た目と年齢が不釣り合いだからな」

「……おい」


息子に睨まれた帝は、私を若君の横に押しやった。


「あぁ、いつまでも立たせて置くのは失礼だった。お二方共、こちらへ」


帝は王太子と姫を促して屋敷へ招く。


若君に促され、三人の後ろから付いて行かねばならんかった。

挨拶が終わったんだから解放してくれても良いのにさ。



到着が昼過ぎであった為、青国の方々は夜の宴まで休んで頂くことになった。牡丹の宮からほど近い場所に貴賓用の宮が建てられて居る。桔梗ききょうの宮と呼ばれて居る。赤国の篠もここに泊まってたはずだ。


夜の宴までには時間があるし、堅苦しい衣装は一刻でも着ていたくない。私は杜若に戻るなり衣装を変えた。まあ、どうせ夕方には再び着付けるので、髪はそのままで独楽と揃いの着物に着替えただけだけど。


「お前、もう抜いだのか?」


若君が面白そうな顔で私を見る。


「当然ですよ。刺繍入りは綺麗ですが、重くて仕方ない。そういう若君だって烏帽子も袴も脱いでるじゃないですか」

「まぁな。肩凝ったよなぁー。独楽、茶をくれないか?」


いつも食事をする居間で胡座あぐらをかいた若君は、やれやれと首を回す。裾が割れて脛から下がむき出しだ。


「若君、足が見えますって」

「別にいいだろ」


茶を入れに行った独楽ではなく、守屋さんが茶を運んできてくれながら言う。


「良くはありませんよ。ここには、楓ちゃんという姫がいるんですからね」


赤味がかった黒目で私をジロッと見た若君が、鼻で笑って足を投げ出す。


「……姫ねぇ」

「不服なのは分かりますけど、一応はそういう事になってますからね。脛をしまえよ。…というか、若君の臑毛、濃くなってません?」」


私の言葉に唇を尖らせた彼は、視線を避けるように着物の裾を直した。


「見てんなよ、やらしいな」

「人聞きの悪い! 見せてんでしょうが!」

「スケベ」


——誰がスケベか!!


呆れたような守谷さんが、私たちの前に湯呑みをおいてくれる。


「仲が良いのは結構なんですが、もう少し品の良い仲良し具合を見せて下さいよ」

「……すみません」


と、いうかね。

今のは若君が悪い。


形良く筋肉のついた良い足だったけども——。


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