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49 裳着式

明日には私の裳着式という日、守谷さんから祝いの膳に何が食べたいか聞かれた。


「……魚が食べたいかな」

「では虹鱒にじますですかね。塩焼きで」

「!! 良いですね!」

「お祝いですから、小豆飯も炊きましょう。あと、葉が固くなる前によもぎを天ぷらにして」


聞いているだけで、ご馳走に涎がでそうだよ、守谷さん。

面倒だなって思ってたけど、裳着式も悪い事ばかりじゃないな。


裳着式というのは、黒国における女子の成人の儀だ。裳と呼ばれる布を袴の上からつける。貴族女子として正装が許されるようになるし、婚姻も可能になる。裳は世話人がつけて下さるのだが、守谷様の奥様が世話人をしてくださるという。


「楓ちゃんの裳着式はウチの仕切りだと言ったらば、沙耶さやがえらく張り切ってましてね」


守谷さんがニコニコしながら教えてくれる。

沙耶様というのは、守谷さんの奥様だ。


元服式に女性の参加がないように、裳着式には男性は参加しない。私には師匠しか縁者がいないので、前の時には女性の魔法使い達がしてくれた。


今回は真澄様や梨花様が式を開いてくれるという。


「帝からウチに衣装も届いてます」

「……なんか、申し訳ないですね」

「とんでもない。月光様の方からも申し出があったんですが、帝が黒藤から衣装代を出すと仰って。まあ、月光様は一度、楓ちゃんの裳着式をしてますしね」


——だよね。

私は二回めだもんね。


その日の夕食後、若君の部屋に呼ばれた私は、箱に入った扇を渡された。楽しみにしてたヤツだ。


「開けて見ても良いですか?」

「ああ」


橙の箱に黄色の飾り紐で閉じられた箱を開くと、薄紅の地に松の枝と藤の花が繊細に描かれている。松の枝は黒色で影のように描かれていて、扇の縁も黒く細い線で塗られているので絵がしまって見える。


持ち手には藤色の色紐が飾ってあって、藤の花の間を舞うように二匹の小さな蝶が、金と銀で描かれるという凝りようだ——確かに、派手だがとても品が良い。きっと、高価なんだろうなぁ。


「……………」

「おい? 気に入らなかった?」

「いえ。見事な扇です。ですが……大丈夫でしょうかね?」

「大丈夫とは?」

「扇に顔が負けそう」

「ふっ、くっ、くく」


彼は俯いて肩を揺らし、思い切り笑っている。

こっちとしては切実なんだけどな。


「お前の顔でも負けはない。扇ってのは顔を隠すもんだ」

「……なら、いいんですけど」

「気に入らないのかよ?」

「いえ。すっごく素敵な絵柄だと思います。蝶が舞うのは、黒藤らしいですしね」

「龍と蝶で悩んだんだが、薄衣が龍で扇も龍じゃ、しつこいしなぁ」


悩んでくれたんだな。

手元で扇を広げてジッと見てると——。


「扇を上げて顔半分を隠してみろ」

「え……こうですか?」


私が扇を持ち上げると、若君は目を細めて私を見る。

彼は時々、こうして目を細める。

癖かな。


「うん。大丈夫だな。お前の瞳と髪色に馴染む色でと思ったから」

「……お気遣い、ありがとう御座います」

「珍しい図案だと言われたから、人の記憶に残るだろうしな」

「重ねがさね、お気遣いに感謝します」


若君は満足そうに頷いて——。

「愛用しろよ」

そう釘を刺すのを忘れなかった。



守谷さんの屋敷で裳着式を行ってもらう間、独楽は廊下で座って待っている。今日は私の侍従役だからさ。屋敷の外には灰色さんと、若君の近衛兵の方が二人で警護をしてくれてる。


そんな中で——。


「可愛いわぁ。楓様」

「姫の所作も板について……真澄は、こんなに嬉しいことはありません」

「今日からは一人前の姫ですね。歌会などにも呼ばれるかもしれませんねぇ」


……怖い予言をしないでほしいな。


歌は鬼門だ。

含んだ意味とか、読めないからね。

また、若君に怒られる。


「それに、その扇。すごく優雅で素敵ね」


梨花様がウットリしてくれたので、少しだけ誇らしい気持ちになる。


「裳着式の祝いにと、嵐龍様に賜りました」

「あら。若君の贈り物なのね」


真澄様が、含んだ笑みを袖で隠す。


「松に藤の花とは、若君も粋なことをなさいます」

「……え?」


微笑んだ守谷さんの奥方、沙耶様がこそっと教えてくれる。


「藤の花は女性、松の木は男性に見立てられる事が多いんですよ。藤は松に絡んで育ちます。決して離れないという、情熱的な花言葉を持つのです。贈られたのなら……離れるな、あるいは離さない、そういう意味でしょうかね」


——え?


あ、え?

マジ?


「それって、扇を見ただけで分かるんですか?」


年季の入った貴族女性たちは、一様に頷いて見せた。

なんと——そりゃ、白国王子への牽制だが。

そんな意味の扇を愛用しろっていうのか。


「あら、赤くなって」

「それがねぇ、楓様はうぶでいらして」

「あら、義母様。何か、楽しいお話をご存知なんですの?」


真澄様が目尻を下げて頷くと、梨花様と沙耶様が身を寄せる。


「教えて頂きたいわ」

「私も聞きたいです、お母様」

「そうですか? では……あれは、若君と楓様が、赤国へ笛曲を奉納しに行かれた後でしたねぇ」


——ん?

この話の流れって。


「若君は熱を出された楓様を抱えて——」

「あー、ああ! 真澄様!」


話を止めようとした私の口を梨花様が押さえ、沙耶様が暴れる体を抱きすくめる。


「帰りの道中、ずっと、口移しでお水を飲ませていらしたのですよ」

「あらっ」

「まあ?」

「若君にしてみれば、医療行為のつもりでしょう。熱の高い娘が水も飲めないのでは、下がる熱も下がりませんですものね」

「でも……あの嵐龍様が口移しでねぇ」

「本当に……女嫌いの若君が」


ほぼ拘束状態の私を、女性三人が見つめる。

そんな目で見られたって、私は熱があったから覚えてないんだってば。


「ですけどね。この話をしたら、楓様ってば——熟れたように赤くなって」

「気持ちは分かりますわね」

「ええ。素敵な殿方に口移しで水など飲まされては」

「そうよね。口移しでねぇ」


——お願い。

や、め、てー。


真澄様が口に手を当てて、おほほと笑った。


「ああ、ちょうど、こんな感じに真っ赤でしたわね」

「あらあら。楓様ってば可愛らしい」

「まるで赤椿のように赤いですわね」


ふっと、何かを思い出したような真澄様が。


「若君と楓様の仲の良さならば、こんな話も……」

「まだ御座いますの?」

「口移し以上とか?」

「いえいえ、そうではありません。お二人が笛の練習をされる様子ですがね。こう、若君が抱き抱えるようになすって……唇など頬につきそうな距離でなさるのですよ」

「あら、まあ!」

「若君ってば、大胆!」


目尻を下げまくって笑い、両袖で口元を隠した真澄様は——。


「ああ、そう言えば、こんな事も」

「どんな事ですのお母様」

「お聞きしたいですわ、是非とも」


バタバタもがく私を他所に、女性達は、あら、とか、やだ、とか言ってる。


本当にやめてー。

これてって裳着式だよね?

私の恥ずかしい話、お披露目会じゃないよねー!



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