48 千年の恋路
若君は白国の王子に身を案じるような手紙と、私の素性を書き、失礼を詫びて髪紐を送り返したらしい。相手に恥をかかせない気遣い。さすが皇太子。皇族教育の賜物だね。
守谷さんの読み通り、白国の第一王子から詫び状が届いたらしい。皇太子の許嫁とは知らずに、失礼な態度をとってしまった——うんぬん。かんぬん。
命の恩人には違いないので、改めて礼をしたい。時期を見て、是非とも白国へいらして欲しい。贈り物は感謝の印として受け取って頂きたい。そんな内容だそうで、私に美しい扇が送られてきた。
髪紐を受け取った事で怒られたんだし、まずは若君にお伺いをたてる。
「あの後で勉強した所、男性が女性に贈る品として、扇ってのに特別な意味はなかったと思うんですけど。これって貰って大丈夫な物ですか?」
薄墨色の上品な色味で、細かな白ツツジの模様が散りばめられている。作りの見事さから、きっとお高いんだろうなーと思われる。
「……まあ、扇自体に意味はない。礼の品だとも書かれているしな」
どこか歯切れが悪く、受け取って欲しくなさそうだなぁ。
「やっぱり、返します?」
キュッと箱の中の扇をにらんだ若君は、軽く頭を降った。
「いや。それは失礼に当たる。貰っておけ。ただ、扇ってのは姫が常時身につける物の一つだ。お前は裳着式前だし、持ち歩いてはないけど。そういう物を選んで贈るってのは……」
……気に入らないんだね。
「貰っても、別に持ち歩かなきゃいいんですよね?」
「黒国では必要ない。ただ、白国へ行く時には持ってくのが心遣いだ」
ま、そうだね。
貰った物を身につけて、喜んでみせるのは礼儀だしな。
「分かった。俺もお前に扇を贈ろう」
「……はい?」
「もうすぐ裳着式だしな。祝いだ」
「えっと?」
若君は指で顎を掻いて、コクっと首を傾ぐ。
困ったように眉を下げる仕草が、どこか少年らしく感じる。
「なんていうか、愛用するのは俺の贈った方にして欲しい。別に……強制じゃないけど」
——ああ。
なるほどな。
貴族社会って噂の社会だからね。私の愛用品が噂になれば牽制できるってことだ。近隣諸国と親密な関係の貴族達もいるし、黒国であろうと、白国であろうと、噂は流れる。
「分かりました。なら、派手なのにして下さい」
「……お前、ハードルを上げる気かよ。周りは俺の趣味だって思うんだぞ?」
「覚えが良い方がいいでしょう?」
「分かったよ。何か……考える」
……なんか楽しみだな。
それが政治的な意味だって分かってても、若君が私のために選ぶ扇か。
□
新芽が膨らみ始めた庭で、伸びないうちにと草取りをしてたら白砂が寄って来た。
「楓さん。日差しが弱くても日除けは必要ですよ」
そう言って、私の頭に薄衣を被せて傘を乗っける。
「はは。すみません。つい不精しちゃって」
「私は日に焼けた娘さんも好きですが、貴女は嵐龍様の姫ですので」
……真澄様みたいな事を言ってるな。
「若君は?」
「守谷さんと話し込んでます」
「へぇ、今日は参内しないの?」
「元服式の後なので休養日なんです。そういえば、白国の王子に扇を貰ったんですって?」
「よく知ってますね」
「若君と守谷さんが話してましたから」
「そうですか。はぁ……贈り物を貰うのって、なんか面倒ですね」
私がそう言ったら、白砂さんがククッって笑った。
「笑うとこですか?」
「いえ…女性というのは、どんな物でも貰うと嬉しいのかと思っていました」
「どんな物でもってことは無いでしょ」
「贈り物は好意の証ですからね。贈り物の数を自慢する女性だっていますでしょ?」
「私は気に入った物なら、自分で手に入れたいですけどねー」
彼は面白そうに私の横にしゃがんで、プチプチと草むしりを手伝い始めた。
「そういう人だから、若君は貴女が良いんでしょうね」
「……ええと?」
「ほら、僕は従者なんで、参内にも同行します。女官なんかにもお会いしますでしょ? 嵐龍様に秋波を送る女性もいるんですけど、彼は一蹴しますからね。睨みつけることもあります」
「ははは。若君は女性嫌いで通ってますから」
「はい。でも、楓さんには違うから。貴女に触れるなって言った時の彼は、すごく怖かったですよ?」
——ああ。
アレねぇ。
「私には天水玉が嵌ってますからね」
「いえ。それだけじゃないです。貴女は……彼の玉なんでしょうね」
「玉って、天水玉の事ですよね?」
「違いますよ。龍や……蛇もそうですけど、玉というのは想い人の事です」
……そうなの?
え? 若君って、黒龍神にそういう意味で私を玉って言ったのか?
「はは、なんだ。楓さんの想い人も嵐龍様ですか」
「は、はい?」
「真っ赤になってらっしゃる」
——そうなのか?
最近、赤くなることが多いから、気づいてなかったな。
確かに、少し顔が熱いか?
白砂は面長の顔に微笑を浮かべた。
「良かった。少し心配してました。他国の王子に白ツツジの柄の扇を頂いたって聞いたので」
「……? 柄に意味がありますか?」
「ありますでしょ。白ツツジは、初じめての恋という意味です」
「……はい?」
白砂が言うには、先に髪紐を渡して好意を伝えてる上で、白ツツジの扇を贈って来た事に意味が生じると。
「相手が黒国の王太子の許嫁では、直接に求愛するわけに行きません。それでも想いを伝えたいから扇を贈ってきたんですよ。詫びも礼も、書面で十分です。自国へ招いているのですしね」
——いや。
そう言われてもなぁ。
「えーと。ああ。なんか、複雑で面倒ですね」
「貴族の恋愛っていうのは、そういうものです」
「白砂さん、詳しい」
「これでも千年生きてますしね。僕の蛇姿は白蛇神様に似てますから、神扱いで上流貴族に飼われてたこともあるんですよ。僕は天水玉の近くに、ずっと居ましたからね。けっこう渡り歩いて来たんです」
そう言って、愛おしそうに私の右手を見つめる。黒い手甲を嵌めてるから、天水玉は見えないけどさ。
「……白砂さんは、白蛇神様をお慕いしてるんですね」
軽く頬を染め、照れたように笑うと小さく頷く。
「おこがましくなければ、私の玉は白蛇神様です」
「……すごいな」
それって、千年前からの恋ってことだよね。
なんというか、格が違う気がする。
「蛇は諦めが悪いんですよ」
彼は淡い水色に銀の掛かった目を閉じる。
まるで、想い人を思い出すみたいに——。
目を開いて微笑むと、ポリっと首の後ろを掻いた。
「私に雌雄がないのは、白蛇神様に雌雄が無かったからですけどね。女性型の現し身を好んでらっしゃって、あんなに美しい女性を他に知りません」
——勢大に惚気るねー。
「恋情の苦しさは知ってますのでね。嵐龍様には想いを成就させて頂きたいと思ってます。それこそ、白蛇神様の解放にも繋がりますので。いいですか、楓さん。他の男性に気を移さないで下さいよ?」
私はエノコロ草を掴んで引き抜きながら、思わず苦笑してしまう。
「皆んな、何か勘違いしてる。白国の王子が手厚く礼をしようとするのは、命を救ったからだし。赤国の北斗王は、一緒に赤鳥神様の祠を掃除した友人だよ。親密になろうとするのには、政治的な目論見があるかもしれないけど、男女の恋情じゃないと思う」
そんな一丁一隻に人を好きにはならんだろ。
すると、白砂がハーっと深いため息をついた。
「男性陣に少し同情しますね」
「なんで?」
「……恋心が伝わらないのは、苦しいものですよ?」
少し切れ長でタレ目がちな白砂は、肩口まで伸ばしてる銀の混ざった髪を耳に掛ける。細くて長い指、体温の低そうな肌の色だな。
「白ツツジが初じめての恋だというなら、私は嵐龍様に白ツツジを贈りますかね」
「………え?」
マジっと私を見た白砂が、手で口を押さえて笑い出した。
——なんだよ。
人が真面目に答えてるのに。
「そうですね。ツツジの季節になったら、私も手伝いましょう」
ふん。
まあ、許してやろう。
千年も恋することができる蛇なら、味方につけといて悪いことはない。




