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47 親子

黒国における貴族男子の成人式。元服式は、烏帽子を頂く儀式である。髪を整え、偉い人に烏帽子をつけてもらう。若君の場合は帝につけてもらうんだろうなぁ。まあ、烏帽子貰っても儀式以外ではつけないけどね。


この儀式に女性は参加しない。守谷さんと白砂が正装して若君について行った。私は独楽と一緒にご馳走作りの仕込みに邁進する。帝も祝宴の準備はしてるだろうけど——。


「僕らは早々に引き上げて来ますから。祝いの宴は杜若でしましょう」


守谷さんがニコニコしながら言ってたので、引き上げる算段があるんだろうな。散らし寿司の具材を煮込んでたら、濃紫が起きてきた。


「お腹が空いたぁ」


やっと杜若で眠れた濃紫は、昼近くまで眠ってた。まあ、仕方ないかと思う。魔法を使いまくってたし、移動に四日取られる遠征は三十路の体にはキツかっただろう。


「若君は帝のとこ?」

「とっくにね。ああ……濃紫。目の下の隈が取れたな」

「え? 隈なんか出てたの?」

「そりゃもう、黒々とね」

「……出張続きだったからなぁ」


餅を磯辺巻きにして、守谷さんの汁物と一緒にだしてやる。

独楽が気を利かせて茶を用意した。


「ありがと。良い匂いしてるけど、それは夕飯?」

「一応、祝いの膳を出すんだよ」

「そっか。元服……だっけね」

「そういや、灰色さんが出かけてるって?」


餅に食いつきながら、濃紫は微妙な表情になる。


「話した事はあるっけ?」

「何を?」

「ウチの事情」

「……別に、話したくなければ聞かないけど?」


その表情から、なんとなく言い難いのかと思ったんだが。

濃紫はあっけらかんと話し出した。


「僕ってさ、母親の浮気で出来た子でね」

「……返事に困るな」

「別に聞き流していいから。なんかさ、人に話したくなったんだよ」


濃紫の家というのは、黄国の式部省のお偉いさんで、当主は二位の位を頂く名家だそうだ。奥方も相応の家格の女性をという事で、刑部の長の娘を輿入れした。それが濃紫の母親だという。


「ほら、刑部なんて言うとさ、お堅いじゃない? 母親も箱入りでね。まあ、貴族の姫なんか箱に入っててナンボって感じだけどさ。男慣れしてないわけよ。ちょっとした物見遊山について来た、護衛の魔法使いに熱を上げちゃったらしいんだ。僕を見ててわかるだろうけど、すごい美形だったらしいね」


——まぁな。あながち、自惚れとも言えない。

私は小さい頃から見てて耐性みたいのがあるんだが、コイツに熱をあげる娘はザラザラ居るしな。


「僕の生物学的父親は、黄国の出じゃなかったらしい。髪色から赤国の人だったかもね。母親と懇ろになって、子が出来たとなったら自国へ戻った。んー。戻された、なのかなぁ」


生まれた濃紫には、都合よく魔法使いの素質があった。少し育てて、そのまま師匠に預けたって事らしい。


「だからね。実家は兄貴が継いでんだけど——。最近、病がちなんだってさ」

「病気なのか?」

「話だけ聞くと気鬱だね。真面目で思い詰める性質だし」

「お前と真逆だな」

「そうなんだよねー。で、母親が国に戻って来いって煩い」

「兄貴に子供はいないのか?」

「いるよ。立派な男子が三人も」


——なんだ、それ。


「要するにね。母親も年取って気弱になってんの。当然だけど、夫は浮気がバレてから冷たいしね。兄貴の嫁と上手くいってないのも原因かな」

「なんだか、面倒なんだな」

「親が歳とるとね。いろいろ出てくるんだよ。面倒だけど避けられないね」

「けど、お前は黒国の魔法使い筆頭だし、簡単に黄国に戻れないだろ?」

「戻る気ないしねー」


濃紫は独楽の入れた茶を飲み干して、ニッと笑った。


「久しぶりに師匠を頼っちゃったよ。師匠から母親に文句を言ってもらった。幼い頃に手放した子を、長じてから呼びも戻そうなんて調子が良すぎるって言ってもらった」


——ああ。

ちょっとヘコんでるし、ムカついてもいるんだな。


「そりゃ、仕方ないね。確かに調子のいい話だ」

「だよねぇ」


私が否定しなかったからか、やっと落ち着いたような顔になった。


家族なんだから、とか、血の繋がりが、とか。

きっと、さんざん言われたんだろな。


「相手の暮らしは立ってるんだ。お前が気に病む必要はないだろ」


私がそう言うと、濃紫はヘニャっと笑った。


「楓ちゃんは優しいな」

「師匠の教えがいいからな」

「はは……違いない」


食器を桶に放り込み、濃紫は軽く目を細める。


「僕なんか、親の因果で性格が歪んでるからね。優しくされると、少しムカつく」

「言い訳すんなよ。歪んでんじゃない。慣れてないだけだ」

「厳しいなー」

「そりゃな」


そう言えば、コイツって子供の頃、池で遊んでる私を見て噛みつきそうな顔してたっけな。


——魚は玩具じゃないんだぞってさ。


玩具のつもりなんか微塵もなかった私には、濃紫が何に怒ってるのか分からなかった。友達の概念が違ってるんだって気づいたのは、どのくらい経ってからだったかな。


もしかしたら、魚に自分を重ねてたのかもな。

綺麗な子供ってだけで、玩具にしたがる大人は多い。


「お前もいい歳のオッサンだ。親に幻想を持つ歳じゃないだろ」

「……楓ちゃんはいいさ。壊れる幻想なんかない」

「喧嘩売る気か? 買ってやるぞ」

「…………ごめん」


全く、甘え方の下手な男だよな。

濃紫はキュッと唇を噛んで、ハーっと息を吐き出した。


「本当にごめん。すでに他界してる人を引き合いに出す話じゃなかった」

「分かってりゃいいさ。濃紫。これだけは言わせろよ。親は親、お前はお前だ」

「……分かってる」


気持ちの想像はできるけどな。

血の繋がりが嫌になる時って、あるんだろうから。


「景気の悪い顔してんなよ? 今日はおめでたい日なんだからな」

「……そうだな」

「お前の元服も私がしてやろうか?」

「へっ?」


私は頭に被せてた布巾を掴んで、濃紫の髪を撫で付けて被せた。


「濃紫宗元。お前は三十路にして成人だ。この先は大人として、人の見本になるように生きろ」

「……ちょ、楓ちゃん。僕の元服は師匠がしてくれたよ?」

「なら二回めの成人だな。喜べ、私も裳着式を二回もさせられる」

「くっ、ふ、はははは」

「何が可笑しい」


濃紫は軽く涙目になった。


「楓ちゃんを見てると、生きてるのも悪くないって思うな」

「能天気だって言いたいのか?」

「いや。人間万事塞翁馬ってね」

「なんかのことわざか?」

「そういうこと」


一息ついたと理解したのか、独楽が濃紫に茶のお代わりを出した。


「え? ありがと」

「珍しいな。独楽がお前に親切だ」

「……はは。本当だよね」


濃紫は湯呑みを見つめて、綺麗に笑った。



日が傾く頃、守谷さんと若君が杜若に戻ってきた。


「お帰りなさいませ」

「ああ……戻った」


こっちも、こっちで疲れてるなぁ。

——と、守谷さんが若君の頭に烏帽子を被せた。


「おい、守谷」

「楓ちゃんにも見せましょう」

「……いいよ。別に」


なんか若君が照れてる。

にしても——。


「なんだよ」

「いえ。大人に見えます」

「褒めてんのか?」

「もちろん」


若君の烏帽子姿か——悪くないな。

前髪も横髪も撫で付けられてると、少し精悍に見えるし。


思わずニコッと笑って。

「格好いい」

と言ったら、若君はさらに照れたようだ。


「……煩い」

「褒めてるのに」


守谷さんが吹き出したもんだから、怒ったように烏帽子を外してしまう。


「守谷さん?」

「いえ、すみません。若君は、他の誰に褒められても照れなかったんですよ。なのに、楓ちゃんに褒められたら照れるんですから——」


剥れた若君が、口の中で最後の抵抗を試みる。

「……煩いんだよ」


白砂が烏帽子を受け取って、独楽に渡して仕舞い方を伝授してる。

守谷さんが台所へ視線をやりながら。


「ところで、夕食の仕込みの方はどうですか?」

「具材の煮込みは終わってますし、酢飯も用意できてます。肉は火を通してますが、焼き目は守谷さんにと思って」

「了解しました。では、仕上げは僕がしましょう」

「お疲れの所、申し訳ないですが」

「なに、帝の宴会に最後まで付き合うのに比べれば楽勝です」


守谷さんの後ろを付いて行こうとしたら、若君に首根っこを掴まれた。


「お前は俺の着替えを手伝え。かみしもなんか面倒で仕方ない」

「あら……似合いますよ?」

「お前、姫姿は好きか?」

「……手伝います。着替えましょう」


若君は私の首を離し、大きく伸びをした。


「灰色が居ないし、風呂は無しか?」

「いえ。水は溜めてあるので、沸かせますよ」

「なら、沸かしてもらいたいな。親父がベタベタ触るから、髪の油だらけだ」


——あー。

若君に抱きついてる帝が見えるようだな。


「なんだよ」

「ご苦労様でした」


私が心から同情すると、若君の肩から力が抜けた。

それなりに気が張ってたんだね。


——にしても。

親子も家族もイロイロだな。

若君の所は親子仲が良くて安心だ。


……私も師匠に会いたくなるなぁ。

年始の挨拶以来、会ってないからね。




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