43 春を呼ぶ
国境に詰めてる魔法使い達は、バラバラに配置されて居るという事で昔馴染みには会えなかった。氷室から何人かの話を聞かせてもらった限り、皆んな頑張ってる様だったけど。
「そうかー。会えないのは残念だな」
「そのうち、会う」
「そうかな?」
「か……蒼は、皇太子に嫁ぐ。魔法使いは黒国の盾。お前を守る」
守るなんて、真顔で氷室に言われると居心地悪い。
でもアレだな。
魔法使いの矜持は、氷室の中にも強く根付いてるんだ。
そう思うと同じ国の元魔法使いとしては、やっぱり嬉しい気がする。
「頼もしいな」
そう言って笑ったら、彼は大きく頷いた。
濃紫が懐から地図を取り出して広げる。
「はいはい。氷室と蒼の気が会うのは知ってたけど、あんまり仲良くしてると父さんが焼くからね。これ見て。白国との国境の地図だけど——」
陰気が強まってる場所は三つあるそうだ。どれも国境のギリギリで、確かに白国の影響が出ていそうだ。
「今日中に全部を回るからね。白国との境は、なだらかとはいえ尾根沿いだ。針葉樹の森が広がってるし、崖や谷もある。馬は駐在に置いてくから歩くよ」
「……間に合うか?」
早朝に山村を出て来たとはいえ、尾根沿いの移動となると——。
「僕と氷室、独楽には魔法を使う。かえ…蒼は僕が背負ってく」
「独楽にも?」
「うん。独楽の核には、師匠の魔力が十分に貯めてある。けど、使えるのは結界魔法だけだからさ。移動スポードをあげるには、僕の魔法をかけとく方がいい」
——なーんか、嫌だけど。
まあ、独楽の魔力を減らさないって意味では最善かなぁ。
独楽も微妙な首の角度になってる。
嫌なんだけど、仕方ないって所かな。
「濃紫。私を背負ってて魔法が使えるのか?」
「君に直接干渉するんじゃないからね」
濃紫に背負われるのか、本当に親子みたいだな。
「分かった。頼むよ、父さん!」
「……任せなさい」
苦い顔してるな。
杜若に戻っても、時々は父さんって呼んでやろう。
冬に葉を落とした木々達は、その枝に愛らしい芽を育んでる。気温が上がり出せば、萌黄色の若芽を出すだろう。今はまだ微睡んでいるけどな。濃紫は私を背負ったまま、足元の枯葉を踏みしだきながら、結構な速さで走り抜ける。
「しっかり掴まっててよ。落ちないようにね」
「誰に言ってるんだ、父さん」
「……楓。僕の気力が萎えるから、人気のないとこで父さんって呼ぶのやめて」
「何を言う。誰かを騙すなら自分からだ。隠密の基本だろ」
「楽しんでるね」
実際、濃紫の肩に捕まりながら、飛ぶような景色を見てるのは楽しかった。元の私なら、自力でこの程度の速度は出せたんだけどね。私も光魔法が使えたから——少し懐かしい。
目的の場所についた濃紫が私を下ろした。
「まずは、ここ」
「……たしかに」
半径にして二十メートル前後か。
そこの木々達は芽を育むことが出来ずにいるようだ。
ねっとり重い隠の気が凝って、冬のまま時が止まっている。
さて——どうやって陽の気を放てば良いかな。
自分が危険に晒されれば、自動的に神気が放てるのは知ってるが。
まさか、濃紫に攻撃してこいとも言えないし。
とことこと、私の横に来た独楽が首を傾げる。
どうするの?
ってところかな。
相変わらず独楽は可愛い。
うん。可愛い独楽を見てて思いついたぞ。
「どうする?」
氷室もコクっと首を傾げた。
コイツって、どこか独楽に通じるものがあるな。
「笛を奏でる」
私は独楽の手を引いて、陰気の中心に立った。
奉納舞も練習したが、真澄様は何種類かの曲と舞を私と独楽に教えてくれた。
——姫修行も無駄じゃなかったな。
「満点星の花を舞ってくれないかな。私の笛に合わせてさ」
私が言うと、独楽は理解したようで小さく何度も頷く。
真澄様から教えてもらった曲に、満点星の花というのがあり、若君が真澄様に吹いてやってた雅な曲だ。
ドウダンツツジという春の花は、結び灯台に似た様子で愛らしく花を咲かせる。その様を春の喜びと共に奏でる曲で、独楽に舞わせると愛らしいので、大好きになった曲だ。
私は笛を取り出し、一体の陰気に陽気を放って春を呼ぶつもりで、笛の音に神気を乗せる。私の音に合わせて、独楽がクルクルと舞を舞う。
まるで生まれたての花の精みたいに可愛いな。
本来は鈴を持って舞うのだが、さすがにそれは望みすぎだ。だが、着物の袖に手を隠し、ヒラヒラと舞う独楽を見ていると、花の房を持っている様子が見えてきそうだ。
長い曲ではないのだが、吹き終える頃にはベタッとした陰気が消えた。
巡る季節を呼び込むのに成功したようだ。
「おおー」
一人で拍手する濃紫だったが、氷室もキョロキョロ辺りを見てから拍手してくれた。
「陰気が動いた。気が巡る」
拍手を受けた独楽が、少し照れたように首を傾げる。
ううむ。
さすが、私の独楽。
「これなら、いけるね。次に移動しようか」
ホッとしたような濃紫が私に手を差し出す。サラサラと紫の混ざった髪が動きに揺れる。まるで、師匠の庭で一緒に遊んだ頃のような、ノスタルジックな気分になった。
——時の流れってのは、不思議なもんだな。
渋みまで出て来た青年の終わりを生きる濃紫と、膨らみ始めた蕾のような少女期の始めを生きる私は、今を超えて幼い頃の馴染みの記憶を共有している。
うん。
やっぱり、コイツは兄弟子だな。
思わず微笑んでしまう。
「頼んだよ、父さん」
「だから、父さんって呼ばないでってば」
伸ばされた手を掴むと、濃紫は苦い顔をしたが。
私が笑ってるのを見ると、少し機嫌を直したようで軽々と背中に背負う。
「あと二箇所。今日中に終わらせるよ」
気が巡れば正常な時の流れがやってくる。
閉じ込められた冬から、草木や獣、虫達を解放してやれる。
「ああ。任せとけ」
氷室も横について走りながら、私を見て小さく笑った。
笑ったよ——氷室って笑うんだ。
「か…蒼。すごいな」
「そう?」
「ああ。すごい」
「……ありがと」
魔力を失って、魔法使いの仕事は出来なくなった。
ずっと自分の天職だと思ってたから、やっぱり哀しかったんだよね。
もう、魔法使いではないけど。
こうして皆んなの役に立てると、すごく嬉しい。




