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42 移動

黒藤京から黒国の端まで移動するには、それなりの時間が掛かる。今回の旅は、五日と期限も決められているので忙しい。


「とにかく、移動に時間は掛けられない。馬たちには悪いが、すっ飛ばしてく」


そう宣言した濃紫は、馬たちに回復魔法を使いながら、文字通りにすっ飛ばしてた。光魔法の使える濃紫だからできる技だな。


氷室の使う魔法は、元の私と同じ水系。もう一つが希少な魔法で、限定的に気候への干渉を可能にする、気象魔法。小さな、小さな、黒龍神がいると思うと分かりやすい。


範囲は狭いし、効力は小さいが、この魔法は恐ろしい魔法だ。災害の多くが気象に関係してることからも分かる。水害、土砂災害、干ばつ、雹に雷。水魔法と一緒に気温を操作すれば、霧や水蒸気も生じる。むろん、氷を生み出すことも可能なわけだね。


濃紫の話だと、出自不明の氷室を拾ったのは帝だそうだ。幼い頃は帝の側で育てられてたという——あのオッサンに育てられるとか、同情を禁じ得ないな。


考えてみれば、それ以外に方法はなかったろうけど。氷室の魔法が暴走するのを防ぐには、魔法を抑えてしまうくらい神気の強い人間の側に置くしかない。特に子供のウチは魔法制御が難しいからな。帝も不思議な子を拾ったものだ。


丸一日を馬の上で過ごし、月も登ってくる時刻、私たちは黒国の北に入った。景色も変わり、京とは趣が違う針葉樹の森が広がっている。


「この村は黒龍の尾と呼ばれてる。ここで一泊するからね」

「宿なんかあるのか?」


山村と呼ばれるような小さな村だ。観光目的と濃紫は言ったが、宿泊施設があるようにも思えない。


「ここにも、黒龍神様を祀る社が建てられててね。その横に公共の施設があるんだよ。森の奥には泉があってね。ほら、白砂が言ってたヤツだよ。白蛇神の伝説があるとこ。そこが旅客には人気でね。泊めてもらえるんだ」


——なるほど。

しかし、なんか複雑だな。


私は濃紺の手甲の上から天水玉に触れた。白砂の様子から察すると、天水玉には白蛇神の霊が残ってる。懐かしいかもしれないが、憤りも感じるだろう。


私の様子に気づいた濃紫は、へにゃっと笑って私の腕をポンっと叩いた。


「大丈夫。呪いは収まってるよ」

「……まあ、そうだろうが」


右手の玉からも何も感じてはいないけどさ。

氷室が馬の鼻面を撫でながら、何度か瞬きして不思議そうに私を見た。


「ねえ、天水玉。嵌ってて痛い?」

「いや。痛くはないよ」

「……不思議だな」


そうだろうな。

私も不思議だよ。

人体に傷もつけずに嵌まり込んでるんだもんな。



社の神官に申し入れ、無事に部屋を貸してもらえた。馬達も社の近くに建てられている厩に入れてもらい、水と飼葉を与えることができた。お疲れの馬達に濃紫が回復魔法をかける。


疾風もそうだが、濃紫の馬達もとても良い馬だ。無理強いされてるのに、不満そうな態度を全く見せない。走るのが好きなのかもしれないが、それだけではないだろうな。


疾風を貸してくれる前、守谷さんはずーっと疾風に話しかけてた。私を守ってやってくれってね。疾風に守谷さんとの絆があるように、魔法使い達の馬にもきっと絆があるんだろ。


「さ、僕たちも食事しに行こう」

「……こんな時間に店なんか空いてるのか?」

「ふふ。伊達に半月も出張してないよ」


偉そうな濃紫に連れられて行ったのは、飯屋というより飲み屋だった。まあ、夜に開いてる時点で、そういう店だよな。独楽は食事をしないが、私の側から離すわけにいかない。というか、離れない。若君にも守谷さんにも、灰色さんにも、離れるなと厳命されてるらしい。


やからばかりの店の中で、珍しそうに見られながら串焼きを食う。なんの肉かしらないが美味い。香りのいい油がじわっと口に広がる。


店の主人が寄って来て、濃紫と話すのが聞こえた。


——旅行ですかい? 泉に行く? いやぁ、今は時期が悪いよ。化け物だらけだ。ああ、魔法使いなんですかい? なら、なんとかなるかねぇ。


親父は思案気に私たちを見た。


——けど、子連れで行くのはどうかね。死んだ母親の思い出? そうかい。誰にでも事情はあるけどなぁ。出てる化け物かい? 雑多だねぇ。兎、蛇、鼠……ああ、猪なんて目撃もあったな。


ずいぶん、多いみたいだな。

常駐してる魔法使い達は大丈夫なんかな。


——黒国の魔法使いさん達が頑張ってくれてるけどね。村でも自警団を作ってるくらいさ。ああ、白国の奴らには気をつけた方がいいですぜ? アイツら道理が通じねぇ。山賊みたいな真似をしてる奴らもいます。


ふむ。

ここでも白国の奴らは評判悪いな。


「父さん」


私が濃紫を呼ぶと、すっごく嫌な顔をした。

親子の設定はお前が決めたんだからな。

こっちも別に好きで呼んでんじゃないぞ。


繕うみたいに笑った濃紫は、猫なで声で答えて来る。


「なんだい、蒼」

「明日は、黒龍神様のお社に参ってから行きましょう」


せっかく建ってるんだ。

縁のある社には挨拶していかんとな。


すると、店の主人が嬉しそうに笑った。


「おや。信心深い坊ちゃんだ。けど、いい案だと思うぜ。なにしろ、黒龍神様は神様の親玉だ。俺たちの暮らしを、いつでも見守って下さってる。そうだ、坊ちゃんは団子は好きかい?」


オッサンは黒龍神に厚い信仰を持ってるみたいだな。

酒灼けした赤ら顔に、人の良さが滲んでくる。


「はい。好きです」

「よし。特別に振舞ってやろうな。いやいや、お父さん。団子のお代は気にせんで下さい。俺は黒龍神様の小さな信者をねぎらいたいだけさ」


——うむ。


赤鳥神様も愛されてたが、我が黒龍神様も敬愛されてるな。

国の端まで威光が届いてる。

さすがだ。


「ほうら、お食べな。これはな、昔、昔、お前さん達が、これから見にゆく泉の神様が好んだ団子だ」

「……泉の神様」

「そうさ。泉にはな、白蛇神様と呼ばれる、そりゃあ美しい神様がおったんだと」

「そうなんだ。ありがとう」


オヤジがニコニコしながら勧めてくれたのは、丸い団子を軽く焼いたもので、甘辛のタレがかかってた。


——この味。

どっかで食べたなぁ。


「美味いかい?」

「はい。美味しいです」

「そっちの白い坊ちゃんはよ」

「……美味い」


氷室も団子に食いついて頷く。

独楽は食べられないのだが、片手に団子を持って私の口に突っ込もうとする。


「ははは、お嬢ちゃんは坊ちゃんが好きなんだな」


笑うオヤジに独楽は全力で頷いてる。

濃紫は悪いと思ったんだろうか——オヤジに団子をいくつか包んでくれと頼んで、代金を無理やり渡してた。


——魔法使い達への労いに持ってくつもりだろう。


「無事に戻ったら、もう一回ここへ寄ってくれよ。森の中の様子を教えてくれると助かるからさ」


気のいいオッさんの店で鱈腹たらふくご飯を食べ、移動の疲れも相まって宿舎に戻ってすぐに眠ってしまった。氷室は回復魔法をかけてもらったようだが、私は魔法を弾くのでとにかく休むしかない。


馬の移動は足腰に来るしな。

眠りながらも、揺られてるような心地が抜けなかった。

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