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4 守り鈴

神楽舞の衣装というのは、白襦袢しろじゅばんに黒袴と決まってる。礼装的な意味が強いので、皇太子だからと華美にはしない。


私は付き人の役目をおうので、お揃いの衣装を作っている。舞台まで弓を持って後ろに付き従うだけなんだけどね。


弓舞の場合は手に手甲を嵌める。袴の裾は窄めるので、専用の布を用意した。若君の衣装の用意はすでに終わってる。奉納祭は明日なのだ。あとは宝珠を隠す為の自分の手甲だけ。


宮中には専門の仕立て職人がいるけど、自分の手甲は縫わねばならない。手に合わせた方が使いやすいし、宝珠の嵌った手を見せるわけにもいかないからね。


まだ明るい夕方、私は日の暮れないうちにと回廊の端でチクチクと手甲を仕上げていた。


「楓。薪割りは終わったぞ」

「有難うございます。灰色さん」


庭からヌッと現れた濃紫の侍従は、ふさふさの毛を軽く風になびかせている。彼は半人半獣の中でも、より狼に近い気がする。


全身が毛に覆われてるし、尻尾も牙も耳もある。牙や耳、尻尾が生えていても人間と変わらない人もいるからね。


「次は風呂を沸かせばいいのか?」

「そうなんですけど、休まなくて平気なんですか?」

「このくらいの仕事は濃紫様が幼い頃からしているからな」


ニカッと笑った口元から盛大に牙がのぞく。


狼もそうだけれど、犬系の方は主人に忠実な人が多い。中でも灰色さんは、あの性悪男に懐いているようで、性悪男の話をするときは尻尾が振れて嬉しそうだ。


「楓は主人を好いていないようだが、濃紫様は口ほど悪い男ではないぞ?」

「……説明しましたよね? 私はあの人に騙されたんです」

「んー。稀にそういう事をなさるのは否定しない。だがな、そういう事をされる時には必ず理由があるんだ。意味のない悪巧みをなさる方ではないぞ」


はいはい。

そりゃ、そうでしょうよ。


濃紫様は幼い頃から秀麗で、天孫かと噂された我が至宝である。

そう言ってんだもん、灰色さんはさ。


「俺は楓も良い子だと思うぞ。主人と仲良くしてもらえると助かるな。ああ見えて、主人はお前を気に入ってる」

「……そりゃ、有難いことで」


くしゃっと鼻の頭に皺を寄せた灰色さんは、大きなモフモフの手で私の頭を撫でた。扱いがスッカリ子供向けなんだよなー。仕方ないけどさ。


「宜しく頼む」

「努力しましょう」

「うむ。では、風呂を沸かしに行くか」


杜若の宮には、湯屋もあれば台所もある。この宮だけで生活の全てがまかなえる。若君が出不精になるわけだよ。


灰色さんが立ち去ってすぐ、手甲を縫う手元が暗くなって——。


「う、うわぁ!」


顔を上げる間も無く、デッカイ何かに肩を掴まれて空中に浮かんだ。


な、なんだ! 

巨大な鳥?!


「離せ!」


私が身を捩ると、鳥は慌てたように声を出した。


「あ、暴れるな、落ちるだろうが!」

「落とせ! 離せよ、馬鹿!」


私の胸元でチリチリと守り鈴が激しく鳴った。

庭に飛び出して来た若君が、どんどん小さく見えてく。


——と。


灰色さんが狼そのものに変化して、飛ぶように屋根まで駆け上り、大鳥めがけてジャンプした。食いつかれそうになった巨大な鳥は、私を離して急上昇してく。


落下してく私を受け止めたのは、若君だった。


「わ、若君。お怪我は?」


腕の中で彼の身を案じたら、怒鳴られた。


「俺の心配より、自分の心配をしろ! なんだ、アイツは」

「……分かりません。回廊に座ってたら、いきなり飛んで来たんです」


灰色さんが降りて来て、空を見上げてグルグルと唸った。


鳥人とりびとだ。くそ、食いつき損ねたぜ」

「有翼人か」

「いや、完全変形してたからな。アレは鳥人だ」


……なにはともあれ。


「若君、灰色さん。助けて頂きまして、有難うございます」


私が若君の腕の中から礼を言うと、二人は同時に私を見た。

いや、若君……私は離して欲しいんだが?


「お前の身の安全は、主人から託されてる。目を離してすまなかった」


灰色さんの耳が、すっかり寝てしまっている。


「宮の空から侵入されるとは思わなかったな。結界が破られたか。とにかく、お前が無事で良かったけど。怪我してないか?」


手を緩めて地面に私の足をつけた若君が少し心配そうに私を見た。そうなんだよね、この子って口も態度も悪いけど気質は優しいんだ。


「……はい。どこも怪我はしてません」

「そうか」


そう言った若君が、軽く顔を顰めた。

あ、今、チラッと自分の右足を見たね。


「若君? 足を痛めましたね?」

「いや……大丈夫」


これは絶対に去勢を張ってる。

私は狙いを定めて、若君の右足首を蹴った。


「い、痛って! 何すんだよ!」

「ほら! 足首を捻ったんでしょ。見せて下さい。明日は奉納祭なんですよ!」

「……煩いな」


若君をヒョイっと抱き上げた灰色さんが苦笑する。


「嵐龍様。今のは楓が正解です。俺が手当しますから、大人しくして下さい」

「私、守谷さんを呼んで来ますね。軟膏を作っていらっしゃったはずです」

「ああ、そしたら桶に水汲んで来てくれ。手ぬぐいも数枚。捻ったなら冷やさないとな」


杜若の宮は濃紫が結界を張ってたはずだ。

その結界を破ってくるとは、結構な使い手だろうな。


鳥人の魔法使いなんか居たかな?


濃紫が戻ったら話さなくては——きっと、すごく苦い顔をするんだろう。

護衛を受けてるのに結界を破られるなんて、魔法使いには屈辱的だからね。



若君の足首は、思ったより腫れ上がった。


「若君。幻視蒼穹弓舞を舞うのは、ちょっと難しいと思いますよ」

「……出来る。一曲だけだ」


あの踊りは跳ねるからなぁ。

足首を庇っては踊れないだろう。


手当をしていた守谷さんも首を振る。


「若様。お気持ちは分かりますが、黒龍神に中途半端な舞を奉納するわけには参りません」

「……だけど、今から曲を変えられるか?」

「いえ。曲を変えても、その足では」


——ああっ。

二人が苦い顔になってる。


若君の怪我は私のせいだよね。

高いところから落ちた私を、受け止めたりしたからだ。


私は長い睫毛を伏せて、愁い顔になってる若君に言った。


「……許可が降りるなら、代わりに私が舞いましょうか?」


顔を上げた若君が私を見て、少し考えた後で頷いた。


「……そうだな。お前の舞なら……守谷。主上に伺いを立ててくれ。こいつの身分は、月光宗元の弟子だ。俺の代わりに宗元の弟子が舞う」


守谷さんは軽く頷いて若君の部屋を退出した。若君は座布団を重ねた上に足を乗せ、守谷さん秘伝の湿布を貼っている。


いくら今の私は子供だといったって、屋根より高い位置から落ちてきたんだ。受け止めたら衝撃も大きかっただろうな。


「……申し訳ありません。若君」

「お前のせいじゃない。賊のせいだ。そういえば、濃紫はどうしたんだ? 灰色が呼びに行ったよな?」

「結界を張り直してますよ。なんでも、結界を緩める呪い札が宮と外のギリギリに埋まっていたそうです。あと、私の情報を漏らした者を探ってます。もうね、ピリピリしてる」

「……まあ、そうだろうな。自分の仕事場を荒らされたんだ」

「あの人はプライド高いですしね」


私が嫌そうに言ったからか、若君はクスクスと笑い出した。


「可笑しいですか?」

「いや、本当に犬猿の仲とはよく言ったなと。まあ、濃紫は、お前を嫌ってるのではないようだけどな」

「いっそ嫌ってくれた方が良いです。近づかないで欲しいんですけどね」

「お前は……本当に歯に絹を着せないな」


あんな者の為に、気を使って話したくないだけだ。


「そういえば、鈴」

「ああ、守り鈴は役目を果たしてるようだな」

「これって、首輪以外の意味もあるんですね」

「首輪って、あのなー。守り鈴なんだぞ? お前が身の危険を感じたら鳴って俺に知らせるさ。お前の身辺には気を配れって、父上から言われてるんだよ」

「ええー? だって、若君。お茶持って来いだの、菓子持って来いだの、良いように鳴らして呼び出すじゃないですか」

「それは便利だからだ」

「こっちは、首輪だと思うでしょうが」


でも——そっか。

守り鈴だもんな。


「心配をかけてしまって」

「別にいいよ……なんていうか、お前は面白いし。怪我しなくて良かった」

「面白い?」

「俺に向かって、お前みたいな口の聞き方する奴はいないからな」


本当に面白そうな顔をする。

彼には珍しく、とても少年らしい表情だな。


「それは私が開き直ってるからです。間違っても首はチョン切られないだろうって思ってるし」

「首を? あのな。お前は俺をなんだと思ってんだ」

「いやあ、若君なら不敬罪でチョンと首が切れるでしょう」

「口の聞き方くらいで首を切ってたら、周りに誰も居なくなるぞ」

「そこがわかってるなんて、若君は利口者です」

「その容姿で年上ぶるなよ」


すぐ不機嫌になって睨むんだよなー。


私は年上ぶったつもりじゃなく。

本当に、そう思ったのにさ。



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