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39 黒龍神の愛玩動物

年が明けて五日をすぎる頃には、濃紫も杜若に戻って来た。守谷さんが用意してくれた膳を、当然のような顔して食べてる——濃紫はいつまで若君の宮に滞在する気なんだか。


当初は天水玉の嵌った私の護衛兼監視役だったし、杜若の宮の護衛も仰せつかっていたらしいが。今となっては、私は若君の許嫁で呪いの効力も格段に弱くなってる。普通に兵部の人が守ってれば良いんじゃないかと思う。


杜若の宮の中には守谷さんしか入らないが、外には皇太子の近衛兵が在中してるんだし。そりゃ、呪いや魔法を使われれば濃紫の方が護衛にむくが——黒龍の末の若君と、二神の加護がついた私の護衛なら、弓や太刀の得意な兵部の人の方が向いてるだろうと思う。


「いいんだよ。僕は護衛だけじゃなくて、若君の相談役なんだから!」


胸を張って、そんな事を言ってるが。

若君の相談役は師匠じゃなかろーかと思う。


……それを言うと、濃紫が拗ねるから言わないけど。


「にしても、大変だったんだよ。年始から土蜘蛛が出てさー」

「へえ。土蜘蛛とは厄介だな」

鍋蓋山(なべぶたやま)の麓でさ、正月から化け物の出現で里の人も怯えちゃってね」

「巡回を怠ってたのか?」

「そんなつもりは無いんだけど。偏りって一気に悪化するから面倒なんだ」


化け物——それは、野に生まれる大型の獣みたいなものだ。陽の気と陰の気が均衡を崩した場所で生まれる。どちらの気に多く偏ったかで化け物の特性も別れてくるんだが、そもそも、化け物を産まない為にも魔法使いたちは日々の巡回を欠かさない。陰陽の気の均衡を保つのも魔法使いの仕事なわけだ。


まあ、黒藤京で化け物が出ることはないけどね。黒龍神様のお膝元では、気の滞りは起こらない。たいがいは、地方の山川で生じる。


土蜘蛛というのは、主に陽の気が偏った山深くで生まれる。蜘蛛が陽気に長く晒されて変化するものだ。蜘蛛は生粋のハンターなのが面倒なんだ。動きも早く、貪欲な化け物である。人を攫って食うこともあり、里の近くに出たのなら大事だ。


「残ってた魔法使い総出で討伐だよ。氷室がいてくれたから、けっこう早く終わったけどさ」

「ああ……アイツ」


氷室は、その名の通り、魔法使いの中でも珍しい氷魔法の使い手だ。氷魔法は二種の魔法を練って生み出すので、魔力もさることながら高い技術力を要求される。氷室は寡黙な奴で、珍しく出自が曖昧だ。まだ少年の年頃のはずだが、その手腕は次の筆頭候補でおかしくない。


「人死にが出なかったなら行幸だな」

「お陰様で、数人の怪我人で済んでる。人死になんか、新年そうそう元が悪すぎだもんね」


食事をしながらのお喋りは、本来の行儀作法ではご法度だが——。


「その話、俺は聞いてないな」


若君が少し眉を寄せて濃紫を見た。宮の当主が食事しながら発言するんだし、喋っててもいいだろって雰囲気になってる。


「正月で魔法省も閉めてましたからね。巡回の使い魔が知らせて来て、僕の屋敷に残ってた奴らで対処しちゃったんです。明けたら報告書を出しますよ」

「そっか。……大義だったな。あとで、金一封が出ないか大蔵省に掛け合おう」

「お、やった。それはアイツらも喜ぶびます。ありがとう御座います、嵐龍様」


私は守谷さんの胡麻和えに舌鼓を打ちながら、青国の話を思い出してた。

——師匠に聞けば、何か分かるかもな。


隠居したって言うわりに、師匠は事情通だ。

昔の馴染み達が、せっせっと師匠に情報を流す。

問題ごとの対応や処理の仕方を相談するからだけどね。


「なあ、濃紫。灰色さんが戻るのはいつ頃?」

「なんだよ、楓ちゃん。僕より灰色に戻って欲しいの?」


——ぶっちゃけ、そうだ。


少し不満そうに目を細めた濃紫は、後れ毛を搔き上げて流し目をくれる。使う相手を間違えてるだろ。美貌の無駄遣いだな。


「七日になったら戻るよ」

「そっか……そしたら八日には師匠に挨拶に行けるな」

「楓ちゃんの師匠至上主義は変わんないねぇ」


少し呆れたような濃紫の言葉に、守谷さんがニコニコと正論をかます。


「親孝行なのは良い事です。今の楓ちゃんがいるのは、月光様のお陰なんですしね。年始の挨拶に行くのは当然でしょう」


あまりに真っ当な意見に、濃紫が苦笑を浮かべて頷く。

若君は思案気に私を見たけれど、何も言わずに黙っていた。



守谷さんの甘酒を持って師匠を訪ねた時には、流石の師匠も庵の座敷に座ってた。綿入りの半纏を着込んで、火鉢の横にちょこんと座ってる。


——寒いもんね。


亡くなった両親の話を聞きたいのだと言ったからか、灰色さんは気をきかせて、独楽を誘うと月翠庵の子供達の為に薪割りをしに行った。お陰で、私は久しぶりに師匠とサシで話しができてる。


「そうかい。青国の王は相変わらず馬鹿だねぇ」


私の話を聞いた師匠は、ウヒョヒョと笑った。


「お前を王太子妃にした所で、なーんの解決にもならんというにな」


師匠は細い目をさらに細める。


「魔法使いは国の宝じゃ。我が黒国というのは、魔法使いへの支援が手厚い。給料も良いし、権限も与えられておる。緊急事態には、帝をすっ飛ばしても人民を守ることが優先されると、国の法律で明言されておるくらいだ。だからこそ、魔法使いは体を張って国民を守っているんだ」


——うん。

私も魔法使いをしていた時、自分が魔法使いであることに誇りを持ってた。


考えれば、それだけの優遇を国がしてくれてるんだよな。

あの帝、ウザいけど頭は切れるみたいだしな。


「見本のような政策をしく国があるのに、今更、古い伝承頼みとはな。政策の充実を先にせんと、意味なしだ」

「魔女の里って、青国で力を持ってるんですか?」

「そうさな。昔は力のある民族だった。あそこは海馬の名産地でのぉ。お前が海馬に好かれたのも偶然ではない。全盛期を知っとる老人なんかには、効果のある話だろうがな」

「海馬の名産地?」

「そう。海馬は魔力量の多い者に従う性質がある。気性が激しいもんで、あまり飼育されないがの。勇猛で利口、しかも持久力がある。軍馬に向くんじゃ。一時期には金や銀より価値のある馬だった」


——へぇ。さすが師匠。物知り。


「お前の母も出自は魔女の里だしの」

「え? 帝は両親がって言ってましたけど」

「いや。お前の父は、兵部の役人だったよ。守り人だ」


——なるほど。


守り人というのは、国境に派遣される兵部の人たちだ。宮から離れるので嫌がる人も多いらしいけれど、他国民の侵入を見張り、化け物の退治を行う彼らは地元の人に尊敬される。地元民と仲良くなって地元の豪農なんかに婿入りしちゃう人もいると聞く。


むろん、魔法使いとも親交が厚い。一緒に地方、ひいては国の安全を守らなきゃいけないからね。


師匠は少し項垂れた。


「お前の親が亡くなったのは、儂の采配の失敗だ。ほんに申し訳ない」

「またぁ…。私はお師匠様に育てて頂いて感謝してますよ。ああ、そういえば聞いたことがなかったですけど、戦った化け物って何だったんですか?」

「土蜘蛛と山猿……そこに大鯰(おおなまず)が加わってのう」

「え、三体? 同時?」


頷いた師匠は遠い昔を懐かしむように話してくれた。


当初は山猿の目撃情報だったそうで、魔法使いの編成も山の化け物用に組んだそうだ。そこに土蜘蛛が出現して、魔法使いの増員を要請した。その時に地元の守り人に嫁いでた母が加わった。


「そこまでは、大幅な狂いはなかった。対処できる——はずじゃったんだか。大雨が降ってのう。川が氾濫してしもうて、そこから鯰が上がって来おった」


化け物を三体も生み出した気の凝りってのが気になるが——。


「水系の魔法使いは、お前の母一人だったんじゃ。鯰を一人に任せるは荷が勝ちすぎた。それでも、さすがは魔女の里の女じゃった。夫に守られながら、鯰を退治しおった。……刺し違えになってしまったけれどもなぁ。儂は今でも申し訳なく思っとる」


ずいぶん、勇壮な母だなぁ。

まあ、矜持(きょうじ)を持って戦ったんだろう。


「そうですか。私は両親を誇っていいんだね」

「おう。お前は勇敢な魔女と戦士の子よ」

「……にしても、何だってそこまで気が凝ったんです?」


師匠はため息をつく。


「戦のせいじゃな。化け物が三体出たのは、白国との境じゃった。今もキナ臭いが、あの頃の白国は内乱の最中での。人死にが多く出てたんじゃよ。死人が出れば陽の気が下がる。陰気が上がってのう。均衡を取るに取れない状態であった」


——あー。

白国って争いが起こりやすいんだよね。


獅子の気質のせいかもしれない。

雄同士が牽制し合うんだ。


「青国のことじゃが、楓が案ずることはない。帝に任せれば良いよ」

「まぁ……私を他国へ嫁がせる気はないと言ってましたが」


師匠が不思議そうに首を傾いだ。


「何に引っかかっておるのか分からんが、そもそも、お前は青国の王子には嫁げん」

「へ? ええと、申し入れを受けるとか、受けないとかではなく?」

「無論じゃ。楓よ、お前の身には二神の加護がついておる。二神の気にいる男でなければ、お前が嫁ぐことはできないぞ。好いた、腫れたなんぞ、無関係じゃ」

「……そう…なの?」

「当然じゃ。お前は神に気に入られたんだぞ? 生半なまなかな男に嫁がせるくらいなら、天界に連れていかれるわい」


——天界。

そうなのか。


「嵐龍様がおらんかったら、黒龍神に連れてかれとるじゃろ。赤鳥神は、黒龍神に遠慮するじゃろうがな」

「それは、名乗らなくても?」

「名乗る?」

「若君は私が名前を名乗ったら、黒龍神に連れて行かれてたって」

「ひょひょひょ、そりゃあ、違うの」

「えっ? じゃあ、若君が私と黒龍神様の間に立ったのは?」

「お前が連れて行かれそうで焦っただけじゃろ。名前など、連れてった後に改めて名付けて、その名ででれば良いだけじゃ」

「……愛玩動物ぺっと?」

「近いのう」


そうだったのか——。

私って黒龍神様の愛玩動物だったのか。


あれ……それって。


「師匠。それって、黒龍神様の庇護下に入ってますよね?」

「むろんじゃ。加護とはそういうものじゃよ。お前を雑に扱ったら、黒龍神の怒りを買う。ひょひょひょ、面白いのう」


——何が面白いんだろう。

天水玉の呪いに匹敵するくらい、厄介な話を聞いた気がする。










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