37 独楽流の慰め
年越しには一晩中起きていて、日の出を見る者も居る。が、私は早々に眠る事にした。日を跨ぐ深夜、帝と若君は黒国の一年の穢れを祓う為に神事を行う。要するに出かけてしまうしね。
独楽と二人で日の出を見るのも一興だけど——要するにさ、少しヘコんでたから。
誰かの幸せを願えるなら、それだけで十分だ。
そう思うのに……人というのは、欲張りなものだな。
行灯を消して布団にくるまり、鬱々と眠りに落ちた——はずだったんだけど。
「……ん?」
朝の光に目を開くと、若君の顔があった。
——え?
深く眠っているらしい。
呼吸は静かで、間隔があいている。
というか、なんで若君だ?
そっと部屋の中を見回せば、眠ったはずの部屋ではなかった。私が滞在する部屋は襖が右にあったはずなのに、この部屋は左にあって——。
——ひっ!
ゴロンと寝返りを打った若君が、私の体に腕を回す。本人は一向に起きる気配はないが、この状態は良くないだろう。私の心臓はガンガンと心拍数を上げてるし、軽く腕まで震えてきてる。
——に、逃げないとな。
そうだよ。
たぶん、私の部屋は隣だ。
布団を抜け出して、そーっと戻ればいいだけだ。
起こさないように、ソロソロと身を引けば、若君のまつ毛が動く。私はピタッと動きを止めて、息を詰める。若君の癖の強い多めの髪が私の腕にかかってる。
……昨日は深夜まで起きてたんだろうか。
くーくーと規則的な寝息を聴きながら、ご苦労様だなと思う。若君の体からは、品の良い白檀の香りと彼の体臭が混ざった複雑な香りがする。この香りには馴染んだからか、すごく好きだと思う。
間近に見える整った寝顔を見ながら、ずいぶんと大人びてきたものだと思う。形の良い眉に長いまつ毛、肉が落ちて尖った顎や、鼻筋の立ってきた鼻、骨ばった頬骨を観察する。
元から美形なんだが、最近は帝にならって獣じみた美貌を持つようになってきてる。しなやかなで、柔軟なネコ型の獣を連想させ……って!
——観察してる場合じゃないんだって!
そーっと、彼の腕を持ち上げて身を捩りながら布団を出る。
「……ん」
「!」
ギリギリで私の抜けた布団が、若君の腕に引き込まれて抱き込まれる。
——危なかった。
彼は横向きで布団を抱きかかえるスタイルで眠ってる。
なんとも無防備な寝姿だな。
音を立てないように後ろに擦って、そっと襖を開き、急いで隣へ避難する。
「……はぁ」
なんとか、起こさないで戻れたな。襖に背をつけて胸を撫で下ろした。
——と、私の眠ってたはずの布団に独楽が眠って居た。
「………」
独楽は使い魔、元が人形なので普段は布団に横にならない。力を抜いて魔力を遮断して、壁にもたれているだけなのだが——布団で眠ってみたかったのか?
気を落ち着けたくて、独楽の横を抜け、朝日の差し込む障子を少し開く。早朝の冷たい空気が流れ込んできて、淡い光が部屋に差し込む。はたっと、壁際に置かれた鏡台に映る自分が目に入った。
——私、こんな、だったか?
十二、三歳と真澄様が言っていたが、確かに襦袢姿の私は童というより少女の風情だ。丸くなり始めた体つきに、長い黒髪が影を落とす。引き目が美人と言われているが、私の目は蒲鉾型で大きい。黒目の印象が強く、今風の美人とは言えない。
でも——ふっくりした頬や、薄紅の唇、少し凛々しすぎるきらいはあるが、整った眉。まだ、鼻筋は曖昧だが、小さめの鼻は可愛らしいんじゃないか?
真澄様の言いつけに従って、日に焼けないように気をつけている肌はきめが細かく白い。
魔法使いとして走り回って頃の私は、もっと、こう、肉の落ちた精悍な顔つきで、肌も小麦色に焼けていた。年齢のせいか、手入れを怠ってたからか、細かな皺も入り始めてて、お世辞にも美人とはいえなかったんだけどなー。
身を乗り出して鏡に見入り、両目に入った二つの線を確認する。我ながら不思議な目だと思う。獣人族の瞳孔は縦に入っているけど、それとはまた違う。瞳の上に刃物でつけたような、そんな、二つの印があるのだ。
真剣に自分の目を確認してると、首に腕が回されてビクッとした。覗き込む独楽に息をつく。
「……独楽。ビックリしたよ」
甘えるように、首にぶら下がった独楽の頭を撫でる。
「着替えを手伝ってくれるかな?」
こくこく頷いた独楽は、帝の用意した新しい着物を取り出した。真澄様にも、守谷さんにも着物を頂いてるのに、帝からも新たに頂いたわけだ。こう何枚も着物を与えられると、贅沢なんじゃないかと思うが——新年だからな。
帝の用意した着物は蝶々の柄の振袖だ。様々な色の蝶が白地の上を踊っている。あの人、本当に蝶が好きだなぁ。帯は橙色の可愛らしいもので、独楽が帯紐の色を重ねて悩んでる。
独楽には淡い白梅の着物を用意してくれた。私の好みとしては、そっちが羨ましいのだが——蝶の着物に合わせて髪飾りまで選んでくれてるので、文句は言うまい。
着物を着付けてもらいながら、華奢で小さな童姿のままの独楽を見つめる。
——うん。独楽に私を運ぶのは無理だよな。
自分で若君の布団に潜り込んだとも思えない。
いったい、どういうことなんだろうか。
チリチリと守り鈴が鳴ったので、襖を開くと布団の上に若君が胡座をかいていた。
「おはよう御座います」
「……ああ」
まだボンヤリした顔の若君は、私を見て首を傾げる。
「どうしました?」
「いや……」
一応な——。
私は三つ指ついて頭を下げる。
「明けまして、おめでとう御座います。本年もよろしくお願いいたします」
「……ああ」
まだ不思議そうに人の事を見てるなぁ。
立ち上がった所で、ちょうど白砂が入って来て機嫌よく頭を下げた。
「失礼します。お早うございます。嵐龍様、楓様。明けましておめでとうございます」
「はい。おめでとう」
布団を片付け始めた白砂。
ふむ。白砂……か。
布団を片付けるのを手伝う振りして、そばによって小声で確認する。
「白砂」
「はい」
「私には触れるなと、若君に言われてたよな」
「はい」
「どうやって運んだ?」
「布団に包めてましたので、触れてはいな——」
ペラペラ喋り、ハタっと口を閉じた。
やっぱり——コイツだったか。
私が神気を込めて睨み付けると、ビクッと肩を強張らせる。
「こ、独楽さんが。そうして欲しいと……」
「独楽が?」
「はい。明け方、私の部屋を訪ねて来まして、楓様を運んで欲しいと字を書かれましたので。若君もお疲れだったので、労いかと思いまして手伝いました」
「どういう労いだよ。心臓が止まるところだったぞ。辞めてくれ」
「………申しわけ御座いません」
白砂は何度も瞬きして、情けない笑みを浮かべた。
ーー仕方ないな。
私は若君の着替えを手伝ってる独楽を見た。
——私がヘコんでたからだろうし。
独楽は私の使い魔だ。今は師匠の魔力で動いているけれど、私の気分や感情の変化に敏感なんだよな。元気付けようとしたんだろう。……方法が間違ってると思うけど。
ただ、まあ——。
弱気になってたとはいえ、独楽に甘えすぎたな。
少し反省しよう。
「おい、髪を括ってくれ」
若君が独楽ではなく、私を呼びつけて髪を整えさせる。いいけどさ。櫛を入れて髪を梳く私の腕を、くん、と嗅いだ。
「何してんですか?」
「……いや」
色紐を使って首の後ろで髪を括ってやると、くん、と、自分の手を嗅いだ。
——本当に何をしてるんだ、この人は。
「何か匂うんですか?」
「ん? ああ。なあ、お前の香は梅花なのか?」
「ええと、梅花に少し薄荷を混ぜてます。好きなんですよ、薄荷の匂い」
「ふぅん」
私が覗き込むと、眉を下げて困った顔をした。
「なんです? 嫌いな香りでしたか?」
「いや。好き嫌いで言えば、好きな方だ」
「なら良かったですけど」
若君は困ったような、なんとも言えない顔をして呟いた。
「なんだか……お前の香が、俺から香ってる気がして」
——ちょっと、ギクッとしたよね。
「そういう事もあるかもしれません。昨日、寝床の支度とか、着物の準備とか、私がしたので」
「ああ……移り香か」
と、いうことにしといて。
移り香には違いないんだから。
間に合いません……急いで書くと文章が平坦になりがちで、良くないなーって。三日に一度くらいのペースで上げてこうと思います。付き合って読んでくれてる方々には、本当に感謝しとります。もう少し続くので、ヨロシクお願いします!!




