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34 また来年

その日は杜若で最後の行事を行う日。

年末恒例、餅つき——だ、そうだ。


前の日から用意した餅米を、バタバタと朝から蒸してる。その餅米を臼に移して、灰色さんが嬉々として杵を振るう。私は初めて灰色さんの家族に会った。


「若君が連れて来いって言ったからさ」


少し照れ臭そうだった。


灰色さんより小柄で白い毛の多い奥様は、緑の瞳に黄色の瞳孔で鼻の形も涼やかな女性だ。すんなり伸びた尾の美しいこと。獣人族でなくても美人と分かる。


「主人がお世話になっております」


その後ろには、大小の灰色くん達、奥様に似た娘さん達が耳をピコピコと動かしている。白砂だけが、少しこわばっているのは、属性的に仕方ないのかな。


守谷さんが合いの手を引き受けて、私と独楽で大根を下ろし、黄な粉に砂糖を混ぜ、胡麻と醤油に砂糖を混ぜて、餅を食べる準備をしている。


濃紫はニコニコしながら蒸した餅米を運び、若君は灰色さんと交代で餅をついている。


なんとも、賑やかな年の瀬だ。


「ほらほら、口の周りにつけないでね。後が大変なんだから」


灰色さんの奥様が、子供達の世話におわれる中、走り回っては餅に食いつく彼らの食欲は旺盛だ。私も負けじと黄な粉餅を頬張り、若君のために突き立ての餅を皿に取る。


「若君は何で食べますか?」

「俺は大根おろしにするかな」


汗を拭いながら廊下に座った若君に餅を渡し、転びそうになってる灰色さんの末っ子を抱き上げる。


「ほら、毛が汚れるよ。砂糖醤油のお餅は食べる?」

「食べるー!」

「あ、僕もー!」

「私も!」


コロコロと転がるように走って来た子供達に、小さめの餅を乗せた皿を配る。あんまり大きいと喉につまるからね。


独楽が運んでくれたお茶を飲みながら、若君の横に座ったら、若君が新しい餅を貰ってきて私の口に運んだ。


「ほら。お前も甘い餅ばっかり食ってないで、こっちも食べろ。大根おろしは消化にいいんだろ?」

「えー? 自分で貰って来ますよ」

「いいから、食え」


仕方なく若君の箸から食べさせてもらうと、灰色さんの奥様がニコニコと言った。


「あら、養って。そうなっては、若君様は楓さんを離せないですね」

「……養う?」


若君が不思議そうに言うと、灰色さんが笑った。


「狼獣人の婚姻は、夫が妻に食事をさせるんですよ。一生、食わしてやるって意味です。男が女にものを食わせるのには、そういう意味があんですよ」


——お、おお。

若君が赤くなって目を瞬かせる。


「いや、そういう、意味じゃない」


耳まで赤くなってくので、なんか可愛らしい。

私は若君の手を掴んで、箸に残ってたお餅に食いついた。


「え、おい。楓」


——うわっ。

ここで名前を呼ぶんかい。


私は大根下ろしのお餅を頬張って、知らんぷりしてしまう。

たぶん、若君に負けないくらい赤くなってるけど、知らない。


濃紫が軽く唸って、私の隣に来て自分の餅を差し出す。


「楓ちゃん! 若君とイチャついてないで、ほら、こっちも食べな」


私の口には、まだ餅が残ってるんだよ。

ブンブンと首を振ったら、濃紫が目を細めた。


灰色さんの奥さんがケラケラと笑う。


「あら。濃紫様、振られましたわね」


その後ろから、子供達が笑いながらはやし立てた。


「振られたー」

「フラレタ!」

「フラレー」


濃紫はムスッとしながら、自分の口に餅を運んでヤケ気味に食べる。


「可愛くないなー。楓ちゃんも、子供達も!」


白砂が新たに蒸しあがった餅米を運んで来る。


「蒸せましたよー!」


皿と箸を私に渡した若君が、杵を持って白砂に言う。


「守谷と変わってやってくれ。白砂、お前は食ったのか?」

「はい。台所で食べました」


頷いた若君が、セッと声を上げて杵を下ろす。

皆んなのお土産と新年のお餅だ。


守谷さんがニコニコと胡麻醤油の餅を口にして、働く若君を眺めていた。



餅つきの片付けが終われば、各自が荷物を持って帰ってゆく。


「来年もよろしくお願いします」

「よろしくー」

「餅ありがと」

「たのしかったー」


灰色さん達がお土産を持って宮を出ると、騒がしかった杜若が静けさを取り戻す。濃紫も餅を抱えて退出して、守谷さんが最後の雨戸を嵌める。


「それでは、嵐龍様、楓様、良い歳をお迎え下さい」


守谷さんが頭を下げて宮を出ると、若君は私の頭に薄衣を被せた。


「さて、俺達も行くぞ」

「……はい」


私の側に独楽がつき、若君の後ろに白砂がつく。

——変な気分だよな。


私は杜若に始めてやって来た日を思い出してた。


濃紫になだめられながら、自分の身の上に腹を立てつつ、童姿で風呂敷を持ってさ。迎えた守谷さんが、随分と優しく接してくれたもんだ。


若君は——。

思い出すと、クスクス笑いが溢れてしまう。


「なんだ?」


不思議そうに私を見る若君は、あの頃より随分と背が高くなったな。


「いえ、始めて杜若に来た時を思い出して」

「あ、あー」


苦い顔をする若君が面白い。

何しろ、彼は私に——気に入らないなら、帰れって言ったもんねぇ。


まあ、私の態度も態度だったが……。


「好きで来たわけじゃありませんからね。敬うなんて思わないで下さい」

「こっちも好きで呼んだんじゃない。気に入らねぇなら、このまま帰れ!」

「帰れるなら、帰ってます!」

「できねぇなら、文句言わないで給料の分を働け」

「……可愛くない」

「お前もな!」


とね。

初端しょっぱながそれだもんな。

よく不敬罪で監禁されなかったよ。


「あん時は、すげーのが来たなって思ったな」


若君がしみじみと言う。


「はは、態度が悪いにも程がありましたね」

「それもそうだが……。俺に怒鳴り飛ばされて、言い返す子供がいると思ってなかった」


私には神気の威嚇が効かないんだよね。

そりゃ、怖いなって思う時もあるんだけど。

怖くてすくむとか、逃げ出したくなるとか、気を失うとか、ないんだよね。


師匠の話では、化け物退治の訓練の賜物らしいけど。


怯えたからと身が固くなってたら、命に関わる状況になる。怖いという気持ちと、体の機能は切り離さなきゃ、化け物相手に戦うことができない。

ようするに——くぐった修羅場の数らしい。


若君は、クスッと笑って私を優しい目で見た。


「だからだよな。こいつなら、置いといてもいいやって思った」

「当初の若君は、私のことを威嚇しまくってましたしね」

「意固地になってたんだよ。威嚇の効かない相手なんか数えるくらいだし。まして、俺より小さい子供だぜ? 一回くらい泣かしてみたいと思ってたよ」

「えー? 若君ってば、けっこう意地悪ですね」


私たちの話を聞きながら、独楽と白砂が同意して頷くのが解せない。


「だけどなー」

「はい?」

「今は逆だな」

「逆?」

「お前に泣かれるのを考えたら、恐ろしくて身が強張る」

「……は?」


独楽、そこで大きく頷くんじゃない。


「んー。泣いたってどってことないです。私はこう見えて泣き虫ですからね」

「一回あったな。濃紫の魔法が嫌だって泣いたの。もう……俺の前では、辞めてくれよな」


情けなく眉を下げて、ちょっと困った顔をする。

別に、いま、泣いてるわけでもないのにな。


——でも。

そっか。


確かにな、私も若君に泣かれたら……。


え? あれ?


想像したら、ちょっと、いいかもしれないと思う自分がいた。

若君が泣いたりしたら、可愛くて、キュンキュンするかもしれない。


「……なんだよ、黙り込んで」

「すみません。困惑してました」

「なんだそりゃ」


ちょっと——自分って末期かもしれないなと思って。



読みに来て下さって有難うごうざいます。書き溜めが無くなってしまいました…。次回は来週です。週の後半には続きをあげるつもりです。つもり…いや…あげますので宜しく、お願いします!

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