33 大掃除
収穫祭が終われば、あとは年末に向けて一直線だ。
まずは一年の汚れを落とす大掃除。普段はマメにやらない井戸の掃除なんかも、この時期には徹底して行う。体が小さいという理由で、腰に縄を巻いた私が井戸の中に降りて苔や枯葉を拾って中を清める。
気分は井の中の蛙。
見上げる丸い空は、雲も高い冬の空だ。
「楓ちゃん、焚き火にあたって下さい。手足が冷えましたよね」
守谷さんがマメマメしく私の世話を焼く。
「ありがとう御座います。ゔー、冷たい」
「助かりました。井戸の掃除は、お神酒を上げて終わりです」
「えーと。あとは、台所ですか? 厠ですか?」
「そっちは、独楽と僕で済ませます。大丈夫ですよ」
大掃除は何日か掛けて丁寧に行う。
各自が割り当てられた場所を、徹底的に清めてゆく。
「楓ちゃんに頼みたいのは、納屋の掃除と回廊ですかね」
「各部屋のすす払いは?」
「それは背の高い灰色さんに頼んでいます」
若君は、書室と自室の担当で、書庫は濃紫が請け負うらしい。
私は割り当てられた納屋の掃除の為、頭に手ぬぐいを被って、箒とハタキ持参で歩き出す。今日はもちろん、姫装束ではない。懐かしの少年姿で、若君のお古の着物を着ている。お仕着せは白砂にあげちゃったからね。
納屋には、普段使わない建具や季節物がしまってある。夏にはお世話になったゴザや葦簀、簾戸。夏物の衣類が入った行李箱や、夏向きの掛け軸など、など。
扉を開けて換気をしながら、ハタキをかけ、掃き掃除をし、拭き掃除をする。物が多いので、動かしながら掃除していると手間が掛かる。
胸元で鈴が鳴り、ムッとしながら外へ出ると、お日様も中点を過ぎていた。
「あらら、これは呼ばれても仕方ないな。喉も渇くし、お腹も空く時間か」
埃を払いながら歩いていくと、廊下で若君が笑ってた。
「やっと、出て来たか。守谷が団子を用意してくれてる」
「え? お茶の催促じゃなかったんですか?」
「お前な。皆んなが忙しいのは俺だって分かってるよ。ほら、茶も入ってるから座れ」
若君の隣には二人分のお団子と、湯飲みが盆に乗っていた。
「守谷さんは、本当にマメだなぁ」
「団子を作ったのは守谷じゃないけどな」
「そうなんですか?」
「白砂らしいぞ」
私は綺麗に丸められ、焼き色のついた甘辛いタレの団子を見つめる。
「へー、以外ですね」
「アレもアレで苦労したらしいぜ。変化を覚えてから、団子屋で働いてたことがあるってさ」
「……なるほど」
程よい食感の団子に、絡んだ甘辛いタレは美味しかった。
「確かに、これならお金が取れますかね」
「けっこう、美味いよな」
「そういえば、杜若って年末、年始はどうするんですか?」
若君も団子に食いつき、ペロッと口についたタレを舐めてから言う。
「閉める」
「……閉める?」
「ああ。年末から三賀日は守谷も家に戻るし、俺も牡丹の宮に行くのが通例だ。年越しは帝と祓いの義を行うしな」
——ああ。
国の穢れを祓う行事だもんな。
実際には、この行事を一般人が見ることはない。
黒藤家の血筋、黒龍の血を引く皇族だけが参加するものだ。
黒山の祠で行われる神事である。
「なら、どうしよう。私は師匠のところへ戻っても——」
「悪いんだが、それは出来ない。お前も俺について牡丹の宮へ来てもらう。護衛の問題があるからな。お前と独楽と白砂は一緒に連れて行くって帝に許可を取ってる」
そっか。
まあ、天水玉があるしなぁ。
「濃紫は自宅に帰るって言ってたぞ」
「へぇー。本当に屋敷を持ってたんですね」
「何人かの魔法使いが住んでるらしい。自宅に帰らない魔法使い達と年末年始は一緒に過ごすってさ」
「あら。筆頭らしい事を言ってるんですね」
若君が横目で私を見た。
「お前って、本当に濃紫に厳しいよな。アイツはアイツで筆頭魔法使いを頑張ってるだろ」
——まあね。
若君に言われるまでもなく、アレが苦労しながらも筆頭を務めてるのは知ってる。
「………期待の方が大きいんです」
私が素直に返事をすると、彼は少し考えてから言った。
「兄弟子だからか?」
「それもありますけど、アレで師匠の後継ですし。濃紫が魔法使いとして能力が高いのも知ってるので、余計に厳しくなるんでしょうね」
「……そういうもんか」
「はい」
自分の出来なかった分まで望んでしまうのは、酷な事だと分かってはいる。分かっていても、望んでしまうのは、出来ると思っているからだと——最近になって思う。
「なんだ。お前は濃紫を高く評価してるって事か」
「はは……ですね」
若君はコクっとお茶を飲んで、少し眉を寄せた。
「ふぅん。そう聞くと——」
「はい?」
軽く首を振って、はーっと息を吐き。
「何でもない。掃除の続きしねーとな」
そう言って立ち上がって、お盆を持って行ってしまった。
んー。言葉の続きは、何だったんだろう。
少し気になるなぁ。
気にはなるが、追いかけて行って聞きただす程の事ではないかな。
「さて、私も掃除の続きしないとね」
納屋が終わったら回廊が待ってるんだし。大掃除をきちんと終わらせないと歳が越せない。
それにしても、牡丹の宮かー。
あの暑苦しい帝と年越しかと思うと、少しげんなりするな。
「……梨花様が、親戚が集まるの面倒だって嘆いてた気持ちが、すこーし分かったかなぁ」
私には師匠しか家族がいないから、そういうもん? とか、思ってた。魔法使い筆頭の師匠の所へは、実家が遠い若衆なんかが集って年越ししてたけど。
持てなすというよりは、若衆が食事の用意や片付けなんかを率先してやってたし。私は下戸だったから、酒の席には呼ばれなかったしな。
——お酒の入ったオジさんたちの相手は、嫁いだ者の仕事のようなものですけどねぇ。ああいう集まりは、なるべく減らしていただきたいですわー。
梨花様はシミジミと言ってたなぁ。
——まあ、今年は源翔がいるので、だいぶん楽ができそうですけど。
うふふ、と笑った梨花様はい愛おしそうに源翔くんの頭を撫でてた。
「何にしろ、今年の守谷家は賑やかそうだね」
納屋から掃除道具を引き上げ、桶に新しい水を汲み、回廊の拭き掃除を始める。
「あー。冷たい」
冷たい水で悴む指へ息を吹きかける。
右手の天水玉が日差しを受けて、キラキラと光を反射した。




