表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/74

31 花の数だけ

今になって、私は真澄様に多大な感謝の念を感じる。

姫装束——素晴らしい。


色付きの半襟、雅な着物、帯に帯紐、薄衣を重ねて髪を下ろす。丁寧に梳いて、油を馴染ませ形を整えて、独楽がくれた色布で結ぶ。香り袋と懐剣を懐にしまい、首から守り鈴をかけて襟にしまい込む。


こうやって、手数を掛けて身支度することで、私は姫を演じる気構えが持てる。


——うむ。


これは娘の戦装束。

ゆめゆめ、自分の中身をさらけ出すことなかれ!


鈴の音にビクッとしても。

梅の香に包まれた私は、呼吸一つで平常心。


——平常心!


襖を開いて若君の寝所へ行き、三つ指ついて頭を下げる。


「おはよう御座います」

「……ああ」


目は伏せとく。

若君を直視しない。


「ええと。着替える」


独楽が少し不思議そうに首を傾げても、若君が戸惑った声をだしても。


「独楽。若君の着替えを手伝って下さい」


私は布団を片付けて、顔を洗う水を汲みにゆく。

そう……あんまり近寄らなきゃいいんだ。


朝食の時も目は伏せたままで——。


「楓ちゃん。変なものでも食べたの? なに、真面目に姫をやってんのさ」


濃紫が絡んでくるのが面倒くさい。

返事をしないでいると、覗き込んで来やがった。


「ねえってば」

「濃紫様。女性を覗き込むのは如何なものかと」

「……女性って」


一応は女性なんだよ。

ギロッと睨むと首を竦める。


「真澄さんが乗り移った?」

「お食事中ですよ。お行儀が悪いです」


若君と守谷さんが、なんとも言えない目で見てくる。


「楓ちゃん。杜若にいる時は、普段通りでいいんですよ?」

「……守谷様。普段がおざなりでは、いつボロが出るとも限りません」


若君がふーっとため息をつく。


「お前がそんなだと、調子が狂う」

「若君の元服が済みましたら、私も裳着式だと聞いておりますが」

「……そうだ」

「いつまでも童ではいられないと仰ったのは、若君ではありませんか?」

「いや……まあ、そうだけど」


独楽の隣で、側付き修行中の白砂が関心した声を出した。


「流石で御座いますね。元が魔法使いとは思えない姫ぶりです」

「……ありがとう御座います」


白砂、いいフォローだ。

濃紫が小さく笑った。


「まあ、いいか。どうせ長くは続かない。どうしたって、中身は楓ちゃんだしね」


若君と守谷さん、独楽まで一緒になって頷いてる。

なんて失礼なヤツらなんだ。


とりあえず、朝食が終われば若君とは顔を突き合わせない。ほっと息をついて、姫装束を軽めに解く。薄衣を脱いで袴を履いて、髪を首の横で括り直して掃除へ。


「よう、楓。お前、最近、様子が変だって?」

「灰色さん。開口一番がそれですか?」

「だってよー。濃紫が楓らしくないって愚痴るんだ。面倒だから、元に戻れよ」


冗談じゃない。

なんだって濃紫のために鎧を脱がなきゃならんのだ。


「灰色さんと居る時は普通なんだし、いいじゃん」

「だよなー?」


その目、やめて。

分かってる。分かってるから。


灰色さんは、感情を嗅ぎ分けちゃう人だ。

どんだけ演じたってさ。


でも——だからこその香り袋だ。

花の香を纏ってれば、少しは誤魔化せるはず。


——はず。


「楓が変になるのは、若君の前だけだろ」

「だー!! 灰色さん!」

「言わない。言わないって! けどなー。そのやり方はどうなんだ?」

「……どうって?」

「まあ、こっちに来て、座れ」


灰色さんは雑巾を掴んだ私を呼ぶ。

仕方なく、横に進んで正座すると——。


「俺にも身に覚えはあるさ。今の嫁に出会った時には、何をどうすりゃいいのか分からなかった。だがな、自分を偽ったって仕方ない。そうじゃないのか?」

「……だって、どうせ来年は裳着式だし。姫扱いは増えるし」


灰色さんは、うんうんと頷く。


「お前の気持ちは分かってるがな。偽った姫姿なんぞが続くと思うか? そうじゃない。素で姫にならんと意味がないんだぞ?」


——意味が分からん。


「花の数ほど色があり、香りがある。そういう事だ」

「またー。意味のありそうで無い話はやめようよ」

「ひでぇな。意味はある。菊は梅にならんし、桜は桔梗にはならん」

「……無理が透けてるって話か」


だって、こうしてないと——どうにも狼狽えてしまうんだよ。


「お前がうぶなのは分かったが、だからって逃げ回っても解決しねぇ」


不貞腐れて灰色さんを睨むと、彼は大きなモフモフの手で私の頭を撫でた。


「ちゃんと自分に向き合え」

「………」

「怖くはない。誰でも通る道だ」

「…………親父くさい」

「俺は親父だからな。こう見えて、五人の子持ちだ」

「ふぇ、ご、五人?」


それは知らなかった。

灰色さんて、子沢山なんだな。


彼はモフモフした耳をピンと立てる。

最近の灰色さんは冬毛なので、ひときわモフモフしている。


「娘も二人いる。いつかは、相手を見つけて恋をするんだろ。そんで、嫁いで……行くんだよな」


遠い目をしてるな。

私と娘を重ねるなよな。


というか——恋とか、いうな。

恥ずかしいな。


「しかし、お前にはビックリだな。二十七年、一度も浮いた話が無かったわけか? 若君が初恋なのか?」


そんな話をしてるだけで、頭に血が上ってくる。

ぽっぽっと湯気でもでそうだ。


灰色さんがビックリした顔で、あんぐりと口を開けてる。


「……楓」

「なんだよ」

「お前、自分の事が分かってねーな」

「はぁ?」

「今、メチャメチャ、可愛いぞ?」


——何を言ってるんだ、灰色さんらしくもない。


「こりゃ。あー。不味いのかもなぁ」

「何がよ」

「いや。お前には、まだ、天水玉が嵌ってるだろ。嵐龍殿は若いし、お前を憎からず思ってる。見せて良い表情じゃねーわな」


灰色さんは、腕を組んで熟考に入ってしまった。

真面目に聞いてた自分が、少し馬鹿に見えてくる。


仕事あんだよ。

掃除しないと終わらないしな。


「いや。そうか、そうだな」

「なに?」

「やっぱり、そのままで居るべきだな。ただし、二人きりになるのは辞めとけ」

「……灰色さん。微妙に若君に失礼だな」

「大人の知恵だろーが。落としとけ、ただし、手は出させるな。これだろ」


——殴っていいだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ