29 呪い玉のルーツ
翌日、若君と独楽と一緒に白砂を月翠案まで連れ出した。
若君の後ろに白砂。私の後ろに独楽を乗せ、濃紫の梟が同行しているはずだ。
隠密の使い魔である梟。
その動きは私たちには見えない。
誰が月翠庵まで同行するかって話の時……。
「杜若を無人にはできないよ。灰色さんには残って貰わないと。守谷さんは留守だし、濃紫は仕事でしょ?」
「なら、梟をつける」
「大丈夫だよ。梟は杜若の宮を守ってるんだよね? こっちには若君がいるし」
「ダメ。ぜーったいにつける。この間、賊に襲われたのを忘れたわけじゃないよね? 黒藤京の治安維持と領民の身の安全。公人の警護は、僕ら黒国の魔法使いの仕事なんだからね!」
濃紫が鼻息荒く言うもんだから、若君も苦笑しながら頷く。
「梟をつけてもらうのは心強い。濃紫にも灰色にも、瞬時に連絡がつくってことだしな」
ヨイショしてもらって、なんども頷く濃紫と、苦笑いの灰色さん。
仕方ないなって感じで私も同意したけど。
実際にはねー。師匠の魔力結界を狭い範囲だけど使える独楽がいて。怒気で濃紫や灰色さんすら足止めする若君が居て、二神の加護を受けた私がいて、なんの心配があるのかと……思うんだよね。
そりゃね、神気の届かない場所から狙われたら私なんか一溜まりもない。槍だの弓だの物理攻撃は避けられない。けど、独楽の結界は師匠の魔力結界だから濃紫より強固だ。独楽が居てくれれば、物理攻撃も防ぐことができる。
神気を帯びてる私に直接魔法は使えないけど、独楽の結界内に入る事はできる。防御に独楽、戦力に若君が居れば、その辺の山賊に負けるわけがない。
微力ながら、私だって神気が使えるし、懐刀の訓練は欠かしてない。
少しは戦えるんだがなー。
まあ、備えは万全であるべきだから、いいんだけどさ。
きっと、若君が師匠に相談するって言ったのが気に入らないんだろうな。
「君の主人はプライド高いよねー」
見えない梟に向かって、少しだけ愚痴を零す。
月翠庵につくと、綾ちゃんが案内してくれた。相変わらず、同じ場所で同じように日向ぼっこしてる師匠は、白砂を見てコクっと首を傾げる。
「……蛇かのぉ」
さっすが、師匠!
一目で見抜くなんて凄い!
なーにが今の筆頭魔法使いは僕、だよ。
濃紫は師匠の爪の垢、そのまんま飲めばいい!
白髪に銀の混ざった白砂は、その青い瞳で師匠を見つめて頭を下げた。
「月光宗元様。お噂はかねがね」
「ひょひょ、なーんの噂かのう。まあ良い。して?」
若君が前に出て、白砂の申し出と灰色さん、濃紫の意見を話す。
「俺としては、コイツが害されるような事は避けたい。どうだろう、月光殿。白砂を俺のそばに置いて問題ないだろうか」
「そういうことでしたか、若君。蛇ならば側に置いても平気じゃ」
……ええー。
私の芋を盗むような奴だぞ。
そんな気持ちを察したのか、師匠は私を見て目尻を下げた。
「これは、本来ならば魔法使い筆頭にしか話さぬのじゃが、白蛇神の眷属絡みじゃ。話そうかの。なぜ、代々、黒国の魔法使い筆頭が天水玉の呪いを封じてきたかというとのう。白蛇神を殺めたのが魔法使いであったからよ」
——え?
師匠が珍しく細い目を開く。
若い頃には色のあった瞳も、今は白く濁って白灰色に見える。
「元々、白蛇神は今の白国と黒国の境あたりの泉を収めておった。まだ白国も黒国もなかったがの、辺りには農耕の民が作る集落があったそうじゃ。その民の長が天水玉に目をつけた。水系魔法は農耕に有益じゃからの」
白砂は静かに目を伏せ、少し悲しい表情になる。
「我が祖神も……褒められたものではなかったのですよ。天水玉は魔力もさることながら、美しい玉でしたので。白蛇神様は魅入られてしまったのです。農耕神としてのお働きが滞るようになり、あたりに飢えが広がってしまった」
師匠は白灰色の目で遠くを見つめる。
「民の長に頼まれ白蛇神を殺めたのは、我ら魔法使いの祖じゃ。それは民を思ってのことだったろうが——蛇神は天水玉に執着し、呪いとなって取り付いた。諍いは、天水玉を手に入れた長と集落の不破から起こり、天水玉に魅入られた者達から次々と血を流してゆく結果を呼んだ」
なんか、改めて自分の手に嵌ってる呪い玉が、不気味な物に感じられてくるなぁ。
「血で血を洗う戦にまで発展するのは、も少し後じゃがの。楓の身に封じられておるのは、我らの祖が生み出してしまった呪いじゃ。白蛇神を殺めるという方法を選択しなければ、生まれなかった呪いなのじゃ」
……ううむ。
「呪いになった白蛇神は神気を失った。故に、その眷属である白砂はただの蛇じゃ。長く生きたがゆえ妖の身になってはおるがのぉ。黒龍神の末である若君には勿論、二神の加護を受けた楓にも危害を加えることは出来ぬよ。加えようとすれば、白蛇神の行く末を歪めてしまうだけじゃ」
若君が眉間にしわを寄せた。
「行く末を歪めるとは?」
師匠は軽く目を閉じ、いつものシワ深く細い目に戻って眉を下げる。
「呪いというは、破られれば術者に還るもの、清められれば解放されるものじゃ。今までは破ること叶わず、清めること叶わず、封じることしかできんかった。じゃが……楓の身にあることで格上の神の神気を受け清められておる」
白砂が目を潤ませて頷く。
「黒龍神様の神気と赤鳥神様の神気が、楓様だけでなく、天水玉を清めて下さっている。嵐龍様の姫様が二神の加護を受けたお陰でございます。お二方、ならびに関係者の方を害するなど——私めは呪いに落ちたといえ、白蛇神様の眷属です。祖神の解放を願っているのです」
そこで師匠がニコニコっと笑った。
「我らの祖が起こした事じゃ。白蛇神の身内とも言える蛇に、行く末くらい見せてやれ」
……あんまり乗り気になれないけど。
師匠が言うなら、まあ、うん。
「分かりました。では、若君、そういう……。あ! 思い出した、師匠! 酷いですよ、なんで許嫁の話をしといてくれなかったんですか!」
師匠はカクンと首を傾げて、不思議そうに笑う。
「断る気かい?」
「いえ、そうではないですが、寝耳に水だったので」
「本当にお前は、自分のことは見えない子だね」
「はぁ?」
「そうでないなら、儂がお前に姫修行など進めるわけがなかろう? 神の加護を受けるに嵐龍様へ嫁ぐは最善の方法じゃ。神気で清める以外に、天水玉を納める良い方法があるなら、儂に教えてくれんもんかね?」
——ゔっ。
そりゃ、私の洞察が弱いと言われてしまえば、それまでだけど。
でもさ。一応はさ。娘の婚儀に関わる訳なんだしさ。
師匠は、ハーっと息を吐いて頭を下げた。
「このような娘ですが、どうか宜しくお願いします。皇太子殿下」
「え? い、いや。はい。わ、分かりました」
急に話を振られて、若君が狼狽気味に頷く。
どうして私が、また、粗忽者扱いされてるんだ。
「ほれ、楓は若君を連れて庭を散策して来なさい。池の友人にも挨拶があるじゃろ? 独楽は儂のそばにおいで。そこの白砂も、すこーし話があるでのう」
私は思わず唇を尖らせる。
「また内緒話ですかー」
「内緒話ではない。心得の話じゃ。子供のように拗ねておらんで、若君をもてなさんか」
「ししょー。私は子供なんですよ」
「こんな時ばかり子供の振りをするでない」
——ちぇ。
「行きましょ、若君」
「え? あ、おい」
私は若君の手を掴んで引っ張って、少しやけ気味に池の方へと歩き出した。
せっかく師匠に会えたんだから、少しは一人きりの娘をかまってくれたって良いのにさー。
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