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28 白砂

焼き芋を食べて冬物の衣類を片付け、独楽が各部屋の掃除の続きをしてくれてる。


灰色さんが焼き芋後の枯葉と穴の埋めなおしを請け負ってくれたので、私はその間に夕食の仕込みをしてしまおうと台所へ——。


行って、腰を抜かしそうになった。


「!!!」


知らない青年が薩摩芋を蒸している。私に気づいた青年も驚いたように動きを止めた。


しばし、睨み合い——かと思ったら、そいつが走り寄って来て私の右手を掴んだ。水仕事のために手甲を外していたから冷や汗が流れる。


「は、離せ!」


振り払おうとしたんだが、ガッチリ握って離さない。そいつの目は私ではなく、天水玉に釘付けだ。


「……天水玉」


私の胸元で守り鈴が鳴る。

身に危険を感じてるというより、状況に危険を感じた。


濃紫の結界を擦り抜け、使い魔の目をかい潜り、堂々と芋を蒸してるってどんな奴だよ。しかも、天水玉のことを知っている。この呪い玉は国宝にして秘宝だ。一般には色も形も知れていない。


だから、私は濃紫に騙されたんだ。なのに、この青年は一目で天水玉と看破した。天水玉を知ってるって事だ。


走り込んで来た若君が、私の手を握ってる男を蹴っ飛ばし、私を引っ張って自分の背に庇う。掴んで来たであろう太刀を握り直して睨みつけた。


「何者だ!」


若君の怒気が膨れ上がって、二神の加護を受けてる私でも立ってるのがやっとだ。青年は土間に這いつくばって、小さく震えてる。


若君を追いかけて来た濃紫が台所の手前で立ち止まった。灰色さんも外から台所へ来たけど、裏戸の前で牙を向いて立ち止まってる。二人とも若君の気が強すぎて近寄れないんだよな。


「若君。落ち着いて! 気が強すぎて人が近寄れない」


私が若君の腰に腕を回してギュッと力を込めると、彼は息をついて気を緩める。やっと動けるようになった濃紫が私たちの前に立って青年を見下ろした。


「さて。答えてもらおうかな。どこの誰で、何しに来た」


青年は恐るおそるといった風情で顔を上げ。


「わ、私は怪しい者ではありません」


という、怪しい奴しか言わない言葉を吐く。


「天水玉をお守りしていた白蛇神様の眷属にございます」


そうのたまった。

濃紫は眉を寄せると、縮こまってる青年を睨めつける。


「それって、千年以上前の話だよね?」

「左様で御座います。……白蛇神様が人に殺され、無念のうちに天水玉に取り憑いて千年過ぎた頃、私は力無い一匹の蛇から変化をおこなう蛇へと変わりました」


——あ、あー。


天水玉の呪いって……神殺しだったのか。

そりゃ、騒乱の世を呼ぶな。


「で? その眷属が何しに来たの? 天水玉を返せっていうならお断りだ」


青年はふるふると首を振る。


「いえ。いえ、違います。そうではありません。私はずっと……力ある神であった私の祖神。白蛇神様を思って参りました。呪っておられる間は、天水玉から解放されることは御座いません。ですが、最近になり呪いが弱まっております。白蛇様の御心が静まってゆくのを感じ……」


青年はハラハラと涙を零し始めた。


「祖神を身に引き受けて下さった姫をお守りしたく。そして、出来うることならば、白蛇神様の行く末をこの目で見たいと——お側に。お願いで御座います。私を姫のお側に置いて下さい」


濃紫が若君を振り返ったのだが、若君は不機嫌に青年を睨むだけだ。濃紫も歓迎できないと言わんばかりに、青年を見下ろす。


「この姫はね。黒龍神様の末である、皇太子の許嫁なんだよ。分かる? どんな事情があろうとも、男なんか側に置けないんだ」


ハッとしたように立ち上がった青年が、おもむろに着物の裾を掴んで捲り上げた。


お、おいおい。

いきなり、何を——。


「私に雌雄はありません」


あら。

ツルツル。


いや、見たかったわけじゃない。

いきなりなんで目に入っただけでね。


でも——ツルツル。

こんなの独楽以外で初めて見たよ。


濃紫も若君もギョッとしてる。

裾を戻した青年が、もう一度、土下座するのを呆気にとられた顔で見てた。


「私は天水玉の呪いが完全に清められ、白神様の御心が静まってゆくのを見届けたいだけで御座います。他意はまったく御座いません。その為には玉を身に受けた姫をお守りしなくてはと」


私はずっと疑問に思ってることを若君の背中越しに聞いた。


「あなた、どうやって濃紫の結界を擦り抜けたの?」

「私は蛇姿にも戻れますので、荷物に紛れました」

「……卵。食べた?」


私の問いかけに目を泳がせた青年は、ペターっと額を土につけた。


「申し訳ありません。その…好物…でございまして」

「じゃあ、今、蒸してる薩摩芋」

「……腹が空きまして」

「蛇なのに」

「人姿のおり、飢えている時に施され、なんというか。味を覚えてしまって」


私は若君の腰に回した腕を解いて、横に移動して顔を見上げた。


——ほらね。

私が数え間違ったんじゃないんだ。


若君はハーっと深く息を吐き出す。


「人騒がせな奴だな。もう少しで切ってるところだぞ」

「申し訳御座いません。空腹に負けまして……」


灰色さんが小さく唸った。


「この俺が気づかないとはな。お前、隠密の技でも使うのか?」

「蛇姿の時には狩りを行う身ですので、気配を隠すことは得意です」


濃紫が項垂れてしまう。


「僕の結界が破られたの、これで二回目か。情けないな」

「楓、お前の勘の方が当たってた。すまんな」


灰色さんも耳を寝かせてシュンとする。


「いやいや。灰色さん。私は独楽の様子が変だなって思ってただけで、まさか、こんなのが入り込んでるとは思わなかったよ。どうします、若君」


若君は困った顔で私を見る。


「どうするってなぁ。コイツに他意がないってのを、どうやって確認すんだ? お前に害をなさないって保証はないだろう」


青年は何か言おうとして、口を閉じて項垂れる。

まあ、どれだけ言葉を重ねてもね。


「コイツ、雇ったらどうだ」


灰色さんがジッと金色の目で白蛇を見る。


「若君の側付きなら使えなくない。このまま放逐はできねぇ。楓の呪い玉を知ってる奴を野放しは有りえねぇだろ。側で監視するか、切るしかねぇ」


——ううむ。

濃紫も頷いた。


「そうだね。このまま放置はできないな。この精度で隠密が使えて雌雄もないなら……嵐龍様に仕えてもらうのが一番かな。明日にでも帝に相談しましょう」


灰色さんと濃紫の双方に押され、若君は渋々といった感じで頷く。


「……お前、名はなんだ?」

白砂はくしゃと申します」

「では、白砂」


目を細め、少し剣のある声を出した。


「言っておく。二度と、コイツに触るな」


——ん?


白砂は真摯な様子で頷く。


「お約束致します。天水玉が懐かしいあまり、思わず手を握ってしまいましたこと、お詫び申し上げます。嵐龍様の姫様には二度と触れません」


若君は小さく頷くと、本当に渋々と言った様子で私を見る。


「お前のお仕着せをコイツにやれ。肩上げなどをおろせば着られるだろう。独楽に直させろ。お前が宮に来てすぐに使ってた部屋に連れてけ。明日、月光宗元の所へ連れてく」

「え? お師匠様の所ですか?」

「月光はお前の親だ。お前の身辺のことでの相談だしな」


濃紫が少し剥れたような声を出した。


「僕は帝に相談しましょうって言ってるのにな。今の魔法使い筆頭は僕なんだし、なにかと師匠に相談って少し頼りすぎじゃないですか?」


若君は濃紫をチラッと見たけど、意見を変える気はないようだ。


「帝ならお前の意見を採用するさ。国が第一の人だからな。けど、月光は違う。月光宗元はコイツを第一に考える」

「その言い方。帝が嘆きますよ」

「まさか。逆に喜ぶだろ」


確かにな。

あの帝なら喜ぶかもしれん。


しかし。


なんというか——本当にいいのか?

こんな怪しい奴を側に置いても。


私は白髪に幾らかの銀色が混ざった、蛇には見えない優男を睨む。


「若君。この者を若君の側に置くんですか?」

「……濃紫と灰色の言い分は、もっともだからな」


私の表情を見て、若君が少し面白そうに笑った。


「俺を心配する気か?」

「だって、濃紫も灰色さんも気づかなかったんですよ? 気配が薄いんです。勝手に動かれても分かりません」

「お前は気づいてたろ。守谷が書き置きを残してった。お前が何かを怖がってるから、よく見ててやれって。何かってのは白砂のことだったんだろう? 俺なら大丈夫だよ。蛇神の眷属なら黒龍神の末に手は出さない」


白砂は真顔で何度も頷いてる。

そりゃ……出さないというか、出せないだろうけどさ。


まだ小さな国が点在しているだけだった時代、土地の神様は数多存在してたと聞く。白砂のいう白蛇神様も、そういう神様なんだろう。その時代は神様同士での争いもあったそうだ。そんな中で神々を纏め上げ、人と契って国を収める主神を決めたのが黒龍神だと言われてる。


それだけ力が強いのが、黒国の主神、黒龍神様なのだ。白蛇神それ自体であったとして、若君と渡り合えるか分からないのに、その眷属ときてはなぁ。喧嘩売ったら——瞬殺だよな。


けどさ。

若君は、まだ若い。

力で圧倒できてもさ。

相手は千年生きた蛇だよ?


私が不安になってると、若君はポンポンと私の頭を叩いて笑った。


「心配ないって」


そのまま自分の部屋に戻って行った。

仕方ないなぁ。


「灰色さん、少しソイツを見ててくれますか? 独楽を呼んで来ます」

「おう」

「楓ちゃんまで、僕じゃなくて灰色を頼るわけ?」

「腕力ならお前じゃなくて、断然、灰色さんだろ」

「……みんな、僕をなんだと思ってるのさ」


濃紫は、まだ不満そうにブツクサと文句を言ってた。



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