27 焼き芋
焼き芋は枯葉の中で直焼きは難しい。炭にしない為には、遠火で焼くか蒸し焼きにするのが良いのさ。他の仕事もしたいから、今回は蒸し焼きにする。芋の為に庭の一部に穴を掘っておく。その間に独楽に頼んで台所の芋を運んで来てもらった。
「鉄鍋に入ってるから、そのまま蓋をして持って来て」
鉄鍋を穴に入れ、軽く枯葉を積む。火を点けて、独楽が集めた枯葉を上にこんもりと被せた。
「昼頃には焼けるだろ」
灰色さんが火の番をしてくれるというので、私と独楽は屋敷の掃除をした後、納屋から火鉢を出して手入れしていた。各部屋の暖房は火鉢頼りだし、真冬には炬燵にもする。
「さすがに各部屋分はないね。ええと、若君の部屋と守谷さんの部屋でしょ、紫根に私か。一つ足りないなぁ」
去年まで、杜若の宮で寝泊まりしていたのは、若君と守谷さんだけだ。日中に手伝いの人が来てたらしいけど、火鉢も三つで足りてたんだろう。
そういえば、濃紫というのは自宅を持ってなかったか?
客として招かれて杜若に滞在してるけどさ。
きっと火鉢くらい持ってるよな。
「仕方ない。濃紫には自分で用意してもらうか」
私の言葉に独楽も頷く。
前から少し思ってるんだけど、独楽って濃紫には懐いてないよな。
けっこう、長い付き合いなんだが。
やっぱり、主に似るんだろうか——。
灰色さんが作業してる私たちに、焼けたぞーっと声をかけてくれた。
昼は団子汁を分け合っただけなので、すでに小腹が空いている。
「今、行きますー!」
そう答えた私の胸で守り鈴が鳴った。
若君が起きたらしい。
「見計らったようなタイミングだな。独楽、灰色さんに先に食べてていいよって、手のひらに文字書いてあげて」
独楽が頷いて、弾かれたように灰色さんの方へ走ってく。
あ、でも、灰色さんの手って、モフモフ。
まあ、いいか。
あの子は利口だ、なんとかするだろ。
「おはよう御座います」
若君の寝所に行くと、鈴を鳴らしたくせに、まだ布団の中でダラダラしてた。
「……呼んだんだから、せめて布団から出てろよ」
寝転んだまま、ククっと笑った若君が腕を伸ばした。
「お前の口の悪さは治らんなー。起こせ」
「甘えすぎだろ」
「疲れてんだよ」
私は両手で若君の腕を掴んで引っ張って、なんとか上半身を起こさせた。
「そういや、庭で騒いでたな」
「濃紫がおやつに焼き芋が食べたいって、独楽の集めた枯葉で芋を焼いてんです」
ガバッと立ち上がった若君は、ニッと笑って夜着を脱ぎ捨てる。
「いいな、焼き芋。腹が減ってたんだ」
私は若君の体に襦袢を被せ、夜着を拾ってたたむ。
本当になー。ボンボンだからって、好きにさせすぎだよな。
「布団を畳みますから退いて、ほら、着物はあそこ」
「部屋の主を邪魔にすんなよ」
「昼過ぎまで寝てて、威張らないで下さい」
自分で着物をきた若君を座らせ、髪を梳いて首の後ろで括ってやる。この人って髪の量が多いから絡まりやすいんだよな。
「芋もいいけど、飯は?」
「守谷さんが、お握りと味噌汁を用意してます。あ、あと、ゆで卵」
「喉も渇いたな」
「お茶入れますから、先に顔を洗って下さい。はい、できました」
立ち上がった若君は、布団を片付けるのを手伝ってくれた。
「おや、どこにしまうか知ってるんですね」
「あのな。真澄が来る前は自分でやってたろ」
「そうでしたっけ? なら、今はなんで私を呼ぶんです?」
「それが、お前の仕事だからだ」
——まあ、間違ってはいないか。
若君に食事を運び、広間で食べさせたあと二人で庭へ向かった。
「遅かったね、楓ちゃん」
「いい感じに焼けてるぞ」
ホクホクと芋を食べる濃紫の横で、灰色さんも芋をくわえてる。
やっと、焼き芋が食べられる——と。
取り出された鉄鍋の中にあったのは、一本だった。
「……え? あれ? 誰か二本食べた?」
私が濃紫を睨むと、ブンブンと首を振る。
「酷いなー。いくら僕が芋好きだって、人の分まで食べないよ。っていうか、もともと三本だよ?」
耳を寝かせた灰色さんが、申し訳なさそうに私を見る。
「……俺は食べちゃダメだったか?」
「まさか! ちゃんと、四本用意したんだよ。人数分!」
——なんでだ!
「ほら。半分」
取り出した一本を半分に割った若君が、片っぽを私に差し出した。
「入れ間違ったんじゃないのか? 濃紫をそんなに睨まなくてもいいだろ。俺は飯も食ったから半分でいい。お前も半分で我慢しろよ」
「………若君。入れたんですよ? 本当に。ちゃんと数えて、四本!」
「分かった、分かった。ほら。いらないのか?」
「いります。ありがとう御座います」
おかしい。
なんで私が粗忽者の扱いになってんだろ。
「……う、美味!」
ほっこり、ねっとり。
焼き芋は、とても甘く蒸しあがっていた。
灰色さんがニコニコする。
「南瓜も入れりゃ良かったかと思ってよ」
「そうですね。やっぱり、蒸し焼きにすると甘い」
「ほら、ね。焼き芋で正解」
濃紫が嬉しそうに言って、お茶を入れて来るよと立ち上がった。珍しく自分で入れてくるらしい。
独楽は棒で突っついて、火が消えてるか確認してた。
あとで水をかけて埋め直すよと声をかけると、こくこく頷いてる。
——独楽も食べられればいいのになぁ。
まあ、数が足りないけどね。
というか、絶対に四本入れたのにな。
「なんだよ、不満そうな顔して。足りなかったのか? 俺の部屋に柿があるから食べるか?」
「え? なんで柿があるんですか?」
「昨日、顔出しに行った大学寮でもらったんだ」
「若君、大学まで顔だしたんですか?」
「守谷が行けって煩かったからな。後で取りに来いよ」
「……ありがとう御座います」
柿は嬉しい。けど、そういう事でもないんだけどな。
数が合わないのが気になるだけで。
「お茶持って来たよ」
濃紫が気を利かせて、人数分のお茶を入れて来たので、珍しく廊下に並んで座って皆でお茶をした。
それにしたって、変だよな。
鍋には洗った芋を四本入れた。
間違いない。
生芋なんか持ってく人、いないだろうし。
なくなったとしたら、焼きあがった後だろうけど。
灰色さんも居たんだし、独楽もそばにいた。
濃紫が二本食べたら分かるよなー。
——どこに消えたんだ。




