26 不安
若君に言われたし、仕方ないから、翌朝に薄紅の着物を着込むと独楽が嬉しそうに抱きついて来た。
「ん? お揃いが嬉しいの?」
こく、こく、頷く独楽が可愛い。
こんなに喜ぶなら、早く着れば良かったかな。
何かを思いついたように、荷物を探って小豆色の色布を出し、私の括った髪を飾った。
「あら。可愛くしてくれたの?」
手を伸ばして私の頭を撫で、こくこくと頷く。
——独楽は、私より、よっぽど女の子らしいな。
師匠の言葉を思い出して、軽く反省してしまう。魔法使いだった時は、荒事にばっかり付き合わせてたが、独楽は元が抱き人形だもんなー。着せ替えて、可愛がる目的のお人形だ。思えば、確かに過酷な使い方をしてた。ごめんね。
早朝に宮を出ると言ってたのに、台所に行くと守谷さんが朝食を作ってくれてた。
「あれ、守谷さん、お出かけですよね?」
「おはよう御座います。そうなんですけど、朝食は杜若でと思いまして」
「若君は寝坊するから、起こすなって言ってましたよ」
「はい。ですので、握り飯と卵、味噌汁にしました。若君が起きたら、味噌汁だけ温めてあげて下さい」
もー。
本当に守谷さんは細やかで……。
「あれ?」
「どうしました?」
「……卵」
「ああ。人数分はなかったので、若君の分だけ茹でました。他の方は卵焼きを分け合って食べましょう」
人数分なかった?
おかしいな。
昨日、数え間違えたかな。
「どうしました?」
「え、いいえ。膳にしますか?」
「いや。それも面倒です。若君が起きないなら、ここで好きに食べませんか?」
「はは、いいですね」
独楽は食事はしないし、灰色さんも自宅で食べるんだしね。
食事をするのは私と守谷さん、あとは濃紫だけど、濃紫ならどこで食べても文句を言わないだろう。
「あ、私がお茶を入れますよ」
「ありがとう御座います」
台所の上がりに二人で座って、盆に載せた朝食を頂く。
こういうのに違和感を覚えないのって、ここが自分の居場所として馴染んで来たんだなって思う。
「そう言えば、守谷さんは甥子さんのお祝いに行くんですよね?」
「そうです。本家の祝い事なので、一応ね」
「今日出かけると分かってたら、何かお土産を用意したんですけど」
「気を使わないで下さい。私的な催しですから。そういえば……今日の衣装は可愛らしいですね」
守谷さんがにこにこと笑って目を細める。
「ありがとう御座います。独楽とお揃いなんですよ。真澄様が用意して下さって」
「はは。そうでしょうねー。そういう柄は母の趣味です」
「おめでたい柄ですよね」
千両も扇も家の繁栄を願う柄だ。
確かにお家第一の真澄様らしいかもしれない。
「ああ、そういえば。守谷さんは何か感じませんか?」
「……何か、ですか?」
私は、ここ最近の独楽や灰色さんの様子を守谷さんに話した。
なんか気になるんだよな。
「僕は何も感じてませんね。ここの所は留守がちで、独楽や灰色と過ごしてませんから」
「そうですよね」
守谷さんは、首を傾げて私を覗き込んだ。
「そんなに心配はいらないと思いますよ。ここの警備は黒藤京の中でも手厚いですし、濃紫先生が結界を張ってるはずでしょ? 鳥人の一件から、結界も強固にしたと聞いてますし」
確かにねー。
腐っても魔法使い筆頭の結界だしな。
「楓ちゃんが不安なら、今日は若君の側に居て下さい」
「はい?」
「若君は神気を纏うだけじゃなく、太刀も強いんですよ。守ってくれます」
「え、いえ。侵入者を疑ってるんじゃないんです。ただ、私は何も感じないので。不思議で」
「……幽霊でしょうかね?」
「え?」
——なんですか、その、遅れて来た夏の風物詩みたいなのは。
守谷さんが軽く目を伏せて、自分の顎に触れる。
「ほら。幽霊の類は魔法使いの結界に引っかからないでしょ?」
「いや、いやいや。守谷さん、見た事があるんですか!」
横目で私を見て、クスクスと笑いを漏らした。
あー。揶揄われた。
「まあ、どちらにしろ、警戒心を持つのは良いことです。幽霊にしろ、精怪にしろ、嵐龍様の側に居て下さい。あの方の神気は邪を払います。楓ちゃんの不安も払ってくれるかもしれません」
守谷さんは優しい目でそう言って、ポンッと私の背中を軽く叩いた。
……不安。
そうか、私って不安になってたのかー。
守谷さんは馬を借りてから行くと言って、食事を終わらせてすぐ宮を出た。
「……お腹すいた」
食器を片付けていたら、濃紫が台所に来たので盆に朝ごはんを乗せてやる。
「今日は守谷さんが休みだから、そこで適当に食べちゃって」
「守谷が休みなんて珍しいね」
「たまには休まないとね。あの人、働きすぎなくらい働くから」
「その心遣いを僕にもして欲しいもんだよ。僕だって最近は忙しくて疲れてる」
「お前は当然だろ」
握り飯に食いつく濃紫に茶を入れてやると、私の着物を見て眉を下げた。
「独楽とお揃いだね」
「真澄さんに頂いた」
「可愛い。似合うよ」
「そりゃ、どうも」
濃紫は渋い深緑の縞柄をした着物姿で、長い髪を耳の横で括って前に垂らしてる。目尻に小さく皺が入り始めた様子は、すっかり落ち着いた年齢の男性に見えるんだけどね。コイツって、今ひとつ言動が子供じみてるんだよな。
「独楽は?」
「外で掃き掃除してくれてるよ。最近は枯葉が多いからね」
「なら、今日のおやつは焼き芋がいいな」
「おやつって、魔法省に行かないのか?」
「今日は杜若で書類仕事する」
「ふぅん」
……。
一応、聞いてみるか。
「なあ、濃紫。ここの結界は幽霊には効かないのか?」
濃紫が卵焼きを食べる手を止め、キョトンとした顔になった。
「幽霊?」
「んー」
最近の独楽と灰色さんの様子と、さっきの守谷さんの話をすると——。
「幽霊ねぇ。ああいうのは、気の滞りだから杜若には現れないと思うよ。嵐龍くんいるし。楓ちゃんも、そこそこの神気を持ってるし。楓ちゃんも知ってるでしょ」
……まぁね。
幽霊ってのは、人の記憶と深く繋がってて、誰かの記憶が反映されてる。気の滞りに映る残像のようなもので、現れたとして悪さはしないものなんだ——と、師匠に教わった。
でもさ、私は魔法使いしてる時から見たことがないんだ。
知らないものは、やっぱり少し怖い。
「けどさー。なら、独楽は何を気にしてるんだろ」
「灰色が他人の気配って言ったなら、そういうことなんじゃない?」
——そうなのかなぁ。
「杜若には結界を張ってるし、何かが入り込んだら僕に分かるよ。それに、梟も外を巡回してるしね。まあ、楓ちゃんが言うように鼠とか、虫とか、小動物ならすり抜けるかもしれないけど」
そっか。
そうだよな。
使い魔も巡回してくれてるんだよな。
「ご馳走様。……最近は皆が忙しいし、楓ちゃんも仕事が増えてるでしょ? 気が立ってんのかもしれないよ。少しゆっくりして、芋の焼けるのでも見てれば落ち着くさ」
「お前、どんだけ、焼き芋が食べたいのかね」
「秋の風物じゃん。今年は一回も食べてないんだよね」
「分かったよ、もう。今日のおやつは焼き芋だ」
私が投げやりに言うと、濃紫は嬉しそうに笑って立ち上がった。
「やっぱ、いいよね」
「焼き芋が?」
「違うよ。こうやって、楓ちゃんと適当な話しながら、朝御飯を食べるの」
そう言って、私の頭をポンっと叩いて立ち去ったが——。
私は適当な話をしてるつもりは無いぞ。
まあ、気にしても仕方ないか。
本当に正体見たり枯れすすき、そういう話かもしれないしな。
私は濃紫が食べ終わった食器を洗い、煮物にしようかと思っていた薩摩芋の数を確認した。四本ほど、赤紫の綺麗な薩摩芋を水で洗って籠にのせる。
若君、濃紫、灰色さんと私。
うん。人数分ちゃんとあるね。




