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24 熱が上がる

国のトップが入れ替わるというのは、割と大ごとだ。今までの政治の引き継ぎも望めないような有様だし、北斗くんは経済の立て直しから軍のあり方、国民への流布から疲弊した民への施し、宰相の選び直しまで——とかく、忙しくなってしまう。


他国の賓客なんか、負担にしかならないだろうと、若君は早々に出国を決めた。雨は止む気配を見せず、シトシトと降り続く。地盤が緩まなきゃいいけどなーと思うのだが、乾ききった大地には必要なことなのかもしれない。


ただ、赤国を出た途端に雨が止んだので、馬車は滞りなく進んでる。私が熱を出してる以外は、穏やかなものだ。


そうなんだよ、熱が出てしまったんだ。


「赤鳥神の加護を受けたからだろ。とにかく、水を飲んで休め」


若君はそう言った。

案の定というか、私は女神の加護を受けたらしい。


天水玉には黒の他に赤の線が増えた。

確認はできないが、私の目の中にも赤線が増えてるらしい。


「黒龍神様の時は、熱なんか出なかったんですけどね」


ぐったりする私を自分に持たせ掛け、首筋に指を滑らせて脈を測った若君が苦笑する。笛の稽古を一緒にしてから、どうも若君の距離が近い。


それだけ気を許して貰ってるという事なんだろうけど、慣れないから少し居心地悪いよ。


「神気が二種に増えて巡ってるんだ。体が驚いてるんだろ。熱くらい出る。脈も早い。大人しくしてろ」

「……はい」


文句を言う気力もない。

独楽が心配して、濡れた手ぬぐいをせっせと私の額に当てる。


——ああ。

帝や師匠の思惑通りだなぁ。


加護を見込んで送り込まれたんだろうし、だから胡蝶の笛も与えられたんだろう。

それが嫌だとは思わないけど……。


自分の息が熱いと思う。

頭がクラクラして、意識が遠ざかる。


さすがは火炎の神の神気か——。

二、三日で落ち着くだろうって若君はいうけど。


若君は私の頭を自分の胸に寄せ、背に腕を回して私の体を支えてる。そんな姿勢は辛いんじゃないかと思うんだけど、体に力が入らないし。ホロの中はそこまで広くないから、横になって眠るわけにもいかない。


——こんな時くらいは、甘えてもいいか。


それに、実は若君の鼓動が聞こえるのは落ち着く。

そばに寄っていると、若君が好む白檀の香りが漂うし。


今は独楽が焚き染めてるけど、側付きをしてた時には私も焚き染めていた香りだ。馴染みのある香りといえる。


規則正しい鼓動と、馴染んだ香りで、うつらうつらと眠くなる。

朦朧とした意識の中で、人の声が聞こえた。


——もう少し水を飲んでくれると良いのですが。

——上手く飲み込まないな。俺が流し込むか。


ぼんやりしてると、顎を持たれ、柔らかい何かが唇を割って、冷たい水が喉を通ってくのがわかった。水分を取った途端に体が汗ばんでくのが分かる。


冷んやりした濡れ手ぬぐいが、私の首や腕を拭いてくのが気持ちいい。独楽が拭いてくれてるのかなぁ。


——砂糖を混ぜた白湯を作って置きますか。

——そうだな。飯が食えないんじゃ、体が弱る。


何度か、顎を持たれた気がするけれど、怠くて、眠くて、よく覚えていない。

目を開くと、独楽が私の額を濡れ手ぬぐいで拭いていた。


「……独楽」


独楽がコクコクと頷いて、私に湯呑みを差し出す。

手伝って貰いながら飲み込むと、口の中に甘い味が広がった。


「……甘い。独楽、普通のお水」


頷いた独楽がホロの中を動くと、私の頭の上から声が聞こえた。


「起きたか」


顔を上げると、若君が私を覗き込んでる。

彼は私を膝の上に乗せて、抱え込んでいるようだ。


「……若君」

「もう少しで杜若に着くぞ」

「……え?」


なんと、私は一泊二日を眠って過ごしてしまったらしい。

独楽に差し出された湯呑みを持って、水を飲み干すと少し目が覚めてきた。


「まだ目が潤んでるな。体調はどうだ?」

「……だいぶん、いいみたい。ずっと、抱えてたの? ごめんね」

「別に。お前は軽いしな。ただ、体が熱いのには参ったけど」

「あー。ほんと、ごめん」


腕の中から出ようとしたら、若君が引き戻した。


「別にいいって言っただろ。熱も下がってきてる。今は、そこまで熱くない」


前に座ってた守谷さんも頷く。


「あと少しですから、我慢して下さい。宮に戻ったら湯を張りますから。体を清めて、ゆっくり眠りましょう。腕によりをかけて粥を作りますよ」


——ああ。

守谷さんのお粥か、食べたいな。


「はは。お腹が空きました」


私がそう言って笑ったら、若君もホッとしたように笑った。


「だいぶん、元気になったようだな」

「蕎麦がきなら大丈夫ですかね。独楽がつくるかい?」


独楽は大きく頷くと、いそいそと荷物の方へ向かった。


「……火が使えるんですか?」

「魔法石ですよ。北斗様が火炎の魔法石を持たせてくれました。独楽なら使えますからね」


なるほど。

確かに独楽は微弱な魔力を流せる。


「独楽は可哀想なくらい心配してましたよ。表情がなくても分かるものですね」

「……そうですね。姿勢や仕草でわかります。そっか、心配かけたんですねぇ」


独楽は蕎麦がきを作ると、さじで私の口へ運ぶ。


「自分で食べられるよ?」

「やらせてやれ」


若君がそう言うので、独楽の匙から蕎麦がきを食べる。


「美味しい。ありがと、独楽」


私が飲み込むのを確認して、独楽もやっと安心したのか何度も頷いた。


——熱で体力がもってかれたのは確かなのだが。


「俺が連れてく」


そう言った若君が、私に薄衣を被せて抱き上げたのには驚いた。

そんなに弱って見えるんだろうか。


「あ、あの。歩けますけど?」

「煩い。歩かせたら転ぶだろうが」

「転びませんよ」

「暴れるなよ。落とすだろ」


守谷さんが私の肩をポンと叩いた。


「諦めて運ばれて下さい。僕たちが、どれだけ心配したと思ってるんですか」

「……すみません」


若君に抱かれて運ばれたものだから、真澄様が慌ててしまった。


「か、楓様、どうなさったのですか?」

「熱を出した。だいぶ下がったんだけどな。寝床を作ってくれ」

「まあ、大変! すぐにも用意いたします」


布団に寝かされ、この暑さの中で上掛けをシッカリ掛けられる。

熱いよ。汗疹でもできそうだ。


「守谷が湯船を用意してる。こいつも身を清めたいだろうが、一人じゃ不安だ。真澄が入れてやってくれないか」

「もちろんでございます」

「え、一人で大丈夫です」

「ダメだ」


なんだろな。

若君って、こんな過保護な人だっけ?


「独楽、着替えを用意してやれ。俺は部屋に戻る。あとは頼んだ」

「え、いいですよ。独楽は若君のお世話を——」

「いいから世話をさせとけ。俺だって一人になりたい」


ああ、そうですか。

それは失礼しましたね。


真澄様に体を洗って頂くなど、なんと申し訳のない。

そんな事を思っていたのに、真澄様は全く違う事を言う。


「楓様、だいぶん、お肉がついてまいりましたね」

「え? 二日は飲まず食わずだったはずですけど?」

「そういう事ではありません。女性らしくなって来たと言う意味です。それに、源次郎の話では若君が口移しで水を飲ませていたそうですよ」

「……え」


——口移しって?


「熱があるのに目を覚まさないので、水分だけは取らせようと。あら……。そんなに真っ赤になられます? 単なる医療行為ですよ? まるオボコのようですわね。ほほほ」


真澄様。

ようですわね、ではなく、私はオボコなんですよ。


言えないけど。

私の実年齢を知ってる真澄様には言えないけど!


そういう方面は、全く、経験無しなんです。

あああ。


そうか。

口移しか。


「大丈夫ですか? 熱が上がってきたのかしら」


そうですね。

熱が上がってしまったかな。


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