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21 移動

篠殿の手配で馬車が用意され、若君、私、守谷さん、独楽の四人が赤国へ向かう事になった。その他に兵部の方が若君の護衛に三人ほどついてくる。


皇太子の守りが三人って、少ないかと思ったんだけど。


「黒龍神の末を襲える人間は、そうは多くないですよ。それに、近衛の三人は兵部の中でも選りすぐりですしね」

「そうですか? でも、魔法使いの一人くらい付いて来ても良さそうなのに」

「魔法使いは居ますよ。濃紫の梟がついて来てますし、独楽も簡単な魔法が使えるでしょ?」

「独楽が使えるのは結界くらいですよ? しかも範囲は凄く狭い」

「十分です」


守谷さんは全く心配してない。

まあ、それなら、そういうものかと思うしかないよな。


「それに、今回は赤国の招きですからね。あちらの護衛の方が数が多いくらいです」


——まあね。

招いておいて皇太子に何か起こったら、赤国は黒国に攻め込まれても文句言えないしね。


それにしても、ホロの中は暑い。

ホロの中では、いつも通りで良いって言われてるのが救いか。


「若君は旅をした事があるんですか?」

「守谷について、兵部といくつかの国へ行ったことがある」

「へえ」

「お前こそ、魔法使いの頃に旅しなかったのか?」

「しましたよ。けど、馬車なんか乗りません。馬で移動するか、魔法で飛ぶので、移動はもっと楽でしたね」


馬車って牛車の何倍も速いけど、いっそ馬の背に乗った方が楽な気がするよ。


おもむろに、守谷さんが懐から干し芋を取り出した。


「大勢で移動となると馬車でも仕方ないですね。荷物もありますし。さ、次の食事まで間が空きます。食べて置きませんか?」

「いただきます」

「若君は?」

「喉が乾くからいらない」


独楽は私の横で目を瞑っている。

今は休憩時間らしい。


馬車は途中で一泊する事になってる。宿屋があるような場所ではないので、テントで休むそうだ。キャラバンには魔法使いの時に何度も同行した事がある。護衛としてね。なので、野営は慣れたものなんだが——。


「若君。薄衣って被ってなきゃダメ?」

「外では被ってろ。俺のそばを離れるなよ?」

「……はい」


ホロの外では姫じゃなきゃいけないのが辛い。


視界の悪い私を気遣って、独楽が手を引いて先導してくれる。飲み物や食べ物の世話から、トイレの心配までしてくれて——独楽は本当に側付き仕事に向いてるよなぁ。


トイレから戻るところで、篠殿に捕まった。

さすがに若君はトイレまで付いて来たりしないからね。


「楓様。旅に不具合はございませんか? 何かあったら言って下さい。衣は暑くないんですか?」


篠殿が勝手に私の薄衣を捲ったので、思い切り睨んでやった。


——舐めてんなよ?


若君ほどじゃないが、私だって黒龍神様の加護で神気が使えるんだぞ。

私の威嚇にビクッとした篠殿は、慌てて衣から手を離した。


「あ、あの。失礼致しました」


本当に肝の小さい男だな。

赤鳥神様の血筋だと思ったのは間違いかな。


独楽が篠殿から引き離すように私の手を引いて、若君の隣に座らせた。

若君は横目で私を確認すると、手を伸ばして薄衣を被せ直す。


「お二人は、本当に仲が良いですね」


篠殿がへつらう様にいう。

嫌味かよ。


「そうですね。宮中でもとても睦じいと評判です。楓様は主人の笛姫と呼ばれておりますよ」


守谷さんがニコニコ笑って篠殿を牽制した。

主人の姫にちょっかいをかけてんじゃねーぞってとこだな。


「そうなのですか? 舞だけでなく、笛もお上手とは祭りが楽しみです」


若君は守谷さんに任せて、我関せずと野営の食事を続ける。

揉み手でもしそうな篠殿だけど——この人、本当に神官なんだろうか。


帝と同席した時にも思ったけど、神気が見えてるように思えないんだよな。見えてれば、若君を刺激するような発言は出来ないだろうし、私に近づこうとも思わないだろう。


黒龍神様の神気って、それくらい圧倒的なんだけどな。

自分が何に怯えてるか分かってないみたいだし。


「ところで、赤鳥神の神殿は何処になりますか?」


若君が質問してくれたもんで、篠殿はホッとしたように頷く。


「黒龍神様の神殿が黒山だと聞きましが、赤鳥神様の神殿も火炎山という山になります。活火山でして、山頂付近は危ないので中腹に神殿を構えて居ます」

「では、祭りはそこで?」

「あ、いえ。星祭はふもとで行います」

「麓にも社がある?」

「いえ、えーっと……広場しかありませんが、人が集まれるのがそこだけなので」


ということは、仮の社を立てるとかか?

赤鳥神に奉じるんだからな。


「城付近に祠があると聞いてますし、城は麓に立っておりますので」


んん?

あると聞いてる?

こいつ、場所を知らないのか?


若君も違和感を感じたらしいけど、面倒になったんだな。

深く突っ込まずに黙り込んだ。


私は姫だから質問はできないが、どうにも胡散臭い神官だよな。


まあ、帝がこの胡散臭さに気づいてないわけないし。

それでも行って来いといったのだしな。

こっちは笛を奉じて帰ればいいんだ。


若君と私は同じテント。

許嫁なんだし、まあ、いいんだけどね。


「衣を取っていいぞ」

「あー。やっと視界が開けます」

「お前、守り鈴は持ってるよな?」

「首に下げてます。外すなって言われてるし」

「ああ。様子がおかしいから、絶対に外すなよ」


——やっぱりねぇ。


独楽が薄衣を衝立に掛けてくれる。さすがに下着には慣れないので、単衣で上掛けに丸まる。若君も単衣姿で胡座あぐらをかいた。


守谷さんが隣のテントから顔を覗かせ、声を落として若君に言う。


「濃紫先生の梟が見て回った話ですと。赤国は三ヶ月は雨が降っていなくて、カラカラに乾いてるそうですよ。投げ文がありました」

「……三ヶ月は長いな」


若君が軽く顎に触って目を細める。

だからさ、そういう仕草って帝に似てるからやめなって。


「国民は疲弊してるようですね」

「飲み水は確保できてるのか? 実際には祭りどころじゃないだろうに」


頷いた守谷さんが、息をつく。


「川も干上がりそうだって話です。どうも、赤国の王家は国民から盛大に反感を買ってるみたいですね。昨年、王妃様がなくなりましたでしょ? 彼女は国民に厚く慕われていらしたんですけどね。彼女の死後は政治が全くダメらしい。このままなら、反乱が起こるかもしれませんよ」


——あー。


水不足は飢餓に繋がる大ごとだしな。

流行病も呼び込むかもしれない。

情勢は不安定だよなぁ。


「そう聞くと、確かに祭りをしてる場合じゃないですよねー。やるなら雨乞いでしょうに」

「それがね、楓ちゃん。国民の間では赤鳥神様が機嫌を損ねてるせいだって噂になってるんですよ。それで祭りを行って、赤鳥神様のご機嫌は取ってると国民に喧伝したいんでしょうね」

「雨が降らないのが赤鳥神様のせいなんですか?」

「はい。赤鳥神様は火炎の神ですからね。怒ると雨が止まって乾燥と火事が頻発するんですよ」


若君が眉根を寄せて唸る。


「神を怒らせるような事があったってことか?」

「たぶん、王妃の葬儀が丁寧じゃなかったのを国民が良く思ってないんでしょうね。神事も上手く行ってないようですし。篠殿は神官だと言ってますが、第二王子のようですしね」


——あらら。

あの人って、本当に王家の人なの?

あれで赤鳥神様の末?


「じゃあ、神官は?」

「王家が出国させてしまったようですね」

「……はい?」

「要するに諸々の責任を押し付けたんです」


なんか、グダグダだな。

若君がハーっと息を吐いて項垂れた。


「行きたくねーな」

「同感です」


なんだって、帝はそんなとこに送り出すかな。

まさか笛が聞きたかったってだけじゃないよね。

若君と合奏した時、目を潤ませてたけどさ。


「……なる様にしかならんな。休める時に休んどく。俺はもう寝るよ」


若君が疲れた様子で言うと守谷さんも頷く。

私もそれが良いと思う。


上掛けで転がった若君の横で、丸まって私も転がる。

独楽が灯りを消して私の横で力を抜く。


若君のそばで眠るのは、濃紫の魔法から逃げてた時以来か——。


神気のせいなのか、若君の側は安心できる。

私はすぐに眠りに落ちてしまった。

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