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19 許嫁

やっと、杜若の宮が見えてきて、若君が私の手を離した。中庭に戻ると私から薄衣を取って自分で着込む。もう、口を開いても大丈夫かな。


「若君、それで——」

「お前は稽古に戻れ。真澄が待ってるだろ」


若君が私を睨んで軽く威嚇してきた。

威嚇されるのは久しぶりだな。


杜若に来たばかりの頃は、よく威嚇されてたっけ。

睨めばすぐ引き下がるとでも思ってんだろうか。


「私が許嫁ってなんのことですか? 話さないで逃げる気?」

「人聞きの悪いことを言うな。……後で時間を作る」


ふーん。

私が睨みあげたら、若君が少し怯む。


「気になって稽古どころじゃないですけどね?」

「んとに、お前は気が短いな」


若君に言われたくないな。


「お前を……俺の許嫁にする話は、お前に天水玉が嵌った時点で、帝から月光へ申し入れたそうだ。俺の許嫁にすれば護衛をつけてもおかしく無い。天水玉を放っておくわけにいかないからな。帝は形式的な皇太子妃にって、そう月光に言ったそうだ」


ああ、まあね。

形式的——それなら納得もいくか。


「話が行った時、月光は断ったそうだ。魔法使いで守っていくから許嫁にはしないってな。ただ、お前が黒龍神に加護を受けた事で話が変わった」


若君は私の瞳をジッと見た。

たぶん、黒龍神の加護を見てるんだろうな。


「月光が申し入れを受けた」


——師匠が?

どういうことさ。


「そういう顔をすると思ってた」


私がどんな顔してるか分からないが、まあ、機嫌の良い顔じゃないよな。若君は少し拗ねたように眉根を寄せて、伸びてきて顔にかかる遅れ毛を払うと、言葉を選ぶように瞬きした。


「今のままなら、どちらにしろ天水玉の呪いは続く。百年に一度、そういう間隔で封じてきたが、もう天水玉自体に魔力がなくなりつつある。封じることが難しい状況だ。分かってるよな?」


それは分かってる。

だから、甘んじて私が引き受けてるんだ。


私が頷くと、若君も頷いた。


「月光は条件付きで、お前を俺に嫁がせると約束した。お前に三神以上の神から加護を受けさせる。皇族はそれに尽力するってことで話が決まった」


……神様の加護。


「え? まさか、師匠は本気で私に三神以上の加護をつける気なの?」

「そういう事だ。神気で清める。それ以外に、天水玉の呪いを封じる新たな手が思いつかないそうだ」

「で、でも、神の加護って気まぐれでしょ?」

「そうだな」

「無理でしょ?」

「やってみなきゃ分かんないだろ。それとも、お前は自分が死んだら黒国が滅亡してもいいのか?」

「え? いや。まさか」

「他に方法を思いつくのか? 思いつかないなら、死ぬ前に封じていけ。お前は魔法使いなんだろ」


——ぐっ。

それを言われると辛いな。


確かに水天玉の呪いを封じるのは、代々、魔法使い筆頭の仕事になってる。筆頭は魔法使いを統べる。魔法使いなら水天玉の玉を封じる責任を一緒に担う。だから、濃紫のやり方は許せないが、恨むつもりはないんだ。


ないんだけど——。


「若君は承諾したんですか?」

「皇太子の結婚なんか、政治が決めるんだよ。俺に何が言える」


彼は深く溜息をつく。


「俺に嫁ぐのは嫌だろうけど諦めろ。お前は黒龍神の加護をすでに受けてる。自分がどんだけ希少なのか分かってるのか? その上で、他の神の加護も受けたとなったら、帝が囲い込みに入るのは当然だろ。お前は俺の許嫁だ。帝と月光宗元で話がついてんだから仕方ない」


若君は少し投げやりに言った。


「……愚痴くらい、あとで聞いてやるから、今は稽古に戻れ」


そのまま、ふいっと書室に戻ってく。


若君が苛ついてたのは、そういう状況だったからか。

私が許嫁で納得できるわけないもんな。


いや、でも——。

この状況、考えようによっては、若君にも都合がいいかな?


私は若君と若君に嫁ぐ女性が、末長く仲良く暮らせればいいのになと思ってきた。

その為に側女として子を産むのは、やぶさかではないと思うくらいに。


けど——皇后ってのは役職みたいなものだ。

若君に好いた女性ができたら、その女性を側に置いて大事にすればいいんだよな。


皇后に収まった私が男子を産めば、若君の肩の荷をおろしてやれる。私が神の加護を受けられれば、天水玉の呪いが清められる。結果として呪いの効力が消えれば、早死にしても問題ない。


あとは、若君が本当に好いた女性を後添いにもらうなりして末長く暮らせばいい。気をつけていれば、子を為さないで済むらしいしな。


——そう考えれば、悪くないのかもしれない。

二十七年もの間、魔法を使って好きに生きた私とは違う。


自分に嫁ぐ女性は生贄だなんて——悲しいことを言わせたくないものなぁ。

せめて、本当に好いた女性と添い遂げさせてやりたい。


神の加護を取り付ければ、若君に幸せな家庭生活を送らせてやれるかもしれないのか。


魔法は使えなくなったけど、気持ち的には私も魔法使いの端くれだしね。

天水玉を封じる手立てがそれしかないなら、やるしかないだろ。


そう考えれば、若君の許嫁も悪い話じゃない。

よな……たぶん。



灰色さんに真澄さんと、膳の数が増えたので朝の支度も忙しいだろう。いつも守谷さん一人じゃ気の毒だと思って、姫装束にタスキ掛けで台所へ行くと灰色さんが手伝ってた。


「おはようございます。お手伝いに来たんですけど」


灰色さんが私を見てパタパタと尾を振ってくれる。


「姫さんに、そんなことさせられるかよ」

「灰色さん。その言い方は止めようよ。背中に乗った仲じゃない」


守谷さんもニコニコしながら首を振る。


「楓さんは座ってて下さい。若君の膳が整ったら運んでくれれば良いですので」

「守谷さんまで」


私が拗ねると、灰色さんが大きな口で笑った。


「楓は知らねーのか? 宮中は若君とお前さんの話題で持ちきりだぞ」

「はぁ? 持ち切るような話題があったかな」


守谷さんも少し嬉しそうにする。


「嵐龍様にも春が来たようだと、話題なのですよ。ほら、お二人で牡丹の宮へ呼ばれたでしょう? その時の様子が仲睦まじかったと評判になってるんですよ」


——ああ。

あれ。


「なんでも、嵐龍様は楓を片時も離さなかったそうじゃねーか。転びそうになったお前を抱き寄せたって噂だぞ?」

「……支えただけですけどね? 私が粗忽者なので」

「はははは。他の奴だったら、噂にもならんような事が若君だと噂になる。あの方は皇太子だからな」


守谷さんは若君の膳を私に差し出しながら、とても機嫌よく頷いた。


「楓さんは、若君の笛姫と呼ばれてますよ。稽古の笛が宮から漏れ聞こえるらしいですね。美しい笛を吹くと評判です」

「笛姫ですか。ずいぶんと綺麗な呼ばれ方してるんですね」


灰色さんが器用に片目を閉じた。


「気をつけろよ? 杜若の辺りを貴族の若いのがウロウロしてるぜ?」

「……はい?」


膳を受け取ると、守谷さんにも注意される。


「あなたの姿を一目でも見ようと彷徨いているんです。母などは手放しで喜んでいますが、我々や濃紫は神経を尖らせてますよ。また、妙な札を埋める奴が出ないとも限らない。気を抜きませんように」


そう言って、右手を指してシーっと自分の指を唇に立てた。

まあ、そうだね。


天水玉は宝物庫に保管してある。大勢の人はそう思ってるんだし、国一つ滅ぼせるだろう呪いが、うろちょろ動いてるとなったら大混乱だもんな。


「分かりました。気をつけます」

「タスキは外しますよ? 姫装束には不似合いですからね」

「……はい」


若君の膳だけを持って、ゆっくり広間へ運ぶ。


あーあ。

ただの側付きの方が楽だったなぁ。


広間へ入ると若君はすでに座ってて、独楽が後ろに控えてた。

真澄様も座ってらっしゃるので、無言で横に座って若君の前に膳を置く。


——あの後、若君に、私も申し入れを受ける。若君の許嫁になると言ったら、ギョッとしたような顔をされた。すでに決定事項のように言ってたくせに、どういう驚き方してんだろうな。


私が運んだ膳をジッと見てるけど、別に毒なんか盛ってないぞ。


「お前が運ばなくてもいいだろう。独楽が運ぶ」

「……若君の膳ですので、私が運びました」

「だから」

「私は許嫁ですので」


グッと言葉に詰まった若君は、苦いものを噛んだように膳を睨む。

だからさ、膳を威嚇してどうすんだよ。

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