15 姫を作る
——下腹部が痛い。
なんてことだ。
まだ十歳という年齢設定で、月のものが来てしまった。
まあ、二十七年も女をしていたから対処の仕方は分かってるんだが——。
真澄様も少し困惑している。
「おかしい、という程ではありませんが。少し早いような気もしますね」
「……実際には、天水玉が嵌って、どの程度の若返りが起こったか分からないですから。私は成人していた時も小柄なほうでしたし」
「ふむ、なるほど。申し訳ありませんが、襦袢のままで姿を見せて頂けます?」
着物を解いて襦袢姿になると、クルッと回れと指示される。
下着でしみじみと観察されると、ちょっと恥ずかしいけどなぁ。
「……そうですね。肉付きからしたら、二、三歳は上でおかしくないですか。背丈が小さいのと、周りが男ばかりなので気づきませんでしたが」
真澄様が、うん、うん、一人で頷く。
「分かりました。楓さんには姫の作法の方を重点的に学んで頂きましょう。側女としての仕事には、だいぶん慣れてきていますしね。若君には独楽さんが付いて下されば良いですし。お化粧道具や香なども揃えた方が宜しいですね」
——ええー。
面倒くさい。
「ふふ。おめでたいですわね。楓さんも子が成せるようになりましたか。今後に期待が持てるというものです。若君が気に入る娘というのは、すっごく、すーごく、貴重ですものねぇ。少しづつ、男女の機微も学びましょうね」
含み笑いの真澄さんだが、要するに若君のお手つきになれって言ってんだよな。
「真澄様。せんえつですが。私はこれでも二十七年、女をやってまして……いまさら男女の機微などは」
「楓さんは天真爛漫でいらっしゃいます。そこが魅力なのかもしれませんが、私から見ては二十七年も女性をしていた方の立ち居振る舞いとは思えません」
「……いや、私は魔法使いでしたので」
「お仕事は大事ですね。ですが、恋人はいらした? 約束された殿方は?」
「……………居ませんでしたけど」
そういう目で見ないで欲しいな。
「楓さん。女性というだけで女性なわけではございません」
「……はい?」
「女というのは、女の矜持を持ってこそ一人前なのです」
「…………矜持ですか?」
彼女はクワッと目を見開いた。
「女は花でございます。咲き誇ってこそ! 頭の先から足の先まで、花の色、香りを纏い、殿方の目を逸らさない女性におなりなさい。子を成そうが、成すまいが、咲き誇るのが女です!」
——えーと。
「男子には男子の、娘には娘の戦がございます」
「……ずいぶん、また、好戦的な」
「女児だとて、生まれ出ずる時からこの世は戦さ場でございます」
——さすが兵部の血筋。
若君をして烈女と言わしめる人だ。
けどねー。
私はさ、苦手なんだよなぁ。
女、女した人。
「ふふ、心配には及びません。この真澄、娘を二人育てております。何人もの姫を見てまいりました。楓さんの魅力を引き出させて頂きます。あなたに色香は不要です。可憐であれ、この一言だけです」
可憐とな?
私とは対照的な言葉に聞こえるんだけど。
「あの、凛としたとか、美丈夫とか、そういうのじゃ……」
「分かっていらっしゃらない。お任せなさい。伊達に若君の乳母はしておりませんからね」
あー。
要するに、若君のタイプが可憐な人なのね。
——無理じゃん。
□
私と独楽の部屋に鏡台が持ち込まれた。見事な楓の彫り物入り。
「お名前に合わせた鏡台を手配致しました。気に入って頂けると良いのですが」
化粧箱には白粉や紅、筆や眉墨や鬢油。
香炉に数種のお香。
真澄様の動きは迅速だな。
そして、姫の作法というのは、舞、楽、歌、と——教養の世界のことだった。
あとは、ひたすらに仕草に言及される。
——楓さん。姫の動きは緩やかでなければなりません。流れる水のように、力に逆らわないのが基本でございます。
——指先一つ、髪の一本まで意識して動かすのです。相手の目にどう映るのか、それが全てです。
——いつも目は伏せておいでなさい。いいですか? ここぞ、という時にのみ、顔を上げて視線を使うのです。視線は武器なのですから、隠しておきなさい。
——決して、自分から人の体に触れてはなりません。花は香を残し、色を移します。場を染めるのが仕事です。
なんというかね。
日常的に演じていろって事なんだよね。
生々しい素は見せるなと言うことだ。
全てを薄衣に包んだような、なんとも曖昧な感じ。
私は諦めて自分を騙す事にした。
隠密の仕事をしてるんだよってね、脳みそを騙すんだ。
魔法使いには、幾つかの仕事がある。
私は荒事が好きで、そっちを主にして働いていたけど、諜報、陰謀、策略、を主な仕事にして働く魔法使いもいる。
人に混ざり、身分を隠し、敵に食い込んで内情を探る。噂を流し、不和を広げ、内部から瓦解させてゆく。そういう魔法使いは、演じる事に長けている。
まー。向いてないから、荒事メインだったんだけどね。
それに、今の私が若君のお手付きになる、というのは有り得ない。
というか、有っちゃダメだ。
いやね、お手付きだけなら問題ない。
ただ、子を成したら大事になってしまう。
私は天水玉、稀代の呪い玉を封じてるわけだ。
帝の血筋は子が母を食らうと言われる血筋だよ。
私の寿命が縮まるということは、天水玉の呪いが放たれる時期を早める。
次の封じ手があるなら、まだしも。
今は他に手がないから私に封じているわけだからね。
真澄様は知ってるはずなんだけど——。
と、疑問に思ったことは聞かずにいられない。
「承知しておりますよ。ですが、それと楓さんが花になるのは無関係です。望んで手に入らない花は、より鮮烈に香りますもの。呪い玉の封じ手を見つけた時、面白いことが起こるじゃありませんか」
そう——ほくそ笑むように嗤った。
真澄様って、思うより軍師向きのタイプか?
主人であろう若君を翻弄して面白がりたいとはなぁ。
「まあ、そう固く考えますな。楓さんを姫にするのは、私の楽しみの一つです」
「……そうですか。まあ、今の私は宮中にいるしか方法がないので、指示に従いますけどね」
彼女は楽しそうに頷く。
「もし、呪い玉が外れなくても、若君の側付きとして立働くならば、この先も衣食住には困りません。若君は、おいおい帝になられる。お側には——楓さんでなくとも姫が寄り添うことでしょう。その時に、あなたが姫様のお心や立場を理解して差し上げられたら良いではないですか」
……うむ。
まあ、そう言われてしまえば、そうだよね。
皇后というのは、きっと、孤独も抱えるんだろうからな。
若君に嫁いでくれる女性がいるなら、少しは慰めになりたいとも思う。
「姫の作法を学んで、無駄ということは御座いません」
「……分かりました。続けて、励ませていただきます」
——なんだか、言いくるめられた気もするが。
期待に応えて、姫を演じてみせましょう。
未来の皇后のために!




