14 不覚
月翠庵からの帰り道、私はご機嫌で濃紫はヘコんでた。
「あー。楓ちゃんとは、あんまり話せないし、師匠には小言を言われるし」
「お前が仕事をサボってるからだろ」
「サボってはいない。人を束ねるって大変なんだよ? 師匠のレベルを求められる僕の身にもなってよ」
「お前が筆頭魔法使いをやるって言ったんだろ?」
「だってさ、楓ちゃんにやらせたくなかったんだ。面倒なの分かってたし」
言い訳だけは一人前だな。
「人のせいにするな。師匠は出来ると踏んだからお前に任せたんだ。師匠の顔に泥を塗らんようにな」
「楓ちゃんまで、小言ー?」
と、灰色さんがピタッと止まって喉元で唸った。
濃紫も馬を止めて片眉を上げる。
「呼んでない客が来たぞ」
不穏な気配が背後から漂う。
何者かが、こちらを伺っているようだ。
山賊ってヤツだな。
濃紫が馬を飛び降りると、厳つい男達が数人、大声でがなった。
「金目の物を置いてゆけ! 命だけは助けてやる!」
私は灰色さんから飛び降りて、濃紫が乗ってた馬へ乗り換える。
立ち上がった灰色さんが、牙を剥いてニヤッと嗤った。
「殺すなよ、灰色。ひっ捕らえて牢屋行きだ」
「手加減はしますけどね」
灰色さんに少し怯んだ男達だったが、刀や斧を握り直して交戦する構えを見せる。
「争うなら、容赦はしねぇ。小僧と娘を捉えて、身代金を取るぞ! 行け、野郎ども!」
濃紫の髪が風もないのに揺らめいた。
「僕を知らないなんて、お前らは潜りだな」
「こいつらも白国からの流れ者か」
——ん?
こいつらも?
濃紫が舌打ちして灰色さんを睨んだ。
「灰色、無駄口を叩くな」
「……すまん」
濃紫が足を鳴らすと山道を撫でるように影が動く。
闇魔法を使うらしい。
「濃紫! 独楽を連れて戻ってるぞ!」
「はいはい。僕は少し仕事してくね!」
「おう、働け、筆頭魔法使い!」
私の言葉に山賊が少しどよめく。
「え、筆頭?」
「あの若さでか?」
「黒国の筆頭は爺ィじゃなかったのかよ」
あー。
濃紫は代替わりして短いから、顔が知られてないんだな。
「捕まってなよ、独楽」
後ろに駒を乗せたまま、馬を走らせた私に弓を引いた奴がいる。
濃紫の黒い触手がスルスルと伸びて言って、男を掴み上げると空中高くぶら下げた。
「お前、あの子に傷一つでもつけたらブチ殺すぞ」
次々に触手に捕まる山賊達が、逃げ惑っては灰色さんにぶっ飛ばされてく。
灰色さん、なんて嬉しそうな顔してるんだろ。
ストレス溜まってんだなぁ。
私は背後で繰り広げられる捕り物を尻目に、久しぶりに自分で馬を走らせた。
いい馬だ。この間、守谷さんを乗せてたヤツだな。
「いい子だな」
私が首筋を叩くと、機嫌よく鼻を鳴らす。
山賊にもビビらないし、乗り手が変わってもすぐ順応する。
本当に肝が座った、頭の良い馬だ。
杜若の宮へ戻ったのはいいけど、杜若の宮に厩はない。たぶん、他から連れて来てるんだろう。
「独楽。馬に水を飲ませてるから、守谷さんを呼んで来て」
独楽を下ろしてやると、一目散で走って行った。
別にそこまで急がなくていいのにな。
井戸で馬に水を飲ませてると、若君が不思議そうな顔して寄って来た。
たぶん、部屋から私たちが戻って来るのを見てたんだな。
「おい。なんで、お前が馬に乗って来たんだ?」
「追い剥ぎが出ましてね。濃紫と灰色さんは仕事してます」
「追い剥ぎが出た? 馬鹿は何処にでもいるな。……お前、馬に乗れたんだな」
「乗れますよ。自分の馬を持ってたこともあります」
——まあ、普通の馬じゃなくて海馬だったけど。
「ねえ、若君。あんな京の近くに賊が出るって、大丈夫なんですか?」
「……あー、濃紫に任せとけ」
「白国って内政でもめてんですか?」
「お前、どこまで知ってんだよ」
知ってはいないが——。
「想像ですよ。灰色さんが追い剥ぎ連中に、コイツらも白国かって言いましたから。あそこは私が魔法使いだった頃から、王位の継承で問題の起こりそうな国でしたからね」
若君がハーっと息を吐く。
「明察だ。今、白国との国境が上手く守れていない。けど、濃紫に任せるしかないぞ。兵部を動かせば威嚇になる。白国は内乱を抱えてピリピリしてるしな。刺激すれば一部が戦を仕掛けてきかねない」
「はぁー。黒国に喧嘩を売る気ですか? まともな判断じゃないですね」
彼は口を尖らせて、首筋を叩く。
「一部だって言ったろ? 好戦的なのは賊軍だ。正規軍は、まともな判断をしてる。ただ、どっちも白国の旗を掲げてて判別がつき難いんだ」
「なるほどね。それは、国境の魔法使いから苦情も出るかな」
「お前が首をつっこむ事じゃないぞ?」
「分かってますよ。自分の立場は把握してます。私は魔法使いじゃないですし。ただ、私を捕まえようとした鳥人は白国の手の者かーって思って」
若君がジーッと私を見る。
「そんな目をしなくても、他言はしません。敵を知るのは身を守るのに役立つでしょ? 要するに、白国の賊軍は黒国を巻き込みたいんですね。舐め過ぎだな。良いように使えると思ってんだろうか。若君を怒らせたら、白国の一つくらい潰れるのに」
困ったように瞬きした彼は、私の頭を軽く小突いた。
「お前は俺をなんだと思ってんだ?」
「黒龍神様の末です」
独楽に連れられた守谷さんが、早足で私たちに寄ってくる。
「楓さん、何があったんですか?」
「すみません、守谷さん。厩の位置が分からなくて」
「そうじゃないですよ。なんで独楽さんと二人なんですか?」
「ああ、追い剥ぎが出まして」
守谷さんが目を見開いた。
「怪我してませんね? どこも、大丈夫ですね?」
若君が苦笑を滲ませて、守谷さんをなだめる。
「守谷にも見せたかったぞ。コイツ、疾風を軽々と走らせて来た。怪我はしてないだろう」
「そうですか。それにしたって、あなたを護衛なしで戻しますかね。濃紫先生がいれば、灰色が残る必要はないでしょうに」
「灰色さんはストレス解消で、良い感じに暴れてましたからねー」
守谷さんはガックリと肩の力を抜くと、疾風の鼻面を撫でた。
「あの人達、楓ちゃんの護衛だっていう自覚はあるんですかね。まあ、無事で良かったですけど。よし、よし、ご苦労だったね、疾風。……では、私は馬を休ませて来ます」
「私も行きますか?」
「大丈夫です。あなたは、なるべく杜若の宮にいて下さい。天水玉が嵌ってるんですからね。分かりましたね? これ以上、僕の心臓に負担をかけないで下さい」
「……すみません」
なんか、思いの外、心配されてしまった。
まあ、確かに私には呪い玉が嵌ってるわけで、万が一にも黒国内で命を落としたら、黒国が大変な事になっちゃうわけだけど。でも、独楽だっているし。範囲は限定的だけど、独楽は師匠と同じ結界が作れるんだ。くっ付いてれば無敵なのになー。
ため息をついてたら、若君が私に向かって仕事を申しつけた。
「俺は書室に戻る。お前、着替えたら茶を運んでくれ」
「お茶ですか? すぐに入れますよ」
「女装束に着替えるだろ?」
「いえ、今日は真澄様は留守ですし。このままでも——」
若君が首を伸ばして私の顔を覗き込む。
アーモンド型の目が捕らえるみたいに私を見つめた。
「……なんですか?」
「あっちの方が似合う。着替えろ」
この人、何言ってんだ。
私が黙ってたら、少し面白そうな顔してクスッと笑った。
「喉が渇いてるから、早くな」
なんでか機嫌良さそうに去っていく。
喉が渇いてるなら、このままでも良いじゃないか。
——と。
独楽が私の額に手を伸ばした。
「え? なに、独楽」
首を傾げた独楽が、疾風の飲んでいた桶を指差す。
覗き込んだら……残ってた水に頬を染めた自分が写った。
——不覚。
あんな、子供の言葉を意識して赤くなるなんて。
若君は十四歳だぞ。見た目はともかく、私より十三歳も下なんだぞ。
これが身体に引っ張られるということか?
「大丈夫。熱はないよ、独楽」
項垂れた私を見て、独楽が不思議そうに首を傾げた。




