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12 側付き

気がつけば、若君のお気に入りは独楽になっていた。


「独楽。机を片付けておけ」

「茶が欲しい。独楽」

「独楽。書庫から黒藤京の地図を持って来て、写しを作って川のある場所に印をつけておけ」


独楽、独楽、と、若君が独楽を重用するので真澄様がため息をつく。


「残念ですわね。独楽さんが人ならば、おいおい若君の子も成せたのに」


——とな。

まぁ、若君の気持ちは分かる。


独楽は私の使い魔、補佐の仕事はお手の物だ。

しかも、全てに無言。気が楽だろう。


若君の一日というのは、日の出と共に始まる。着替えて朝食を取り、帝から回された事務仕事をこなす。たいがいは書室に篭ってね。その間に濃紫と黒藤京の防犯について話したり、諸外国の動きや経済の動向を相談する。


知らなかったんだけど。

濃紫ってのは杜若の宮の防犯の為だけでなく、若君の相談役として招かれてるんだな。


昼には軽い食事を取る。朝や夕のように集まって食べるわけではなく、守谷さんが用意した物を各自が時間を見て食す。お握りとか、団子とか、汁物。


昼を回る頃、書庫を出て太刀や馬の訓練をする。たまには太刀の訓練が舞のお浚いになってる。結構ハードに体を動かす。この訓練には守谷さんが付き合うのが定番だ。それが終わって、夕食までが若君の自由時間。


——読書や碁、笛、歌など。貴族の嗜みで過ごす。

それが自由時間と呼べるのか疑問だが。


そして夕食、風呂のある日は風呂、就寝。


私と独楽は真澄様の指示のもと、若君の身の回りを手伝う。部屋の掃除、衣類の整頓、手入れ、食事の量や水分補給、顔色や体の動き。その間、若君に変化がないかを確認していく。


始めの頃は——呼ばない時は来なくていい、という若君の言葉にしたがっていた真澄様だが。


「若君様。それでは楓さんや独楽さんが成長いたしません。指南が終わったならば、若君のお好きになされば宜しい。今は真澄のやり方に従って頂きます」


という事で、書室にも私か独楽のどちらかが同席する。筆を洗い、必要な書を取り出し、茶を用意する。たまに私がつくが、ほぼ独楽の仕事になっている。


——ただ、独楽にはできない仕事もある。


湯あみのお共は、もとが人形の独楽には難しい。

濡れると乾くのに時間がかかるからね。


真澄様の指示なので、私は若君の湯あみを手伝うのだが……。

まあ、若君はお年頃の少年だよ。

すごく嫌がる。


「大丈夫ですよ、若君。中身は年増のオバさんです。それこそ、子供の裸に興味はないですから」

「煩い。いいから、外で控えてろ」

「外に出ると、真澄様がやって来ますよ? それこそ、赤子のように扱われますが?」

「……壁を向いて立ってろ」


湯あみが毎回こんな感じだ。

背中くらい流してやるのになぁ。


真澄様には、若君の体に変化がないかチェックしろと言われてるのに。

肉が落ちてないか、怪我を隠してないか、発疹や痣など作ってないか、とねぇ。


若君は神龍の末裔。

外からの攻撃には滅法強い。


だが——人間でもある。

怪我や病には人並みにダメージを受ける。


まあ、意図的に怪我をさせる事は難しいけどね。

怪我の多くは若君の不注意だ。


「ああ、そうだ。若君にお願いが」

「こっちを向くな。なんだよ」

「真澄様のお休みに、独楽を連れて月緑庵を訪ねたいんですけど。灰色さんを貸してもらって良いかな」


真澄様は杜若の宮で寝起きしているが、十日に一度くらい自分のお屋敷に戻る。孫の世話を頼まれているそうだ。たぶんだが、守谷さんの心遣いなんだろう。私達も十日に一度、お休みがあるわけさ。


「別に構わないけど。灰色の主人は濃紫だ。あっちに聞け」

「濃紫に話は通してる。自分も付いて行くって言ってたけど」


若君が無言になった。

なんだ?


「ダメですか?」

「こっちを向くなってば。別に構わない」

「良かった。今の独楽を動かしてるのは師匠の魔力なので、想定外に動いてるけれど大丈夫なのか見て欲しくて。それに、魔力の充填もできますから」

「……気をつけて行けよ」

「はい」


心配してくれてるわけか。

一回、攫われそうになったしな。


ザッと湯の音がした。湯船から上がったんだと見当をつけ、乾いた衣を持って後ろから若君の背中に掛ける。彼は無言で衣を合わせ、私が差し出した布で髪を拭く。若君の癖のある髪は、量も長さもあるので、布の一枚や二枚では乾かない。


「髪を拭きましょうか?」

「自分でできる」

「濡れたままだと真澄様に叱られるんですよ。風邪を引かせる気なのかって」


チラッと私を見ると、諦めたように用意してある椅子に座った。


「お前さ」

「はい?」

「少し背が伸びたろ」

「伸びましたね。けど、若君の背が伸びるほうが早いですよ」

「外へ行く時……童の服装に無理が出てきてないか?」

「そうですねぇ。そろそろ、少年の着物も着てみようかと思ってます」


——よく見てるな。

実は自分でも十歳という年齢設定に疑問を持ち始めてた。


見目が幼いから、そのくらいかと理解してたけど。

実際にはどのていど若がえったか誰にも分からないからね。


思い返せば昔の私は成人しても小柄だったし、見た目の印象よりは歳が上かもって思ってた。


「男の格好をしていくのか?」

「その方が動きやすいし」

「そっか……そうだな。俺の着物をやる」

「え?」

「昔の着物が残ってる」

「いやー。さすがに若君の着物は上等すぎて」

「どうせ濃紫がついてくなら、良いところの子息の振りでいいだろ」

「……そうですかねぇ」


魔法使いと獣人同伴で、お付き姿の独楽を連れてたら、本当に良いところの子息だよな。


「濃紫と灰色が付いてれば大丈夫だろうけど。守り鈴は外すなよ」

「分かってますよ。師匠が言ってましたから。呪いが弱まったって言っても、国一つ滅ぼせそうだし。玉を外されるわけにも、殺されるわけにもいかないってのは、重々、承知してます」


側女の衣装と一緒に、真澄様からは手甲を何種類ももらった。着物の色に合わせるようにってさ。慣れるために、水仕事以外の時は常に手甲をしている。天水玉は本当に私の人生を変えてしまったなぁ。


三枚目の布で髪をこすっていると、指の長い綺麗な形の手が伸びて来て私の手首を掴む。


「もういい。だいたい乾いただろ。俺は戻るから、そのまま風呂に入れ」

「え? いや、私は最後で」

「気づけよ。着物が濡れてる」

「……はい?」


——ああ、確かに若君の髪が触れた所が濡れてるな。


「お前、湯あみ用の薄衣だろ。透けてんだよ。この屋敷の奴に子供趣味がないからって気を抜くな」

「あら……なんか芽生えます?」

「芽生えるか、バカ!」


揶揄ったら赤くなっちゃったよ。

掴んでた私の手首を投げ捨てると、スクッと立ち上がった。


この人、こんなで大丈夫なのかな。

立場的には、どんだけでも子作りしなきゃならないのに。


「独楽に着替えを運ばせる。シッカリ温まってから出てこい。お前が風邪を引いたら俺にも移る」

「あ、あー。それはそうか。申し訳ない」

「分かったならいい」


若君は不貞腐れたように湯屋を出て行った。


——少し反省するな。

体の変化に気づくのも、体調への気遣いも、若君に遅れを取ってるじゃないか。


「……側付きは、私の方なんだけどなぁ」


補佐役に慣れてないとはいえ、歳だって私が上なんだからな。

気合いを入れ直さねば、お姉さんとしての矜持が傷つく。

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