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小林くんより、小竹さんへ

作者: 東条拓実

       1

       

 小林くんと小竹くんは、いつも一緒にいました。休み時間から部活の時間、帰り道から休みの日まで、気付けば隣にいる程の親密な関係が、二人の中には、確かに、あったのです。

 小林くんと、小竹 さん と。

 二人の出会いは今から十年前、彼らが高校二年生の頃になります。その頃、小林くんはとても内気な性格で、他人とのコミュニケーションに苦手意識を強く抱いていました。みんなの些細な動きに敏感になってしまう。自分とみんなとの間にある小さなズレに過剰なストレスを感じてしまい、そうして、いつしかみんなの軽快なテンションについていけなくなってしまうのです。日々のストレスに押し潰され、小林くんは学校に行けなくなりそうでした。

 そんな小林くんは、小竹くんに出会い、救われました。小竹くんにはみんなが持ち得ない程の深い優しさがあるのです。ノートの取り方や掃除の仕方、上履きの履き方から机やロッカーの整理のされ方まで似通っていたものですから、小林くんは、

 自分の人生のパートナーは小竹 さん だ!

 なんてことを考えたりしたものですが、何よりもまず、小林くんは小竹くんのその優しさに、自然と日々のストレスを吐き出していくことができたのです。

 小林くんの世界を変えた、とあるひとつのエピソードがあります。高校三年、一月。マフラーをも冷やすほどの凍えた朝に、降り積もった雪の下で静かに次の季節を待つ蕾のような小さな愛に、小林くんは出会いました。

 

 

 いつもの通学路を歩いていた、横には君がいる。動悸の予感がした、気付かれないようにゆっくりと深呼吸をする。

「どうしたの?」

 ダメだ、またダメだった。

「ん、いや、何でもないよ」

「いや、なんかある」

「いや・・・」

 ・・・とても、とても静かな朝だね、小竹くん。いや、音はするんだけど、すでに空気が凍っているから、僕の耳に届く頃にはまるで全てが化石のようなんだ。

 通り過ぎる車の化石。柔らかい雪の化石。風に擦れる草の化石。あ、草の匂い。いい匂いがするよ、小竹くん。いや、良くはないんだけど、この匂いを嗅ぐと何故か安心するんだよね。そうは思わない?小竹く

「大学、ちょっと不安かなー、俺」

 はーあ、全部お見通しか、小竹くん。

「・・・僕も、ちょっと不安かな」

「そうだよねー」

 君がまた優しく、微笑んだ。

「受験もそうだけどさ、それは別にいんだよ。ほら、小林も一緒の学校受けるしさ。いろいろ教えてくれるし、小林様々だよ」

「またそれ、やめてよ」

「ハハ。いやでもさ、小林は俺より頭いんだから、ほんと頼りにしてる。安心してるよ」

 違う、違うよ小竹くん。僕は君より少し頭が良い、と思う。でも僕は、君と同じ大学を第一志望にした。確実に進学出来ればそれで良いとだけ両親と先生には伝えてきたけど、それも違う。僕は、僕は、

「俺さ、大学生活の方が、実はちょっと不安かな」

 君に依存している。大学生活が、不安だ。君が離れていってしまいそうで、怖いんだ。

「やっぱり、環境が大きく変わったりしちゃうからさ」

「なんで」

 自然と足が止まる。ごめんね、もう、堪えられないんだ。

「え?」

「なんでそんなに優しいの」

 少しうろたえる君の声の、化石。

「怖いよ、不安だよ。小竹くんが、どっかいっちゃいそうで」

 これまで君に吐き出してきたもの。それは僕が、君には吐き出せるものだとばかり思っていた。だけど、多分それは間違っている。君が、僕の心を形にしてくれているだけなんだ。いつもこうやって、手のひらの温度で氷を溶かすように僕の心をそっと急き立てて、我慢出来ずに漏れ出る吐瀉物を、背中をさするようなその優しい微笑みで助長させる。今まで君に口にしてきたその全ては、君が形にしてくれたもの。君が形にしたもの。僕のものなんかじゃない。僕は何者でもないんだ、空っぽなんだ、一人じゃ、一人じゃ何も、何も出来ないんだ。

「小竹くんは、みんなに、みんなに優しいから、だから、僕、いつか置いてかれそうで、また一人になっちゃいそうで、だから、だから・・・」

 口が、滑るというより、うまく立ち上がれずにいた。こんなに強い気持ちなのに、なんで僕の声は、こんなにか細いんだろう。

「・・・優しくしないでよ、もう」

 化石の音、聞こえなくなっちゃった。凍った空気が鼻腔を刺している。長い沈黙の中で、痛いほどに今を感じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「安心、した」

「え?」

「おんなじこと思ってるね、俺ら」

 どういうこと?小竹くん。

「俺もさ、不安なんだよ。その、ほら、小林がさ、離れていっちゃいそうで」

「な、なんで?」

「いや、だから、小林みんなに優しいから、そのうち俺のもと離れていっちゃいそうだな・・・って」

「ど、ど、どういうこと?」

「何でそんなにパニクってんだよ」

「い、いや、だって、今のも、あれでしょ?いつものさ、いつものその、助長してくるやつ」

「何だよ助長って」

 ほら。今噴き出して笑うその顔も、やっぱり優しいじゃないか。

「助長は助長だよ。いっつも、心の中に留めてること吐き出すよう誘導してさ、そして吐き出した時にはいつもの笑顔で、お得意の助長だよ!助長!」

「んなことしてないって」

「してる!」

「してない、してないし考えたこともない」

 嘘つき。じゃあ今までのは一体何だったんて言うん

「そんなこと言ったら小林だって助長してるじゃん」

 ・・・え?

「な、なんて?」

「小林だって助長してるし、誘導もしてるって言ってんの!」

「し、してないよ」

「嘘つけー」

「な、何でそう思うのさ!」

「小林が言ってんのと一緒!」

 い、意味がわからないよ、どういうこと?

「小林はさ、なんかその、みんなが持ち得ない優しさみたいなもんを持ってんの!だから小林と一緒にいると、ついつい俺、愚痴とか弱音とか、いっぱい吐いちゃうわけ!」

「い、いや、でもやっぱりおかしいよ!だって、小竹くんが話してくること話してくること全部、僕が思ってることでさ」

「そんなの知らないよ。誘導してるのも、助長してるのも、全部小林のほうじゃないか」

 不思議と、その時君の笑顔は優しく映らなかった。君が、笑っていた。ただそれだけ。

「本当に、誘導とか、助長とか・・」

「してないよ。今まで自分が思ってること吐き出してきただけ。そっちこそ本当にゆう」

「してない!」

「最後まで言わせろって」

「あ、ご、ごめん」

 笑った。僕も、君も。今気づいた。多分、最初から笑っていただけなんだ。優しいとか、誘導がどうとか助長がどうとか、そんなの関係なしに、ただただ僕たちは笑っていた。

「なあ」

「ん?」

「ずっと足止まってるけど、もう朝のホームルーム始まってる時間だぞ?」

「え!?」

 そして僕たちは走っている。まさに今、走っている。何もかもが凍えた化石の街を背に、僕たちの優しさは、知らぬ間にいつまでも鳴り響き続けている。

 

 

 彼の優しさは、すでに自分自身の優しさであったのです。この出来事を境に、小林くんはみんなとうまく関わることが出来るようになりました。他人との関わりが苦手な自分にしか持ち得ない優しさを、知らぬ間に自分は持ち続けていることに気付けたのです。

 小林くんと小竹さんの関係も、ずっと崩れることはありませんでした。同じ大学に無事入学でき、在学中はもちろん、卒業後もずっと仲良く時間を共にしていたのでした。

 

 でも、お互いの暮らしというものがあったので、卒業後は遊べても半年に一回程度であったと思います。正直言って、小竹さんの現状と言われると、小林くんは意外と分かっていないことも多かった気が致します。

 あの頃の優しさは、彼ら二人が持ち得ていた優しさが自然と滲み出ただけのもの。

 そう思ってたけど、今思い返すと、やっぱり僕は小竹さんとひどく似通っていただけなんじゃないかと、思ったりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       2

       

 小竹さんへ

 

 お元気ですか。お変わり無いでしょうか。お久しぶりです、小林です。こっちは変わらず元気にやってます。

 桜が咲き誇る季節となりましたが、そちらはいかがでしょう。桜、見えるでしょうか。いや、こんなに満開なんだから、流石に見えるよね。部屋の中に窓くらいは、流石にあるでしょう?

 ・・・ごめんね、気悪くしちゃったかな。いやでも、そっちの生活がどんな感じなのか、いまいちよく分かってないんだ。環境が変わったとは思うけど、それでも元気に暮らしているでしょうか?今、小竹さんが健康であることが一番です。別に言わずもがなだけど、体調には気をつけてね。

 さっきの文。驚いたでしょう?急に童話みたいに語り出しちゃってごめん(笑)。小竹さんにお手紙を出すということで、小竹さんとの今までのことを思い返してみたら何だか懐かしくなったので、思い出語りにこんな感じで書き連ねてみたんだ。小竹さんも懐かしく思ったりしてくれてると嬉しいです。

 

 ・・・さっきからさん付け呼ばわりでごめんなさい。さっきからそうなんだけどさ、なんか、前みたいにくん付け呼びしてると、なんだかすごく怖くなっちゃって、気付いたらさん付けになっちゃってた。ごめん。これだけはちょっと、許してほしい。

 最後に遊んだの、いつだっけ?多分去年の7月ごろだよね。まだ真夏日到来してないってのに、外がまあ暑くて。今考えて、やっぱり意味不明なんだけど、あの時小竹さん、何が何でも散歩をしに行こうとしててさ(笑)。いいよー暑いよーっていくら言っても、

「いや!歩く!」

 って一歩も引かないもんだから、小竹さんのお気に入りの通勤ルート、一緒に歩いたよね。途中の沿道でさ、やかましく照り光るだけの緑色のブロックを指差して、

「ここ。今は葉っぱがボーボー生えてるだけだけどさ、春になったら、綺麗なんだ」

 って小竹さん言うから、何でって聞いたら、

「椿。椿が蕾を開くんだ」

 って、小竹さん答えてさ。あの時の笑顔がいつも通り、あまりにも清々しかったから、なんか直感的に小竹さんの散歩の意味を理解した気になったら、その時靡いた微風が、一瞬少し涼しかったんだ。

 ・・・でもやっぱり意味不明だよ!(笑)あの時小竹さんが考えてたことは、僕たち常人には理解できないな。

 それで、最近その沿道に行ってきたんだ。ほら、例の椿。蕾が開く季節だ!って思ってさ。だけど、蕾、開いてなかった。何でだろうね。ちょうど近くに、僕と同じ蕾を悲しげに見つめるおじいさんがいてさ、気になったから勇気振り絞って話しかけてみて、そしたらそのおじいさん、この辺りの住人さんで、小竹さんと同じようにそこの椿を毎年楽しみにしていたらしい。

 蕾、開かないんですかねって聞いたら、

 今年はもう開かんなぁ。楽しみにしとったのに、いやぁ、可哀想になぁ。何があったんじゃろ。

 って、言ってた。本当に、何があったんだろうね。何でこんな事になったんだろ。今年の椿は、普通の椿と何が違かっていたんだろ。何か悲惨なことでもあったのかな。何でだろう。何があったんだろ。

 ねえ、小竹さん。教えてよ。何があったの?何か悲しいことでもあったの?この半年間くらいで、何かあったんだよね?あったんだよね、あるよね。大丈夫。あったに決まってる。

 ねえ、お手紙を出すの、結構めんどくさいんだよ?手続きとか、書く上での注意点とか、他にも細かいいざこざとかが沢山あったの。でも、こうやって今僕は小竹さんに手紙を出してる。聞きたいの。何があったのか、何が小竹さんを変えたのか。今の小竹さんは、僕と一体、何が違うのか。

 小竹さんの顔が、いっぱいテレビに出てくるよ。好青年の身に、一体何が!?だって。僕は、小竹さんと、その、ずっと、仲が、良かった人物だから、マスコミの取材にもいっぱい答えてきた。本当に僕、何も知らないから、いや、本当だよ?本当に何も分かんないから、いくら取材受けても、マスコミの人達の不服そうな顔を見るだけだったんだ。

 テレビの中で、専門家たちが一生懸命、小竹さんのことについて話し合ってる。

「こういう心理状態で・・・」

「このような周囲の環境で・・・」

「実はこうした過去を持っていて・・・」

 

 怖かった。正直どれも全然納得できないんだ。分からないモノに対して、何故か無理矢理答えを捻り出そうとしているようにしか見えなかった。

 でも、でも、それで納得しようとしている自分が、一番怖かった。だけど、しょうがないでしょう?怖いんだもん。すごく、すごくすごく怖いんだ。僕は、小竹さんと、これまでずっと、細かい所まで全部、ずっと、似通っていたから。

 だから、お願い。答えてよ。小竹さん。なんで?何があったの?なんで、なんで、

 

 なんで、人なんか殺しちゃったの?

 

 小竹さん、お元気ですか。お変わり無いでしょうか。

 この半年間で、本当に、本当にお変わりは、無いのでしょうか?

 

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