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(旧)ブルーナイト・ストーリーズ  作者: 大根入道
第一章 白の巨人
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九月二十一日 三

「魔王の娘! 大将軍! 最強の器!! 相手にとって不足ねええええええええええ!!」


 猪獣人が大戦斧を振り下ろす。 


「【凍毒凝針とどくぎょうしん】!!」


 道化師が猪獣人の陰から、死毒の氷魔法の針を飛ばす。


 音速を超える剛風の刃、その軌跡の裏に隠れる死角の毒針の群れ。


 紅炎輝く紅槍【明牙みょうが】はたった一度だけ振るわれた。


「えあ?」


 大戦斧ごと斬られた猪獣人が灰となった。


「私の腕があああああ!!」


 道化師の毒針、右腕、そして氷塊が炎の中で蒸発した。


 ナディアへ騎士達が刃を構え殺到したが、閃光の如き斬撃に刻まれて、粉微塵となって燃え尽きていった。


「逃げたか」


 道化師が魔法で影の中に沈むのを見た。

 しかしどこへ逃げようともナディアの【呪紅炎】の傷を受けた以上、あと数十秒以内にその命は尽きるはずであった。


「ふう」


 残心を解いたナディアがリュックから出した小瓶を放り、残った左手で受け取ったケーナはすぐにその中身を飲み干した。


「っ、っく~」


 赤のエリクシルの効果が発動。

 瞬時にケーナの傷がえ、失われた右腕も再生した。


「ぷはあっ。ナディア様助かりました」


 急激に魔力が消費され、魔力切れの強い眩暈めまいと脱力に襲わて倒れそうになったケーナをナディアが支えた。


「す、すみません」

「いい。ケーナこそお疲れ」


「はっは、超死ぬかと思いました! 初めて見ましたけど、()()()()生身でやり合うもんじゃないですね!!」

「うん。そこはケーナがバカって言いたいけど」


 ナディアがケーナの背をその小さな手でぽんぽんと叩いた。


「ルルヴァを守って、でしょ。本当によく頑張った」

「はいっ」


 ケーナを座らせ、ナディアはルルヴァに治療魔法を掛けた。


「どう?」

「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」


「はい薬。ある程度は魔力が戻るから」

「…………凄く、苦いです」


 ルルヴァは顔を顰め、小瓶に詰まった紫色の液体を喉の奥に流し込んだ。

 刺激のある苦みが喉を通り、胃の中へ落ちていった。


「うっ、ごっくん」


 ナディアがルルヴァを撫でる。 


「偉い。流石は私のおいっ子」


 その優しさに耐え切れなくなったルルヴァの目から涙が零れ、ナディアにしがみ付き、嗚咽おえつを漏らした。


「うん」


 紅の瞳を細め、少しだけ背の低いルルヴァを抱き締めるナディア。


「ナディア様、攻めて来たのは」

「アッパネン王国。それとあの黒衣どもは聖典教会の暗部」


 ドンッとケーナの拳が地面を打った。


「戦争が終わって十三年ですよ! 何で今更!!」

「分からない。私の情報網にも掛からなかった」


「そもそも陛下が魔王を手にされてしまったのだって元はといえば人間どもの非道が原因! それだけ私達の国は追い詰められていた! 救世をほざくなら陛下を殺す前に幾らでも手はあったはずでしょうが!!」

「……そうだね」


―― にゃあ。


 その足元を、二つの尾を持つ三毛猫が駆けていった。


「……ケーナ、ルルヴァをお願い」

「はい」



 立ち上がったケーナがルルヴァを抱え、胸の間から出した呪符で水馬の魔法兵を作り出した。


「ルルヴァ。ペローネとノイノは無事」


 リュックを放り、明牙(みょうが)を握る。

 振り返る事無く言葉を続け、別れを告げる。


「生きたいと、守りたいと思うなら、味方を沢山作りなさい」

「叔母さん?」

「姫様御武運を!!」


 ケーナとルルヴァを乗せた水馬が北へと駆けて行った。


「ありがとう見逃してくれて」

 

 炎の中から影が歩み出て来る。

 灼熱の風に黒い毛を靡かせて、瞳の中では鮮明な赤の光が踊る。


「俺達は魔王に関わらない。関わってはならない」


 狼獣人の青年。


 その右手には片の付け根までを覆う、巨大な木製の籠手(ガントレット)があった。


「魔王は死んだ。だがおかしな事になっている。仕方ないからこの督戦を引き受けてやった、が」


 狼の牙が笑う。


「アホな程に暇だし胸糞悪い。鬱憤晴らしに俺が全て片付けようかと思っていた所、貴様がいた」


 極大の魔力の洸が噴き上がる。


―― 超越的な実力を持つ者の魔力には魂の色が宿るという。


 沈香茶色(とのちゃいろ)の輝きは周囲の地獄の火の色を吹き飛ばす程の力強さを放っていた。


「『杖の八長老』の最悪の最強、【ミストルティン・ドラゴン】を持つ獣人の魔法士。そう、あなたがあの【戦獣騎】」

「よく知ってるな。流石は元魔王軍の大将軍」


 狼獣人が拳を構えた。


「名乗ろう。俺は【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】。魔月奇糸団の第七席だ」

「っ、パム警衛隊隊長【紅炎槍 ナディア・フラレント】」


 対し、ナディアも明牙(みょうが)を構える。


(最悪だ)

 

―― 『魔月の黒翼』とは絶対に敵対してはならない。


 それを仲間に、部下に言ったのは、他ならぬナディア自身であった。

 

 ざわざわと地面が揺れる。

 周囲から強い、獣の息遣いが聞こえる。


「俺の魔力を浴びたものは魔獣となる。押さえていてもそこそこ程度の雑魚ざこが生まれるが、敢えてすれば。ハアッ!」


 炎に包まれた家屋を砕き割り、地中から現れた巨大な木の蛇竜が六体、鎌首をもたげさせた。


「さあいくぜ?」


 ナディアははっきりと感じ取った。


 魔力の質が、量が、圧が違う。

 バルコフの放つその覇気は、およそ、人のスケールで測れるものではなかった。

 

―― バルコフの右拳が放たれた。


 全力で回避したナディアの紙一重横を破壊の力が貫いていった。


(怪物)


 右手を突き出したままのバルコフにナディアは明牙(みょうが)の切先を向ける。


(でも、)


 赤い瞳がゆっくりとナディアの方を向く。

 それは戦いを楽しむ、絶対の強者の持つ目であった。


「舐めるな!!」


―― 奥義【心通槍しんつうそう】!! 

 

 敵であった頃の闇の勇者イスカルから盗み、義弟となってからはその教えを受けて完成させた、ナディアの持つ最強の技。


 心眼により敵の全を見通し、一の隙を突く事をその術理とする。


 決まった型は無い。


 しかし敢えてそう呼ぶものがあるとすれば、使い手がつちかってきた武の集大成たる自然体、ということになるであろう。


「この半端な技、誰に習った?」


 閃光の一撃はしかし、ミストルティン・ドラゴンに包まれたてのひらを貫けず、止められていた。


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