決戦 一
「そうですね」
答えは得た。
「僕達を殺すことを正義と語る。ならばあなたは敵であり、殺すべき相手だと」
飛燕王を上段に構える。
「理解しました」
「私の言葉を聞いていなかったのかね?」
「あなたの正義はこの世界を守ることなんですよね。僕も同じです。僕の正義も家族を、友達を、みんなを、彼らのいる世界を守ることです。殺すと語るあなたを殺すことが正義であることに、誤りなどありはしません」
自分の放つ殺気を少しだけ、寒いと感じる。
呼吸の度に口から洩れる呼気が、白い。
「精霊武器を手にして気が大きくなったのかね。いや、当然か。その見事、真玉より生み出された刃に相違ない」
白い巨人の右手に光の大剣が戻る。
「作者は? 【雲水自然】か?」
「知りません。頂き物ですから」
もう語るものはない。
あとは。
「指手猿飛流【ルルヴァ・パム】」
「聖典騎士【清浄の刃 オヌルス・アムン】」
黒き竜が、黄金の大蛇が、蒼き機兵が咆哮する。
―― 世界が加速する。
「らあ!」
「ちぇえい!」
ただ、斬るだけだ。
* * *
地面より現れる氷の槍と岩の槍の乱舞。
氷の刃と猛毒の雨が暴れ、泥沼と化した地面が捕えた者達を放さない。
「水土の濁流より来たれ」
戦術級の魔法を多重起動しながら、なお厳かに紡がれるゼブの詠唱。
「荒ぶる姿を惑わし隠し」
ゼブの魔法の嵐を抜けた者達は、エトパシアの魔導弓【雷山】から放たれる魔導矢が迎え撃つ。
「万里に届く舌槍を愚者へと突き刺せ」
リクス、マックス、そしてルルヴァ達がオヌルスとの戦いを始めた。
だからゼブは少しだけ、あの白い運命巧式の攻撃へ備えた力を、目前の有象無象を屠るのに使うことにした。
「捕えて喰らえ」
ゼブの前に現れた水と土の魔法陣が重なり、一つとなる。
「【万化聖槍 グランベロン】」
莫大な泥水の濁流が噴出し、それが収束し、巨大な蛙の姿を形作る。
―― 大口が開き舌槍が放たれた。
誰かの瞬き一つが終わった後には、敵の姿は全く消えていた。
『ゲコ!!』
大蛙の膨れ蠢く頬は三を数える頃には小さくなり、五を数えた時には大蛙の『ゲップ!』が鳴り響いた。
「ありがとうグランベロン~」
『ゲコッ』
一声鳴いて大蛙は虚空に姿を消し、大地を埋めた魔法の槍と、それらに貫かれた骸達が地中へと消えた。
「流石に疲れたわね」
エトパシアが雷山の構えを解いた。
火・風・土の錬玉核の魔力洸が消え、本体に溜まった熱が排出される甲高い音が鳴り響いた。
「あ、あの。ありがとうございます」
「……気にしないで」
ペローネのお礼にエトパシアはぶっきら棒な声を返した。
たたそれが彼女の照れ隠しであるとゼブは知っており、ペローネと傍らで見ていたジルルクも、少し赤く染まった頬を見て察していた。
「なあ、これでアッパネンのクソ野郎どもは片付いたってことでいいのか?」
「ええ~。周囲に敵の気配は無いようです~。あとは上の黒狂徒とあちらだけですね~」
飛行戦艦から離れた場所で連続する火柱。
数kmの彼方より伝わる恐ろしい程の戦闘の気配を、魔力の圧をジルルクは感じ取っていた。
「ご心配ありませんよ~。奥様が優勢ですから~」
のほほんとしたゼブの答え。
ジルルクは頷いて、空を見上げた。
「勝てよ」
何に祈ればいいか分からなかったので、呟くように、万感の想いを込めて、親友に祈った。
―― 全く、みなさん不甲斐ないですね。
「「!!」」
突如として、エトパシア達の前に強大な気配が現れた。
「カルキッソは敗れ、レヴァンはあっちで苦戦して、オヌルスも上でぐだぐだと。本当に、聖典騎士の名折れです」
闇の中から、黒衣の道化師が姿を現した。
整った顔の右半分に笑顔の仮面を付け、魔導機械で作られた右手の鉤爪が、冷たい光を照らし返す。
「【蛮粧剣 ツォニコフ・アベレンスキー】か」
「ごきげんよう【夕風の弓 エトパシア・ベルパスパ】様。『白の都の三美姫』のお一人に我が名を呼んで頂けるとは、光栄の至り」
道化師は機械のように微笑み、長い舌で紅を引いた唇を舐める。
嬲り、貶め、壊すことを愉しみとする、外道の性を覗かせるその冷たい瞳に、エトパシアは身の毛がよだつのを感じた。
思わず雷山を構えた彼女を庇うように、ゼブが前へと出る。
「ナディア様の【呪紅炎】を受けたとお聞きしましたが~、よくご無事でしたね~」
「王剣十七峰第十七位【千変万化 ゼブ・リトルマリオン】ですか。ええ、ええ。おかげ様で、素敵な腕になっちゃいましたよ」
道化師の右腕の火錬玉が、濁った赤色の魔力洸を放つ。
「紅将軍はあの御方が殺しましたしね。私の恨みは、彼女の妹とその娘で晴らさせて頂こうかと」
「ま、待って!」
氷の蛙の上でノイノが叫んだ。
疲弊した顔で、しかし視線は射るように道化師を向く。
「ね、姉様が、く、紅将軍が死んだ?」
「ええ。忌まわしい精霊槍と一緒にもう無残な程にボロボロになって。いや~、死骸をここに持って来たかったですよ。まあ替わりに、ほら」
道化師の放った欠片が地面に落ちた。
バラバラになったそれは、紅の槍の破片であった。
「い、嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ふっふっふ! 良い、良いですよ♪ 私はそれが聞きたかった!!」
「外道が」
エトパシアが鏃を向け、ペローネが亜空間の蔵庫から出した大剣を構えた。
「ああ、弱者はいつも私の崇高な趣味を外道と評します。傷付いた心は後でエトパシア様、あなたを虐めることで癒すとして。その他は取り敢えず、殺しますか」
「させませんよ~」
道化師の魔力が高まり、それと拮抗するようにゼブの魔力が高まる。
地面が鳴動し、戦う力の無い者達が、恐怖に悲鳴を上げた。
国家の頂きに在る、心道位級の実力者達の戦い。
それは人の領域を遥かに超えた怪物達の激突であり、全てを蹂躙する死と破壊の舞踏。
道化師がゼブに拮抗する実力者である以上、戦いの余波から皆を守るのは自分しかいないと、エトパシアは覚悟を決める。
「予言しましょう~。あなたは私に指一本触れることなく敗北します~」
「ほう?」
不快そうに道化師の顔が歪む。
ゼブを睨む目を鋭くし、魔導機械の右手を覆う炎が輝きをより強くする。
「ならば」
バクンッ!!
地中から飛び上がった巨大な鮫が顎門を閉じた。
月光の中で身を翻すとともに咀嚼を終え、そのまま水中に潜るように、地面の中へと姿を消した。
―― 道化師は食べられ、消えた。
誰もが呆気に取られ声を出せない中、ゼブの「勝利です~」という声が響き、右手のピースサインが高々と天に掲げられた。




