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(旧)ブルーナイト・ストーリーズ  作者: 大根入道
第一章 白の巨人
18/51

帳 三

 少し時間が過ぎた。


「私は【蛇王角 リクス・リーシェルト】と申します。リーシェルト公爵家の娘ですが家を継ぐ権利は無いので、今は神殿で修業をしている身です」

「僕は【ルルヴァ・パム】です。父はパムの市長、母は副市長を務めています」

 

「はい、ルルヴァ様。それでは不束者ふつつかものですが、これからよろしくお願い致します」

「こちらこそ。それでリーシェルト様……」

「リクス、と呼んでください」

「え、でもリーシェルト様は公爵家の方で……」

「リ・ク・スです」


 リクスの笑顔はしかし何故か、剣呑な雰囲気を放っている。

 ルルヴァはゴクリと唾を呑み込んで、呼吸を整えて、意を決して口を開けた。

 

「リ、リクス、様」

「はい!!」


 リクスは満面の笑みを浮かべて、その両手でルルヴァの頬を優しく撫でた。


「ついでに様も不要です。年齢も私が二つ上というだけですし。何より私達はこれからの時を、共に歩んでいくのですから」

「……はい。微力ながらも僕の力を役立てください」


 ルルヴァはリクスの言葉を『共にこの窮地きゅうちを乗り越えよう』という意味で受け取った。


 リクスはルルヴァの誤解を察したが、しかしまずはそれで良しとして、頷いた。


(彼も私同様に恋愛経験は無さそうね)


(でも歌劇や小説(マニュアル)にも書かれている)


(『押し過ぎて引かれるのは避けなければならない』)

 

「時にルルヴァ様にお尋ねしたい事があります。とても大切な事です」

「はい。あ、リクスさんも僕に様は付けないで頂けると。敬語もやめて頂けると嬉しいです」

「ご不快でしたか?」

「いえ、その。リクスさんが、あまりに綺麗なんで、その、あの……、むず痒いというか、えっと」


 ルルヴァの照れた顔に涎が出そうになるのを堪えるのが大変だった。


「……じゃあルルヴァ君、と呼ぶわね。さて、あなたに恋人、もしくは好きだって女の子はいる?」


 リーシェルト公爵家の機関である『華刃衆』は、ベルパスパ王国内でも屈指の情報収集能力を持っている。


 特に重要人物に分類される者達は念入りに調査がなされており、当然としてルルヴァの情報もその中にあった。


(ルルヴァ君に許婚や婚約者がいるという情報は無かったはず)


 しかし『情報』から人の心を類推できたとしても、それが正解とは限らない。

 

「いえ、いません」

 

 リクスは「よし!!」とガッツポーズを取った。

 ルルヴァはそれをぽかんと眺めた。

 

「えーと、リクスさん?」

「あ!? お、おほほほほ」


 何とも言えない表情でルルヴァはリクスを見る。

 目の前の少女から、どんどんおごそかな何かが剥がれ落ちていく様子を。


(そっか。こういう人なんだ)


 とても綺麗で、とても強い人で。


 そしてとても。


(暖かい人)

 

 * * *

 

「じゃあもうしばらくここで安静にしていてね! また後で来るから!」

「うん。ありがとう」


 輝く笑顔を残して、戦法衣を纏ったルルヴァの二つ年上の少女は去っていった。

 

「……」


 寝台の上で天井へ両手を向ける。

 魔力を集中すると、魔力洸の淡い輝きが陽炎のように立ち昇る。


(魔力切れか。久しぶりになったな)


 勇者の血と魔王の血は争いを呼ぶ。

 だからルルヴァはこれまで父に剣を、母に魔法を学び、その鍛錬を絶やした日を一日たりとてなかった。


―― フラレント王国の悲劇は何度も聞いた。


(戦いは怖い)


 死を覗いた。


 今生きているは奇跡でしかない。 

 

(それでも!)


 昨日から今日、そして明日へと続く日々は終わった。


 今日を終えることができるのか、明日が本当に来るのか、確かなものは無くなった。


(それでも!!)


 守らなければならない。


 妹を! 母を!


―― くふふ。


 闇のわらう声が聞こえた。


 ルルヴァの体中から冷たい汗が噴き出た。

 視界が揺れる、手が震える。


「っ、っ、っ、っ、っ、っ、っ」

 

 不規則な呼吸が止まらない。

 

(誰か、助けて)


 ルルヴァの手を、誰かが握った。

 涙のにじむ目に一体のゴーレムの姿が映った。

 

『ルルヴァ君大丈夫。私は見守っているから』


 ゴーレムからリクスの声が響いた。

 木の手が優しくルルヴァの頭を撫でた。


『できるだけすぐに戻るから、少しだけ待っててね』


「うん」


 震えが止まった。

 恐怖はどこかに行ってしまった。


 強い疲労感が襲って来て、瞼が抗い様も無く閉じていく。


「ありがとう、リクスさん」


 闇の静寂しじまの中。


 安らかな寝息が立ったのはすぐだった。


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