帳 二
「はい、もういいですよ」
「ありがとうございます」
丁寧に体を清められ、その後は寝間着の着付けをしてもらった。
感謝の念はあり、目を瞑っていたが、それでも恥ずかしいという思いを誤魔化すことはできなかった。
―― 十二歳はもう立派に男なのだ。
しっかりしなくちゃとルルヴァは思った。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「?」
上気した顔で艶めいた笑みを浮かべる少女に、ルルヴァは首を傾げた。
「あの、ご存知なら教えて頂きたいのですが」
ルルヴァは少女に妹のペローネと、母のノイノの所在を訪ねた。
少女は彼女達が別の天幕にいること、そして傷の治療も終えていることをルルヴァに答えた。
「よかった……」
ほっとして体から力が抜けた。
「ペローネ様もルルヴァ様を心配していました。今はノイノ様に付いているので離れられないから、私によろしくお願いします、と」
「そうですか。本当に、ペローネは強いな。これじゃ兄と妹があべこべだ」
自分のことさえ満足にできない兄と、他者を気遣える強さを持った妹。
誓ったことは何もできなかった。黒衣の騎士の力に圧倒され、本来ならばあの場所で自分は死んでいた。
ルルヴァが生き残ったのは、ペローネとノイノが死ななかったのは、運命の巡り合わせが良かったからに過ぎない。
(僕は、無力だ)
頬を包む暖かさに気付いて、前を向いた。
少女の紫の瞳の輝きがあった。
「ご自分を責めないでください。あなたは無力なんかじゃない。あの【清浄の刃】と対峙して立派に、ペローネ様とノイノ様を守ったじゃない」
「……」
「あなたの倒した魔獣を見たわ。少なくとも普通の兵士では太刀打ちできない力を持っていた。そして何より」
言葉にさらに力を込めて少女が語る。
「聖典騎士【清浄の刃 オヌルス・アムン】。あの呪われた正義を振りかざす狂信者から誰かを守るなんて、大人の騎士にもできないことよ。あなたが立派に戦って彼女達を守っていたからこそ、私も間に合うことができた」
リクスがルルヴァ達に気付いたのは、その尋常ではない戦いの気配を察知したからだった。
赤土の大森林は、その地下深くに霊脈の流れがある。
だからこそ強力な魔獣が生まれやすく、森の中の方々に冥宮が点在してもいる。
ルルヴァが戦ったあの魔獣も、リクスの見立てでは、倒す為には最低でも中剣位の実力者が五人は必要となる力を持っていた。
―― そして清浄の刃、いや『黒狂徒』。
アッパネン王国に在る聖典教会に籍を置き、『聖道派』を名乗る原理主義の派閥に属している。
平時は大人しい常識人として振舞っていると風の噂に聞こえるが、聖典騎士として戦場に立てば、敵に対して残酷無慈悲な戦いをすることで知られている。
特に二年前、新興宗教団体『リボラ伝道者の救いの家』の本拠地に単独で向かい、信徒二万人を虐殺した事件は一般にも大きく取り上げられた。
この団体自体が裏で非道を働いていた事実はあるが、子供から老人まで等しく斬殺したことは世論から大きな非難が上がった。
しかし同時S級賞金首を含む真達位七人、心道位二人の討伐という快挙により、最高神殿は彼を咎無しとしている。
―― 要するに彼は、人の姿をした怪物だということだ。
「あなたは本当によくやった。あなたが自分を認められなくても星の聖女である私が認めてあげる」
顔を上げたルルヴァの前に、優しい微笑みがあった。
「本当にお疲れ様でした」
ルルヴァは涙が零れ、溢れ、両手で顔を覆った。
少女が優しくルルヴァを抱き締めて、だから我慢できなくなって。
ルルヴァは想いのままに泣き続けた。