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(旧)ブルーナイト・ストーリーズ  作者: 大根入道
第一章 白の巨人
16/51

帳 一

 いつも見ているルルヴァの部屋の天井があった。

 少し冷たい空気は朝のもの。

 瑞々しい光が雨戸から差し込んでいた。


 懐かしさに、涙が零れていく。

 飛び起きて寝間着から着替える。


 窓を開ける。

 東から差す金の太陽の光に、町の建物が輝いている。

 眼下にはまばらに歩く人々の姿があり、新聞配達をする友達と目が合って手を振った。


 喜びが、―― 何故か―― 溢れてくる。


 居ても立ってもいられなくなり、窓枠に足を掛けて、三階から宙へと身を踊らせた。


「風よ」


 一瞬でルルヴァの体を風が包み、鳥達と共に、町の中を翔けていく。


 住宅街から商店街へ、煙を昇らせる工房街から神殿へ。


 大鐘楼を一回りして、暗闇の消えた世界を飛び回る。


 街壁に沿って飛んでいると、ラウルとジュリアの兄妹が走っているのが見えた。


 一流の開拓者を目指す彼らは、いつもトレーニングに余念がない。


 近付いて挨拶をするとラウルは「おう」とぶっきら棒に言い、ジュリアが「ルルヴァ!! おはよう!!」と全力で手を振り返してくれた。


 それがとても嬉しくて。


 ラウル達と一緒に走る為に風を解いて着地した。


 ……。


 はっきりと目が覚めた。

 人工の明かりに照らされた天井が目に映る。


「ここは?」


 体を起こしたルルヴァが見たのは、広い天幕の室内、敷かれた絨毯じゅうたん、傍らにおかれた簡易テーブル、その上に置かれた硝子がらすのポットとコップ。

 

 そのどれもが覚えの無いものだった。

 

「僕は……」


 頭の中の記憶がはっきりしない。


 パムの町。


 大鐘楼。


 赤、夕暮れ? 


 火? 火!


 白い巨人!


 死、死、死、死、死、死、死、死!


 聖銀の剣を持ち「くふふ」とわらう黒衣の騎士!!


「!! 母さんっ、ペローネ!!」


 掛けられていた布団を剥ぎ飛ばし、寝台から降りた瞬間、眩暈を覚えて膝から崩れ落ちた。


「く、この、」


 鈍く、重く、体が自由に動かない。

 魔力の巡りの異常な悪さも感じる。


(剣は?)


 杖になるもの、武器になるものが無い。

 顔中から汗が出て、悪寒が止ならなくなる。


(火)


 灼熱の風に悍ましい臭いを含んだ煙を嗅いだ。


(爆発)


 人が人でなくなった瞬間を見た。

 

(狼)


 唸り声を上げてルルヴァを食おうと肌に牙を突き立てた。


(魔獣)


 倒れ伏すルルヴァへと近付いて来る。


(騎士)


 絶対的な強者。


(うっ!?)

 

 強い眩暈に襲われ、強烈な不快感に全身を支配される。


 腹の奥から、熱い何かがせり上がってくる。


「おぇえええええっ」


 吐瀉物としゃぶつが絨毯へぶち撒けられた。


「えっ、えっ、えっ」


 寝間着が汚れ、胃の中が空になっても涙は、嗚咽おえつは止まってくれなかった。

 

* * *

 

「大丈夫ですか!?」


 天幕に入って来た影がルルヴァの背中に手を当てた。

 暖かい魔力がルルヴァを包み、癒していく。


―― 不快感が消えた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い呼吸を繰り返すルルヴァ。

 その顔から噴き出し続ける汗を、柔らかいハンカチがふき取っていった。

 

「……っ、ありがとう、ございます」

「お気になさらないでください」


 ルルヴァを支えるその少女は、美しい紫の瞳をしていた。


「ルルヴァ様、まだあなたが戦われてから僅かな時間しか経っていないのです。ですから今は安静にして、体を休めてください」


 少女の生み出した霧がルルヴァの体と寝間着、そして絨毯を綺麗に洗って消えた。


「お食事をお持ちしました。さあベッドにお戻りになってください」


 少女の後に続いて、食事を乗せたトレーを持つ木のゴーレムが入ってきた。


 少女はルルヴァを横たえるようにして抱え上げ、その体を優しく寝台の上に降ろした。

 

「お食事の前に体をお拭きしましょう。服だけは洗って乾かしましたが、私の魔法の腕ではそれが限界で。申し訳ありません」


 優しい手つきでルルヴァの寝間着をはだけさせ、その肌を露わにさせていく。


「う!?」

「お、お姉さん、大丈夫ですか?」


 顔を伏せ、左手で口元を押さえた少女が首を横に振った。


「ご、御心配をお掛けしました」


 一瞬だけ、少女の口元で黄金の洸が輝いた。

 それはあまりの早業で、洸も掌から漏れることがなかったので、ルルヴァが気付くことはなかった。


「さ、さあルルヴァ様、ま、参ります!」

「よ、よろしくお願いします」


 鬼気迫る優しい微笑みの迫力と、その絶世の美貌を持つ少女に肌を見られている気恥ずかしさで。


 ルルヴァは息を止めるように目を閉じた。


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