彼女自慢
「いや、俺の彼女正直めっちゃ可愛いと思うんだよね」
「あっそう、それで私は何を聞かされてるの?」
彼のおごりで喫茶店のパフェを食べている。テーブルを挟んでスマホ片手に、「だってこの写真とか可愛くない? 京都旅行のやつ、ソフトクリーム頬張ってるやつもめっちゃ可愛い、最高」と、写真フォルダを捜索している。
「そんなにゆっくり食べてていいわけ? 講義三十分後にあるんじゃないの?」
「だってこれだけは見せたいんだよ」
「前も見た」の言葉と、底に敷き詰められたコーンフレークをざくざく砕く。パフェを奢ってくれるとか言うから、どういう風の吹き回しかと思えばこういうことだったのだ。あと三回スプーンですくえば完食できるパフェを名残惜しく思いながら、彼のスマホ画面をちらっと見る。
「げえ」
誰の写真とまでは見えなかったが、女の写真ばっかりあることだけはわかった。
「あんた、それだけ撮って楽しい? どれも同じような構図じゃない」
「最高、俺の可愛い彼女に俺のスマホ侵食される気分最高」
私が何も言い返さないからって調子に乗っている。お目当ての京都旅行の一枚はまだ出てこない。諦めたのか、「あ、これも可愛いよ、まじで、ほら」と河川敷で豚まんを頬張った写真を見せる。シャッターを切ったタイミングが悪かったのか、口元が変に歪んで正直可愛くはない。もっと良い写真があったのではないかと思う。顔の前で突き出されたスマホを奪い取った。
「ねえ、早く食べて、あんた置いて先に授業行くよ」
「わっやべ、時間ねえじゃん」
「だから言ったのに」
まだ頂に君臨するホイップクリームしか食べていなかった彼を放って、勝手に画像フォルダを物色した。本当にこいつは……
「な? 俺の彼女最高だろ?」
口の横にクリーム付けて偉そうに笑う。
「スプーンでこっち指さないで。行儀悪いんですけど」
粉々になっていたコーンフレークの残りを一度に口に放り込んで、お冷で全部ながした。さっきまで軽快に喋っていた彼の口がイチゴやクラッカーを吸い込んでいく。
「自分の写真、全然ないじゃん」
「確かに」
「撮ってあげる」
と言い終わる前にシャッター音がした。思ったよりも音が大きくて、店内の雰囲気に水を差した気分でどきどきした。高揚感を覚えているうちに、体勢を変えて彼に背を向ける。
「はいピース」
二度目のシャッター音が合図で私の頬を熱くさせる。パフェのアイスが欲しい。自分らしくないことをしたと自覚しているからイライラする。
「二人で撮ったことないじゃん、だから、たまにはいいでしょ」
喫茶店でこんな会話をする予定じゃないし、そういう柄じゃないし、自分から写真撮ろうとか言ったことないし、いつもあっちが勝手に撮ってるんだし。
「ねえ、早く食べてよ。もう二十分しかないのわかってる? 私、そんな早く走れないって。いくら大学から近い喫茶店だからって言って――」
「何、何お前、何? まじで、何? えっ、やめろってまじで、そういう不意打ち。は? え、あああああ、俺の彼女超かわいい、まじで、え、やめてくれよ、これ以上お前のこと好きになると逆に不安になるんだけど」
「うるさい」
「ああああ、やば、可愛い、パフェ食えねえよ」
「食べなさいよ、勿体ないじゃん」
スプーンを伸ばして、ヤツのアイスを奪い取る。何だか知らないがうるさくしているやつは放っておいて、バニラアイスを削っていく。私の熱を消すには十分な冷たさだったが、さっきよりも甘ったるく感じる。
「俺の彼女って何? 天使?」
「そうかもね」
コーンフレークがシンプルでおいしい。
「スマホ返して。写真撮りたい、彼女の超可愛い姿をスマホに収めたい、今すぐに」
「食べてるところの写真ばっかり撮りすぎ」
「食べてる俺の彼女が可愛いのが悪いんだなあ」
褒められているはずなのにウザいから、そっちの調子に乗ってやって、「え~あたしぃ、そんなに可愛くないですよ~」って拳を顎に可愛く添えてぶりっ子ポーズしたけど、
「真面目にして」
と怒られた。真面目にしてとは何だ、真面目に可愛くってもう意味が分からなくなっている。
「さっき私が撮った写真見せてよ」
私に向けるスマホをむんずと掴んで、無理矢理彼から引きはがす。
「あ、俺にも見せて」
撮られた写真はピントが合っていない上に、お互い少しずつ見切れていた。
「撮るの下手だな」
「しょうがないじゃん、撮ってる間は画面見えなかったんだし」
勇気を出してやったことに対して、そんなことを言われると少しムカついた。スマホで時間を確認して、そろそろ店を出ないと授業に間に合いそうにないなと思った。
「あー……私、もう行くから」
「え! 俺を置いていくのかよ」
私が不機嫌になっていることに気が付いていないようで、まだ少しおどけた調子だった。急いでパフェを口にかき込んで、大変焦っている様子だった。のんびりしていた方が悪いのではないか、とまた小さな不満を生成して、ため息が出た。
トートバッグを肩にかけて、席を立つ。彼はまだ「待ってくれ~俺の愛しい彼女~」といいながら、スプーンをすばやく行ったり来たりさせている。
「まあ、いっか。私のこと、こんだけ好きだし。絶対浮気しないだろうし、パフェ奢ってくれるし」
目を丸くして、でも口はもぐもぐと動かしている姿が動物みたいだった。
「許すよ。でも、食べてる時以外の写真も撮ってね」
彼の口の動きがゆっくりになるのを見て、私は扉に向かう。店員が「ありがとうございました」という後ろから、「え! 何! 何の話だよ、何、俺の彼女、え? かわいいんだけど、どういうこと? マスター、今の展開どういうことですか」といううるさい声が聞こえた。
「いや、私の彼氏正直結構馬鹿」
口元が勝手に緩むのを心地よく思いながら、大学へ駆け足で戻った。
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