1話
どうしてこうなった。
俺の目の前には何かのコスプレをした美少女がその見た目に似合わない勢いで俺の夕食となるはずだったピザとポテトとコーラを平らげていっている。女子には少し多いと思うのだが…。俺の夕食が…。
遡ること数時間――
俺、宮本楓は今年大学に入学する18歳の至って普通の人間だ。女の子みたいに可愛らしい名前だが男だ。地元から離れた大学に通うことになったため地元を離れて今日からアパートで一人暮らしを始めることになっていた。元々一人暮らしには憧れていたので今日から始まる生活にはかなり期待していた。
荷物は全て業者に任せて運んでもらい、自分は家で家族に拶してから電車と新幹線でアパートに向かった。ちょうどアパートに到着したタイミングで業者も着いたのでそのまま荷物を部屋まで運んでもらった。
持ってきた荷物の量はそれほど多くないので直ぐに荷解きを始めて部屋の整理をした。
全ての荷物の整理が終わる頃には日は沈んでいたので今晩は出前を取ることにして、適当にピザとポテト、コーラを注文した。地元の親や友達に引越しが完了したことを伝えると友達から電話が掛かってきた。
『おー楓、引越しお疲れさん』
『ありがとう圭吾、引越し祝いはまだか?』
『…そんなにがめつい奴にやる祝いなどない』
『冗談だよ冗談。それに欲しい物もないしな』
『お前ホント欲がないと言うか興味が無いと言うか…。もっと楽しんでもいいと思うぜ、俺は』
こうして軽い冗談も交えながら会話しているのは小学校から付き合いのある所謂幼馴染という存在である西田圭吾。運動も出来るし凄いイケメンである。
『そういや楓、今度時間あるか?』
『入学までなら何時でも空いてるぞ。バイト探しもしないとだからずっとは無理だけど』
『今週の日曜日に公開する映画なんだが…その…』
『入場者特典?だったか。お前も好きだな。付き合ってやるから昼飯奢れよ』
『!話が早くて助かるぜ!今回の映画はだな――』
そして重度のオタクである。俺はアニメとかライトノベルとかに興味が無いから良くわからないのだが、どうやら映画を観に行くと先着で入場者特典というグッズが貰えるらしい。中には何が入っているのか知らないが数種類あるため一人だとそろえるのが大変なのだとか。俺はどうせフリマサイトで売られ始めるだろうからそれを買えばいいじゃないか、と言ったことがあるのだがその時に「中古で買って揃えてもダメなんだ!自分で全種類を制覇したいんだ!」などと熱弁された。良くわからなかったので半分くらいは聞き流していたがとりあえず自分の力で集めたいらしい。俺の協力は気にならないのだろうか?
余談だが圭吾は俺と同じ大学に進学する唯一の友達で、俺より1週間ほど早く引越しを終わらせている。…唯一とは友達が圭吾しかいないんじゃなくて同じ大学に行く友達が一人しかいない、という意味である。別に友達が多いわけでもないのだが…。
そんなこんなで電話しているとインターホンが鳴った。きっと注文したピザだろう。
『すまん、注文した夕食が届いたから切るぞ』
『おっ、了解した。また連絡するから日曜はよろしく頼む!』
そう言って圭吾は通話を切った。全く、楽しそうなやつだ。そう思いながら玄関を開けピザを受け取ってリビングに腰を下ろした。
ピザの蓋を開けようとしたその時――
――ヴォオン
変な響きのある音と共に部屋の床いっぱいに変な模様が出現した。なんか圭吾に見せられたアニメにもこんなのがあったような…。そう!魔法陣?ってやつだ!その魔法陣が何故か俺の部屋いっぱいに広がっている。あれ?なんでアニメの世界で起こる事が目の前で起きてんだ?
その疑問が浮かんでようやく目の前で起こっている異常現象に焦りを感じ出した。どうしようかとあたふたしていると魔法陣はどんどん光を放っていき、目の前が真っ白になった。
咄嗟のことで目を瞑って光が収まるのを待ってしばらくたってから目を開くとさっきまで床いっぱいにあった魔法陣はきれいさっぱり無くなっていた。
が、その代わりに見たこともない服を来たおそらくは俺と同じくらいの年齢の少女がそこに立ってこちらを見ていた。
(え、誰?というかどこから入ってきたんだ?)
いきなり現れた魔法陣が消えたかと思ったら今度はいきなり少女、というか超美少女が現れた展開で俺は頭が追い付かなかった。
「……ここはミワロラ王国ではないわね。それにこの男、見たことない恰好をしている…。つまり、成功、したのかな?とりあえず会話を試みないと…。えーっと、翻訳魔法を発動して――」
目の前の少女は何やらボソボソと喋っている。何を言っているのかさっぱり分からない。と言うのは、声が小さくて聞こえないのではなく、何語で喋っているのかが全く分からないのだ。少なくとも日本語と英語ではない。
「――あーあー、これで私の声もちゃんと理解できるようになっているのか?あのーすいません、言葉理解できますか?」
俺がどうしたらいいのか迷っていたら彼女の方から喋りかけてきた。さっきまで何語で喋ってるのか分からなかったのに今度は日本語だ。一体何者なんだ?
「は、はい。理解できますよ…?」
「!よかったぁ~…。ちゃんと出来て」
「はぁ…。いろいろ良く分からないんですけど、とりあえず貴女は誰ですか?」
「あっ、そういえば自己紹介してなかったわね。私はルーナ・ベーク、ミワロラ王国から来た魔女よ。こっちの世界では異世界転生?って言うのかしら。そんな感じで別の世界から遥々やってきたってわけなの。ところで君の名前は?」
(は?異世界転生?どうゆうことだ?オタクを拗らせたのか?でもルーナさん?はいきなりこの部屋に現れたし、それにあの魔法陣も普通では考えられない現象だし…)
「えっと、俺は宮本楓って言います。えっと、その、オタクを拗らせる事をダメとは言わないけど勝手に人の部屋に入るのはダメですよ。ちゃんと自分の家に帰ってください」
魔法陣やら異世界転生やらいろいろ見たり聞かされたりして混乱した俺の脳は、目の前に立つルーナさんをオタクを拗らせた痛い人、という事に結論付けた。きっとあの魔法陣は見間違えだろう。引越しとかで疲れてたから錯覚してしまったのかもしれない。それにピザを受け取った後に鍵をかけ忘れていたからルーナさんが侵入できたのかもしれない。というか本当にそうならこれ犯罪だろ。通報していいのか?
「カエデって言うのね。よろしく。ていうか貴方信じてないでしょ。これでもこっちの世界よりは進んだ文明からやってきてるから幾らでも証明は出来るのだけど…」
(いやしつこいなその設定…。早く出て行ってくれ)
「はぁ、そりゃあ異世界転生なんてこっちの世界では創作の世界でしか出てこないわよね。私もこの家に住まわせてほしいから理解の早い人が良かったのだけど、そんな簡単にはいかないわよね」
「……は?ここに住む?」
「そりゃね?この世界について何も知らない幼気な女の子をほっぽり出すっての?」
(幼気な女の子?よくもまあ言えたもんだ。勝手に人の家に上がり込んでおいて)
「……もういいわよ。口で説明するよりも目で確かめてもらう方が楽でいいわ。……でもその前に…」
「その前に?」
もはや目の前のルーナという少女に対してマイナスのイメージしか持ち合わせなくなった圭吾は何でもいいから早く気を済まして出て行ってくれ、という気持ちになっていた。
「お腹が空いたわ。さっきからこの机から良い匂いがするのだけどこれご飯よね?貰ってもいいかしら?ていうか貰うわ」
「え、ちょ。それ俺の…」
ルーナは何食わぬ顔で俺のピザを食べ始めた…。
――そして今に至る。
どうしてこうなった。
俺の目の前には何かのコスプレをした美少女もとい異世界からやってきたらしい少女ルーナが、その見た目に似合わない勢いで俺の夕食となるはずだったピザとポテトとコーラを平らげていっている。女子には少し多いと思うのだが…。俺の夕食が…。