前編
婚約破棄からのざまぁを書こうとしたら長くなりました
十五歳から十八歳の貴族が通う貴族院。多くの貴族が社交界の生き方や魔法についてをここで学ぶ。
その卒業パーティーといえば、卒業生にとって羽目を外せる最後の行事だ。
同級生や後輩が集まり、和気あいあいと話に花を咲かせる。
だが、一人の令嬢が入場するや否や、水を打ったように場が静まり返った。
腰まで波打つ絹糸のような髪は淡い紫色、それより濃い色の瞳。端正な顔にはいつもと変わらぬ微笑を浮かべている。
深緑色のマーメイドドレスは露出がほとんどなく、彼女の気品を表していた。
しかし、周りの生徒が見る目は冷たい。眉をひそめ、隣の友人と声を抑えて囁き合う。
それも当然だろうと、彼女は気にもとめていなかった。
エルミナ・オーグナー公爵令嬢。彼女の名は、貴族院で悪女として有名だ。
コツコツとヒールを鳴らして、エルミナは一つの輪に近づく。
向こうもエルミナを待ち構えていたらしく、顔が険しい。
四人の子息に一人の令嬢。本来であれば、婚約者以外の異性とは適切な距離を保つ。
その基本を崩している令嬢は、不安そうにエルミナを見上げていた。
栗色の髪と瞳、可愛らしい顔はさぞかし庇護欲にかられるのだろう。空色のプリンセスドレスが、更に魅力を増している。
その肩を抱くのは四人の中で一番見目麗しく、豪華な衣を身にまとった者だ。
金髪に青眼は王家の血を濃く現しており、エルミナを悲しげながらも睨みつけている。
それを見たエルミナは、扇で顔を隠してクスリと笑った。
「あら、スティーヴン殿下。婚約者のエスコートを放棄してまで、コルマン男爵令嬢へボランティア活動ですか。ご立派でございますね」
「っ、そんな言い方は止めてくれと言っているだろ!?」
悪意のある言い草に令嬢は体を震わせ、スティーヴン・オルタナ王子が反論する。
側近候補である三人の令息はさらにエルミナを鋭く睨み、他の生徒もエルミナへの敵意を隠さず見ている。
身分を笠に着た物言いは、多くの貴族を馬鹿にした行為だ。
特にオーグナー公爵家は国王の妹姫が嫁いだ家である。
つまりは、王家に連なる者。そのような身分にありながら、下の者を嘲るエルミナは受け入れがたいのだ。
そんな彼女がレイナ・コルマン男爵令嬢への当たりが酷くなったのは、スティーヴンが彼女に親切にした時からだと言われている。
レイナは今年入学した生徒で、最高学年のスティーヴンやエルミナが気軽に関われる人物ではない。
しかし、転んで足をくじいたレイナをスティーヴンが保健室に連れて行くという出来事があり、二人は知り合った。
同時に、エルミナの酷い物言いが始まったのだ。
『男爵風情が王族に近づくなど、地位が欲しいと提言していますわね』
『ご自分の身分はわきまえていただけます?』
『あらあら。男爵令嬢がいらしたのね。道理で空気が濁っているわけですわ』
従兄であり婚約者であるスティーヴンに親しいレイナへの牽制だとしても、あまりにも心ない言葉の数々。
生徒の不興を買うには十分だった。
「エルミナ、今日が最後のチャンスだ。今までの暴言を、レイナにちゃんと謝罪をしてほしい。そうすれば君は正妃のまま、レイナは然るべき手段で側妃へ迎える」
「あら、謝罪? どうして? 私は、謝るような事はしておりませんわ」
「ひ、酷いです……! あたしがスティにお願いしたのに……! スティの優しさを、棒に振るおつもりですか!?」
「王子を愛称で呼ぶとは、貴女はご自分の立場を理解されていないのですね。そもそも、婚約者のいる者に擦り寄るなど、恥を知りなさい」
「エルミナ!」
スティーヴンが咎めるように名を呼ぶが、何処吹く風だ。
その姿に、スティーヴンは覚悟を決めたように表情を引きしめる。
「エルミナ・オーグナー公爵令嬢。君が持つ王族としての誇りはわかるが、レイナの件といい、先月のパーティーの件といい、いくらなんでもやりすぎだ。このままでは、君を王妃として迎える事はできない」
「私、王妃教育を終えておりますが。どうするおつもりで?」
「教育はこれからでも出来るが、性根は変えようがない。だから、スティーヴン・オルタナはここに宣言する!
悪女、エルミナ・オーグナー公爵令嬢との婚約を破棄し、レイナ・コルマン男爵令嬢と婚約を結ぶ! オーグナー公爵と話し合い、君の処遇は決まっている! 辺境の修道院で、今までの罪を神に懺悔する日々を送ってもらう!」
そう宣言した瞬間、その場が拍手の音で溢れた。惜しみない喜びの声は、悪女の妨害に耐えて愛を貫いた二人を盛大に祝福するものだ。
レイナは頬を染めて嬉しそうにスティーヴンを見上げる。
当のスティーヴンは愛おしげにレイナを見るが、情があるのかチラチラとエルミナを横目で見ていた。気づいているのはエルミナだけだろう。
エルミナが声を出そうにも、場の雰囲気が落ち着く気配がない。
仕方ないと、息を大きく吸い込んだ。
「静まりなさい!」
大声と扇を勢いよく閉じる音。いきなりの異音に、沸き上がっていた場が一瞬で無音と化した。
人々の注目を浴びながら、エルミナは口の端を上げてスティーヴンとレイナを見つめる。
「さて、静かになったところで私の答えをお伝えしましょう。婚約破棄にオーグナー公爵家から事実上の勘当。快くお受け致しましょう」
「エルミナ。自暴自棄になっているのかい? 背中に王家の紋章を入れる程、王家としての誇りを持っているのだろう?」
スティーヴンの言葉に、会場にいる殆どの貴族が頷いた。
皆、先月の学院が開いたガーデンパーティーで目撃しているのだ。
珍しく背中に大きなスリットが入ったドレスを着たエルミナ、その中央に刻まれた傷跡。
スティーヴンに叱咤されたエルミナが去った後、アレが歪ながらも王家の紋章だということに気づいた。
自分が正妃だと知らしめる為に、わざわざ見せびらかしたのか。
王家の誇りを通り越して、執着だ。
パーティーを楽しむ所ではなく、エルミナの恐ろしさを噛み締めた一件だ。
だからこそ、エルミナの返答を誰もが信じない。
「下手に強情を張らずに謝罪をしてくれれば、全てが丸く収まるんだ」
「そ、そうです……! あたし、スティの隣にいたいエルミナ様のお気持ちもわかりますし……だから、正妃と側妃で仲良くしていきたいんですぅ!」
「ここまで大事にしておいて、何事もなく元通りとはいきませんわ。それと、重要な事が一つ。私は罪など犯しておりませんわよ」
はっきりとした返答にスティーヴン達は絶句する。だが、すぐに我に返ったスティーヴンが噛み付いた。
「何を言っている!? 君の非道は、ここにいる全員が見ているんだぞ!?」
「ええ。別に、私が行っていないとは言っておりません。ですが、私の行いが罪ではないと、過去にそう示した例があります」
「過去!? そんな大昔の事を持ち出したところで、意味などないぞ!?」
「ほんの八年前の出来事ですわ。その者は私以上に非道を働き、とてつもない損害をもたらしました。にも関わらず、その事件さえも無かった事にしてしまったのです」
「何だと!?」
エルミナの口から告げられた予想外の事実に、スティーヴンは口篭り視線をさ迷わせ始めた。それを支えるべくそっと手を胸に置くレイナ。
二人は気がついていない。側近候補三人を含めた、高位成績者が青ざめている。
事件そのものを無かったことにできる程の権力者は誰か。
優秀な頭脳を持つ者なら、すぐにたどり着く事実だ。
だが、スティーヴンもレイナも分からないだろう。だからこそ、エルミナはクスリと嘲笑って答えを述べる。
「殿下。その者が誰か、本当に分かりませんこと?」
「そ、そのような不埒者に覚えがあるはずがない!」
「あらあら。ご自分の事を不埒者よばわりですか、殿下」
「……は?」
「ですから、その不埒者は貴方の事ですわ。まぁ、何一つ覚えていない貴方に言の葉を紡ぐのも時間の無駄。すぐに証拠をお見せしましょう。ステラ」
スティーヴン達が状況を呑みこむ前に、エルミナが名を呼んで手を叩く。
次の瞬間、エルミナの隣に人影が降り立った。
急に現れた人物に、騎士を親に持つ令息が一歩前に出る。スティーヴンとレイナの前にも、騎士団長を親に持つ側近候補の令息がすぐに飛び出た。
現れた女性はその様子に感心したらしく、無表情ながらも感動しているようだった。
「良い騎士候補が揃っておられますね。上が腐っていなければ、諸手を挙げて喜ぶべきですが」
女性にしては大柄な体型に侍女服。
女性は一通り場を見渡した後、エルミナに深く一礼をしてからスティーヴン達に向かってカーテシーを披露する。
「お久しぶりです。尤も、殿下の記憶力では初めましての可能性が高いですね。自分はエルミナ様専属侍女、ステラと申します。殿下や王家に関わる方には、『AJ-015』の方が伝わるでしょう」
「その名は、影の……!? 影は裏に潜み、表舞台には出ないはずだろう!?」
スティーヴンの言葉に、周囲は驚いてステラを凝視する。
王家の影は、生まれた時から王族に仕える為に生きると言っても過言ではない。
表舞台にいる王族を裏から支え、守る為には文字通り何でもする。裏に生まれて裏に死ぬ。
そう言われる影が目の前にいる現実に、目を丸くしていた。
その中心であるステラとエルミナは、全く動じずにスティーヴン達を眺めている。
「八年前の出来事より王家への忠誠を無くした自分を、エルミナ様が名を下さって拾っていただいたのです。
あの時より、自分以外にも王家への忠誠が揺らいだ影は多く、長も沈黙を条件に脱退を許す程でした。殿下。本当に、覚えがないのですか?」
「影ならばエルミナの言動を何故諌めない!? それに監視していたのならば、きちんと報告するのが影の義務だろう!?」
「…………都合のいい事しか聞かないのは、昔から変わりないようですね。
さて、皆様。『記録玉』という魔法道具をご存知でしょうか? これは文字通り、所持者の視覚映像を残せる、影にとっては必須な物です。これにて、八年前に何があったかを見ていただきましょう」
言うや否や、懐から掌に載る程度の赤い球を取り出し軽く投げた。
珠は小さな音を立ててスティーヴン達との間に落ち、止まると同時に光り出す。
それは真上に大きなスクリーンとなって、映像を映し出した。
最初に映し出されたのは、どこか屋内の部屋だった。
高価な調度品が並び、その中央に位置する長テーブル。そこに向かい合って座る男女の姿がある。
一人は幼いエルミナだ。今では想像つかない程に柔らかな笑みで対面の男性と話している。
その相手は、エルミナよりも幾分か年上の少年である。深緑色の髪を首横で緩く結び、それより明るい色の目でテーブルに広がる資料とエルミナを見ていた。
話す内容は国の特徴や特産物など、この年代にしてはレベルが高い話をするエルミナと少年。
そこへ、ノックもされずに扉が勢いよく開いた。
『エルミナ! やっと見つけたよ!』
『スティーヴン殿下!? いきなり入室するなど、失礼ですよ!』
『君と僕の仲だろう? 君の好きな茶菓子の準備が出来たんだ。お茶をしに中庭に行こう?』
『本日の殿下のお相手は、クロネット侯爵令嬢ですわ。私は使節団の方とお話しする為に登城したまでです』
エルミナに促されてスティーヴンの視線が少年に移動する。
すぐに立ち上がって一礼する少年を、スティーヴンは鼻で笑った。
『なんだ? 他国の男爵如きじゃないか! 僕のエルミナに近づくなど、地位狙いだと提言しているようなものではないか!』
『殿下! 暴言が過ぎます!』
『事実だろう? さぁ、行くよ』
『お止め下さい!』
『オーグナー公爵令嬢。こちらは後ほどでも問題ありませんよ』
『エルミナに口を開くな! 穢れるだろう!』
『殿下いい加減になさって! 申し訳ございません、クルベス男爵令息……!』
スティーヴンに引きずられて部屋を出るエルミナは、最後まで部屋に残るクルベス男爵令息に詫びを入れていた。
この映像だけでも、常識ある令息令嬢達は顔を顰めて不快さを表す。
他国の、それも貴族に対しての態度としてありえない。いくら王子とはいえ、限度を超えた振る舞いだ。
映像が一つ終わる度に、場面が変わって新たに始まる。
その殆どが、エルミナと共にいるクルベス男爵令息に対してスティーヴンが暴言を吐く内容だ。
『エルミナは僕の婚約者だ。そのエルミナと親しくするということが、どれほど無礼だかわかっているのか? 今すぐにでも首を刎ねる程だぞ』
『僕の婚約者に手を出そうなどと、恥知らずが! 爵位が欲しいなら、さっさと国に帰って高位の未亡人にでも買われたらどうだ?』
『身分を弁えてエルミナから離れろ!』
『ああ、部屋が臭う! 酷い腐敗臭だ。男爵がいるからだろうな!』
スティーヴンが吐き捨てる言葉は、どれも聞き覚えがあった。
エルミナがレイナに告げていた言葉だ。いや、それ以上に酷い言葉の数々。
そもそも、スティーヴンは親しみやすさが人気の一つでもある。目の前で流れる光景は、普段の優しいイメージを粉砕するには十分すぎる。
何人もの令息や令嬢が顔色を青くした。悲惨な光景に加えて、クルベス男爵令息に思い当たる事があるようだ。
不安げに、どこか祈るような表情で映像を眺める。
その希望は、すぐに打ち砕かれた。
『エルミナ、僕は嫉妬で狂いそうだ。いい加減にしてくれないか?』
『それはこちらの台詞です! 貴方は従兄であって婚約者ではありませんし、ましてや嫉妬だろうとなんだろうと殿下の行いはハンディニル国を敵に回す行為です! お止め下さい!』
『そんな国よりもエルミナの方が重要だ!』
その国名に、会場中から抑えきれない悲鳴が上がった。
ハンディニル国と言えば、知らぬ者はいない貿易大国だ。
十五年前に即位した現国王は人や物を見抜く力が抜きん出ており、今も国を発展させ続けている。
かの国と貿易出来るという事は、大きな利益を得ると同意だ。
挙って自国をアピールする国々に対し、ハンディニル国は正しく判断する為に使節団を送るのだ。
現国王が選出した使節団は王族とごく一部高位貴族のみが来国を知らされ、内側から貿易品と国を見極める。
いくら品が良くても、扱う為人も重要だと分かっているのだ。
オルタナ国には自慢の品がいくつもあるが、未だにかの国と貿易は結べていない。
運が悪いだけで、いつかはその目に映り選ばれる。その日を待ち望んでいた国民は多い。
その相手に、国の代表とも呼べる王子の暴虐非道っぷり。
かの国と結ばれない本当の理由を知り、王族への不信感があちこちで見え隠れしている。
それは腕の中のレイナ、周りの側近候補達にも現れていた。
だが、スティーヴンは真っ青な顔で映像を凝視しているので、周囲の変化に気がついていない。
会場の空気がすっかり変わった頃合で、映像が今までと違う物を映し出した。
部屋の一室で、荷を整理しているエルミナと数人の侍女。そこへ、またしても扉が急に開き、顔を憤怒で赤らめたスティーヴンが入ってきた。
その表情に侍女は小さく悲鳴を上げ、エルミナはうんざりと顔を歪める。
『殿下。家臣の家に何の連絡もなしに来るのは如何なものかと』
『うるさい! そんなことよりも、国を出るとはどういう事だ!?』
『お言葉のままですわ。私、エルミナ・オーグナーはザック・クルベス男爵令息と婚約致しました。使節団が戻ると共にハンディニル国に行き、色々と学びながらザック様をお支えしますの』
『おかしいだろう!? 君は僕の婚約者だ! 他国の男爵如きが手を出していいはずがない!』
『何度も申しておりますが、私達は婚約関係ではありません。母亡き今でも王家との縁を残したい父と、私の頭脳に目をつけた国王陛下と王妃殿下が仰っていただけです。
従兄妹では血が濃くなると皆様の進言のおかげで、その戯言は進められていないのが幸いですわ』
『そんな……でも、エルミナはこの国に必要で……!』
戸惑うスティーヴンにエルミナが大きく息を吐く。
そして、毅然とした態度でスティーヴンに言葉を告げる。
『いいですか? この婚約は政略も兼ねています。次世代を担う王子自らによる、使節団の方への多大な無礼。かの国は大変ご立腹です。
ですが、我が国の品々を捨ておくには惜しいと、此度の婚約が結ばれました。王家の血を引く私が嫁ぐ事で、国家間の結び付きを強固にするのです』
『政略結婚だなんて! 君が不幸になる未来しか見えない! やはり、僕が君を迎えるしかないんだ!』
『いいえ。政略結婚ではありますが、私はザック様をお慕いしております。少なくとも、尻拭いばかりさせておいて、結婚するのが当たり前と思って胡座をかく貴方よりは好感が持てます』
『エル、ミナ……?』
『貴方が私を手元に置いておきたい理由は簡単。お気に入りの玩具を手離したくないという独占欲だけですわ。
自己満足の好意の押しつけばかりで、私の事は考えておりませんでしょう? もう、貴方の相手は疲れましたの。もう、城へお戻りください』
それだけ言うと、エルミナはくるりと背を向けて荷造りを再開する。俯き固まるスティーヴンは、その場で立ち尽くす。
だが、次の瞬間、バネのように跳ねてエルミナをその場に押さえつけた。
『きゃあっ!?』
『エルミナお嬢様!』
『王太子殿下、一体何を……!?』
『エルミナは僕の物だ! この国の物だ!』
部屋にいた侍女達は、王子の乱心に非難めいた声を上げた。
押さえられたエルミナもすぐに動くが、上から乗られていてはまともに逃げ出せない。
スティーヴンはニタリと笑うと、懐から取り出したナイフでエルミナのドレスを切り裂く。
そして、露になった白い背中に容赦なく刃先を突き立てた。
少女のかん高い悲鳴が轟く。同時に、映像を見ていた令嬢の叫びがあちこちから聞こえた。
それは映像の中でも同じで、侍女が助けを呼ぶ声が響いている。
慌てふためく周囲も気にせず、エルミナの背へ絵でも描くようにナイフを動かすスティーヴン。
狂気としか思えない光景だ。
やがて、走る足音が近づき、部屋に侍従や騎士が入ってくる。
スティーヴンを数人がかりで引き剥がした後、残されたエルミナの背は流した血で染まりきっていた。
プツンという小さな音を立て、映像もスクリーンも一瞬で消えた。
呆然とする周囲の反応を一瞥し、ステラは記録玉を仕舞い込む。
「……嗚呼。何度観ても、あの場に自分が居なかった事が悔やまれます。
エルミナ様と共に国を出たいと、長に直談判している最中に……記録していた愚か者も、観ているだけが影ではないというのに……!」
「ステラ。その方は罰を受けたと聞いているわ。憎む必要、いえ、憎む時間も勿体ないわよ」
「……そうですね。憎むべきは、『息子がここまでしたのだから、二人は真実の愛で結ばれている』などとほざいてハンディニル国との縁をなくし、婚約を結んだ国王夫妻とオーグナー公爵ですね。
全く、エルミナ様が切傷による熱で苦しむ中、隠蔽を優先して外部の医者や治癒士を呼ばないとは本末転倒過ぎて呆れるしかありません」
「そうよね。その中でも一番は、元凶であるスティーヴン殿下」
感情をなくした絶対零度の瞳が、スティーヴンを射抜く。血の気を失いすぎて真白の顔に、額から冷や汗が垂れた。
エルミナの糾弾から自分への不信感に変わった空気を肌で感じつつ、震える唇で声を絞り出した。
「ぼ、僕は……僕は何も悪くない……! エルミナが振り向いてくれないのが悪いんだろ!?」
第一声が子供の癇癪に近い、自己弁護と責任転嫁。ここにいる令息令嬢の不信感が、王家への落胆に変わるには十分すぎる台詞だ。
側近候補の三人でさえ、見限った様子が見え始めている。
現在、王家の求心力というのは通常よりやや下当たり。
次世代であるスティーヴンがこれでは、さらに低下していくと目に見えた。
必死で自己を正当化して述べるが、支離滅裂な内容だ。王族どころか貴族としても成り立たない舌の下手さに、誰もが蔑んだ表情をしている。
沢山の誤字報告ありがとうございます。
恥ずかしいので穴に入ってきます。