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ショートショート7月~2回目

カレー鍋は煮てから洗え

作者: たかさば

…ああ、まただ。


シンクに、黄色く染まったスポンジが転がっている。

旦那が、カレーを作って、鍋を洗ったのだ。


私は、脂分で、ターメリックで、汚染されたスポンジに熱湯をかけつつ、棚の上でてかてかと脂ぎっている汚れ物に手を伸ばした。



日曜クッキングを趣味としている旦那は、作るのは大好きだが洗うのは嫌いなタイプであった。

だが、2ヶ月ほど前に会社の同僚を招いて食事会を我が家で開いた際に、一人洗い物をする私を見た参加者達から一斉に非難され、生まれ変わったのだ。

調理後に使ったものを、食べたあとに食べ終わったものを洗うようになったのである。


結婚して十年、作ってくれたのだからと洗い物はこちらでやらせていただいていたのが幸いした。


洗い方を知らない旦那は、マイルールにしたがい、実に華麗に汚れ物を量産するようになった。


パスタを茹でた鍋は水洗いでOK。

野菜を洗ったボウルは水洗いでOK。

油を使わないものは水洗いでOK。

油ものは洗剤で洗えばOK。

洗剤のついたスポンジでなでたらOK。

ぬるぬるしていてもスポンジでなでたんだから乾けば大丈夫。

ぬるぬるしているのは自然に消える。

中華鍋を見ろよ、あれはわざわざ油塗って乾かしてるだろ!


旦那がやらかすのは決まって日曜日。


私は日曜日は休みではない。

旦那は日曜日が休みだ。


朝から大々的に材料を買い込み、盛大にキッチンを汚し、信じられない洗い物をし、夜は長々とウォーキングに出かけるのだ。


ご丁寧に、テーブルの上に私の分を置いて行ってくれるのはまあ、うれしい。

だが、それを上回る被害の大きさに閉口する。


勤務を終えて、腹ペコで帰宅して、美味しそうなご飯を前に、洗い物に励まねばならない事が地味にイラつく。

旦那が帰って来る前に洗い直さねばならないのだ。

洗い直しているところを見つかれば、へそを曲げてさらにおかしな事になりかねない。


どうしたものかと策を練る日々が続いているのだ。



「今日は、一緒にカレー作らない?」

「いいよ!夏野菜カレー作りたい!」


旦那がたまっていた有給休暇を取ることになったので、私の仕事が休みの本日…一緒にカレーを作ることになった。

これはチャンスだ、洗い物の基本を教え込む格好の機会。


「野菜を茹でたら、野菜の灰汁が出るから洗剤で洗うんだよ。」

「炊飯ジャーのお釜と蓋はね、洗剤つけるとピカピカになるんだよ。」

「スポンジの洗剤は泡が出なくなったら追加して良いんだよ。」

「スポンジの泡たっぷりで洗う方がピカピカになるよ。」

「スポンジが黄色く染まったら、洗剤追加してくしゅくしゅやってぬるま湯で流すと…ほら、白い泡が出るようになったでしょ?」

「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


「へえ、そうなんだ!」


仲良くキッチンで洗い物をした翌週、私はシンクの中に転がっている黄色く染まったスポンジを見た。


……一度言ったくらいじゃ、身に付かないよね。


私は、機会を見つけては、旦那に助言をし続けた。


……染み込んだ常識を塗り替えるためには、時間が必要だよね。


機会を見つけては、旦那に助言する事、数年。


……十年間かけて染み込んだ常識は、十年かけて新しい常識を染み込ませていかないと消えないんだよね。


気がついたら、旦那に助言して、もう二十年。


……新しいことを身に付けようにも、学ぶ能力が衰えているからなかなか覚えられないんだよね。


退職して、毎日料理を楽しむようになったけど。


……何度言っても、まるで自分のやり方を変えない、変えることのできない、変えようとしない旦那にイライラする。


私も退職して、毎日キッチンを巡って争うようになった。


……老いてなお、こってりとした洋食ばかりこしらえる旦那にイライラする。

……老いてなお、自分のやり方を変えない旦那にイライラする。

……老いてなお、私の言葉をスルーする旦那にイライラする。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


「カレー鍋は、どれだったかな?」

「これだよ、重いから私が洗うね。」


旦那がカレー鍋を見分けることができなくなった頃、ようやく私はイライラしなくなった。


「カレーは、なんだったかな。」

「お父さんが好きな料理だね、フフ…。」


旦那がカレーを忘れた頃、私はよく笑うようになった。


「……。」

「はい、お父さん、あーんして?」


旦那が言葉を忘れた頃、私は笑顔でおかゆを食べさせるようになった。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


……旦那がいなくなっても、私の口癖はなおらないみたい。長年、ずっといい続けていたから、身に染み付いているみたい。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


旦那がいなくなったけど、私は今でも助言をしている。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」

「ああ、そうなんだ、良いこと聞いたよ!」


誰かが私の助言に返事をしてる。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


誰もいない部屋で、私は、助言をしている。


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


「カレー鍋はね、水を入れて火にかけて、沸騰させながらこうやって…キッチンペーパーを丸めたのを箸でつまみながら鍋肌をなでるの、汚れが取れたら、お湯を流して洗剤で洗うとピカピカになるんだよ!」


私は、助言を、している。


私は、なんで、助言?


私は、助言?


わたし、……。



……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん!。ちゃんと最期まで言えたね。エライね。頑張ったね!。 [気になる点] 数十、数百単位で聞かされる話し…。 カレー鍋はね、1食分残してカレーうどん作れば汚れは最小限になるんだよ?…
[一言] …………かなC
[一言] 言って見せ、やって見させて……。 ですからね、なかなかやってもらえないですよね。 それにしてもオチが……。
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