ラブコメの作法に則った能動的好感度稼ぎ 最序盤編
女性同士の喧嘩って怖いよね
文芸部に入部して早一ヶ月。
俺はろくに部員と話していない。
理由はこいつらだ。
いや言い直す。この先輩方だ。
「市川さん、もう一度言ってもらえる?」
「何度でも言うよ。
きのこの山の方が絶対美味しいよ」
「そんなわけないでしょ。
クッキー生地とチョコのハーモニーが絶妙な、たけのこの里の方が美味しいに決まっているわ。」
「きのこの方がチョコが多いし、その分おいしいよ」
「たけのこの里の方が人気高いわ」
「今は味の話でしょ。話聞いてた?」
「は?」
はいギスった!
定番の話題でなーんでそこまでギスれるのか。
そもそも文芸部なら好きな作家で喧嘩しろよ。
お菓子て。
こんな感じで先輩二人がずっと喧嘩をしているので、まったく会話に入れない。
なんなら積極的に気配を消して本を読んでいるまである。こいつらの喧嘩をBGMに。
まあこの部室にある本は質が高いので、読む本には困らないのがせめてもの救いではあるが。
さて、俺が肩身の狭い思いをしているここ文芸部は、先輩2人と新入部員俺の3人で構成されている。
入部の時に聞いた説明では
~~~
「部活動は年3回の部誌発行。それ以外は自由よ」
「暇ならそこら辺の本読んで良いから。」
「・・・それだけですか?」
「それだけよ」
「そだよ」
~~~
雑では?
そんな雑な説明のあと、かろうじて自己紹介はできたので先輩二人の名前と、あと学年は知っている。
「じゃあ深溝さんに合わせて味以外の話もしてあげる。
きのこはたけのこより一箱当たりの量が多いんだよ。」
この若干優しい口調の方が市川先輩。
名前は知らない。高2だ。
髪は短めの、かわいい感じの人だ。
ただ見た目に反してというか、喧嘩の時は冷静に相手を追い詰める。なんなら煽る。
怖い。
「せいぜい1,2gの話でしょう?
それにきのこの山の方がカロリーが高いらしいじゃない。
それで量も多いって(笑)
女子高生の自覚あるの?」
「私太らないし」
「は???」
この冷静な口調の方が深溝先輩。
こっちも名前は知らない。高2。
髪は長めの、きれいめな感じの人だ。
優等生的な見た目で冷静に見えるが、市川先輩によく煽られるため、深溝先輩は5分に1回キレている。
怖い。
なんとなく1ヶ月こいつらの喧嘩を聞いて、喧嘩の原因が薄らわかってきた。
この二人の間には考え方に溝があるのだ。溝がありすぎて川が流れちゃってるレベルの。
ちょうど苗字も市川と深溝だし。
だからどんな話題でもすぐ喧嘩になる。
前なんか友達の定義で喧嘩してたし。そんなやつらいる?
なので俺は心の中でこの二人を川流れコンビ(笑)と呼んでいる。
話しかけると怖いので心の中でバカにするのだ。
や〜い川流れ(笑)
「イラッときたわ」
「私も」
え、やだすごい目線感じる。
なんでバレたやっば。本から顔を上げられない。
こっわ。
ていうか今更だけど俺空気じゃなかったのか。
あまりに放置されてるからそういう扱いなのかと。
まだ目線感じる。
丁度良いからこれを”きっかけ”にしよう。
そしてこの空気を有耶無耶にしたい。
「あの〜先輩方、何かありました?」
「ッ!ごほん。
いえ、何でもないわ」
「ごめんね。何でもないの」
「なら良かったですけど・・・」
よっしゃ有耶無耶になった!
もう今日は余計なこと考えるのよそう。
そろそろ今の本も読み終わりそうだし、感想をノートに書いてさっさと帰ろ。
最近、本を読むだけだと部活やってる感がないので、そこらへんに落ちてた新品っぽいノートで感想を書いているのだ。一言ぐらいだが。
いや本当、自分で活動を見つける俺は部員の鑑だと思うので、川流れコンビはもっと俺に優しくするべきだと思う。
言わないけど。
とか考えているうちに書き終わった。
今日は久しぶりに部室で会話をしたから疲れた。
秒速で帰ろう。
「おつかれさまでーす(小声)」
離脱ッ!
◇◇◇
「・・・行ったわね」
「うん。
・・・ねぇ切羽。まだ続けるの?」
「当たり前よ。
私たちが去年酷い目に遭ったの忘れたの?」
「私たちが酷い目に遭わせたの間違いだと思うけど」
「あれは正当防衛よ。先輩たちや周りがあまりにもうるさいから。」
「私も後悔はしてないけど」
この文芸部に私たち2人しか所属していないのには理由がある。
それは去年のこと。
文芸部に入部した私たち2人は、困っていた。
男の先輩たちがやたら話しかけてきたり、遊びに誘ってきたりしたこと。
それを見て女の先輩たちはコソコソと何かを話していること。
そういう諸々がうっとうしくてしょうがなかった私たちは、一計を案じた。
2人で喧嘩をして、周りに構われないようにする。
ある程度の期間続ければ、周りが勝手に離れていくだろうという考えだった。
しかしその方法はある意味でうまく行き過ぎた。
私たちの喧嘩で居心地が悪くなったのか、ぱたぱたと先輩たちは退部していき、半年を過ぎる頃には私たち2人以外誰も居なくなった。
それ以降も私たち目当てで入部してくるやつがいたけど、同じ方法で追い出した。
やがて噂でも回ったのか、誰も入部してこなくなった。
そして私たちは2年生になった。
今年は部活動勧誘会が中止になり、新入生は自分で部活動を選ぶしかない。
そして我が文芸部はそこまで知名度も高くない。
つまり、今年は誰も入部してこない。
これで気ままに本を読めると2人で喜んでいた時だ。
"あの子"が入部してきた。
「あの子が来てから1ヶ月経ったけど、退部しそうな気配ないよね。」
「そうね。
今までの人たちは1週間もたなかったのに。」
「私たちが喧嘩してても普通に本読んでるよね。
最初寝てるのかと思った。」
「どちらにせよ神経が図太いわね。」
「でも無害だよ。
こっちに話しかけてもこないし。
いいんじゃない?そろそろあの子を部員として迎えてあげても」
「今日話しかけてきたじゃない。
一月ぶりくらいに声聞いたからびっくりしたわ。
あの子って喋るのね。」
「時々小声で挨拶してるよ。
始めから返事してもらうことを放棄してるレベルの小声だけど。
というか話しかけてきたのは私たちが彼を見てたからじゃない?」
「しょうがないじゃない。
唐突にイラッときたのだもの」
「それは私もだけど。
心なしかあの子ニヤニヤしてた気がするし」
「そうよ。だから・・・」
「でもそれだけだよ。
この1ヶ月見てたけど、あの子毎日部活来て、1日1冊ぐらいのペースで本を読んでるの。
最近は感想も書いてるみたいだし。」
「このノートのこと?
"溝川ノート"って書いてるわね。あの子の苗字かしら?
一応このノートも部の持ち物なのだけれど。」
「それ切羽が“私小説書くわ”って言って、買ったはいいけど一文字も書かなくてそこらへんに置いてたノートじゃない。」
「・・・パソコンの方が執筆が楽なだけだし」
「今度読ませてね♡」
「・・・・・ともかく!
彼のことはもう少し様子を見るわ。
念には念を入れてね。
・・・次来た時は挨拶くらいは返すわ。」
「うん!
お菓子もあげよ。
きのこの山好きかな?」
「たけのこの里に決まってるでしょ」
△△△
あれが喧嘩してる“ふり”なんだよなぁ。
わかっててもこえぇわ。
以前、昼休みに部室に行ったら川流れコンビが仲良くご飯を食べていた。これは何かあると思って数日張り込んだところ、幾つかの事実が判明した。
あの喧嘩が“ふり”であること。
その“ふり”をする理由。
いやある意味逆恨みだろと思ったが、あの場所を手放すのは惜しい。
だから俺は川流れコンビの好感度を稼ぐことにした。
理由は二つ。
・これ以上喧嘩を無視し続けるがめんどい点
・部員としての信頼度を稼ぐ程度なら特別な労力がいらない点
そもそも話を聞く限りあのコンビはまともな部員を見ていない。だから真面目に部活動をやれば信頼してくれるという読みだ。
最初ツンツンしてる奴ほどこっちの行動を見てるのだ。古今東西のラブコメが証明している。
そして今日は俺が“きっかけ”を作った。
あんな些細なことでもおそらく事態を動かすには十分。
明日から俺の扱いは変わるだろう。
明日が楽しみだなぁ。
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