37、悪魔は下見に行く
馬車の一団は昼頃、フラヴィーナに到着した。
フラヴィーナの出入り口には冒険者ギルドのギルマスのガンカーやギルド職員が立っていた。
「?なんでガンカーが出迎えているんでしょうか?」
「ああ、なんでもガンカーは昔、フレデリックに助けられた恩があるらしくて、今でも言うこと聞いているらしいぞ。フレデリックが首都に行ってる間はガンカーがギルマスとして町を管理しているって聞いたことがあるぜ。」
俺が首を傾げているとマスティフが教えてくれた。
あのフレデリックが助けた?
ふうん、平気で見殺しにしそうなのに・・・珍しいこともあるもんだ。
それより、ガンカーが町を管理、ね。
俺に監視までして厳しかったのはそこもなんか関係してそうだな。
「フレデリック様、わざわざありがとうございます。」
ガンカーはヘコヘコ頭を下げてフレデリックを出迎えていた。
フレデリックはガンカーに目もくれず、そのまま馬車を伴って町の中に入っていき、兵士たちと冒険者たちの馬車は町の出入り口に並ばされ、そこからは徒歩のようだ。
げっ、ガンカーがいるのに出ていかないといけないのか。
俺は顔に隠蔽魔法をかけて他の冒険者に紛れてガンカーの横を通り抜け、フラヴィーナの町の中に入った。
町の人たちは出歩く人もいないようで、町はかなり閑散としていた。
たくさんあった露店もどこかに片付けられたのか見当たらず、飲食店が数件と武器屋・防具屋・道具屋が開いているくらいだ。
宿屋はギルドが押さえてくれたようだが、いい宿屋は兵士たちの貸し切りとなり冒険者たちの宿屋は安宿だった。
"金鶏の夜明け"亭はいい宿屋だったので、兵士たちの貸し切りとなってしまい、魔物の大群が解決して落ち着くまでは食堂も貸しきりの兵士たちのみの利用となった。
これらに落胆したのは散々道中話を聞いていたアシュアだった。
「うぅ~!」
「アシュア、はしたない。」
アシュアがハンカチの端をくわえながら恨めしげに"金鶏の夜明け"亭を見ていたのを、レフィがたしなめていた。
ハンカチくわえるの、マジでやってるやつ初めて見た・・・。
俺が泊まったのは以前泊まった"満月の瞬き"亭よりちょっと残念な宿屋で、料理はそこそこでベッドは固いし宿屋全体がボロいようだった。
どうやらランクによって宿屋は振り分けられたようで、俺やアシュアたちは参加した中で1番低いランクDだったからこの安宿だったようだ。
マスティフらはもうちょっとマシな宿屋に泊まるみたいで、ギルド職員の案内で行ってしまった。
そして宿屋の部屋に荷物を置いて宿屋のホールで今の状況をギルド職員が説明をしてくれたが、なんと明日には魔物の大群が町に来るほど、そこまで迫ってきているというのだ。
これは一昨日偵察してきた冒険者の証言をもとに算出されたそうだが、数も出発前は100体と聞いていたが少なくとも200体はいるとのことだった。
ふむ、兵士が30人に応援の冒険者が30人、フラヴィーナに冒険者は50人いると聞いたのでそれを全部足しても110人。
100体の魔物にですら少なくないかと思っていたが、200体の魔物に足りないのではないか?
ギルドは魔物が200体だとわかった段階で追加の応援を首都に頼んだが、すぐこれるわけもなく、追加の応援兵士100人が来るのは2日後だそうだ。
つまりは明日1日は110人でフラヴィーナを守らないといけないというわけか。
そして今は総指揮のフレデリックの判断を待っている段階だそうで、夕方にまた説明に来るのでそれまで自由にしてくれと言ってギルド職員はせわしなく去っていった。
「うーん、これから夕方までどうする?ユウジン。」
俺はふむと考えた。
「部屋でくつろぐとしますよ。どうせ外に出てもなにもありませんし。」
「そうよね。昼寝でもしてようかしら?」
「アシュア、読書でもしたら?」
レフィの言葉にアシュアは苦い顔をした。
「嫌よー、私は本読むより体動かしたいわ。魔物狩ってるのが性にあってるのよ。」
アシュアはどんどん姫じゃなくなってるな。
戦闘狂になっても知らないぞ。
アシュアらが部屋に向かうと、俺は周りに注意しながら隠蔽魔法を使って存在を隠蔽して町を出た。
アシュアらにはああ言っといたが、もともとから下見に行くつもりだった。
ただ、1人でウロウロしていて不審がられたら面倒だから、宿屋を出るところから隠蔽魔法を使った。
町の南側に出て、アイテムから地図を出して広範囲にサーチをかける。
・・・うーん。
えらい遠くまでサーチできるようになったな。
最初は2キロだったが、今は軽くて2キロ意識したら5キロは余裕だな。
これもちょこちょこ使っているおかげかもな。
魔物の大群は5キロ先にまで来ていた。
数は確かに200体くらいで、様々な種類の魔物が入り交じっていてレベルはだいたい20代。
たまに30代がちらほらいるか・・・。
お、1体だけ俺よりレベルが高いからなんの魔物かわからないやつがいるな。
こいつが恐らく大群のボスなのだろう。
地図と照らし合わせ、どういうルートで来るか予想する。
・・・やけに横に広がって来ているな。
大群は楕円の形で進んでいるようだ。
もしかして、途中で二手に別れて町の南側と西側から攻めるつもりか・・・?
地図を片付けて魔物の大群を確認しようと南に向けて歩き、いつかのエール草原を横目に南に進む。
明日はたぶんエール草原辺りで戦うことになるのかな、とか考えながら1時間ほど進むと、丘が見えてきて、そこからは下り坂になっているようだ。
そこから下り坂の先を覗いて見ると、遠くの方に魔物の大群と思われる黒い大群が見えた。
さすがにそこまで行ってたら帰り着くのが夕方を過ぎそうだったので、ここで引き返した。
さてさて、フレデリックがどういう采配をするのか楽しみだなあ。
絶対ああいうタイプは愚策しかしないだろうなあ。
夕方の少し前に宿屋に戻ってこれて、部屋で少しくつろいで宿屋のホールに向かうとほどなくして、ギルド職員が来て説明が始まった。
「フレデリック様の指示で、明日皆さんは南側のエール草原に展開するということになりました。明日の朝、ここに集合していただいて、移動となります。現場のリーダーとして、"黒の流星"が最前線に立つことになりましたので彼らと共に戦ってください。なにか質問はございますか?」
冒険者たちから次々と質問が飛んできた。
「兵士たちはどういう配置なんですか?」
「兵士たちは全員町の塀の外側で町の防衛に当たります。指揮はフレデリック様が行うそうです。」
「フラヴィーナの町の冒険者は?」
「あなた方と共にエール草原に展開との指示です。」
つまり、魔物の大群は南側からしか来ないと予想して、町に影響のないエール草原で冒険者をぶつけて追加の兵士たちが来るまでの足止めに使うということだ。
兵士たちを町の防衛に回すのも、貴重な国の戦力を減らしたくないんだろう。
冒険者は魔物の大群を減らすための捨てゴマ扱いなのだ。
これには他の冒険者たちから不満が出た。
「ふざけんな!80人しかいないのに、200体の魔物に勝てるわけがないだろう!?」
「俺たちゃ、追加の応援が来るまでの繋ぎか!?兵士も前線に立たせないと全滅しちまうぞ!!」
ギルド職員はひたすら冒険者たちをなだめていたが、冒険者たちは怒号をあげて抗議していた。
そんな中、アシュアはアワアワしていた。
「ど、どうしよう・・・!?そんなにたくさんの魔物と戦えるわけないのに!フレデリック・・・様はなにを考えているの!?」
「アシュア、落ち着いて。」
「落ち着いてられないわよ!アワアワ・・・。」
ついにはアワアワ言ってるし。
どんだけ動揺しているんだ?
説明が終わって、冒険者たちはむしゃくしゃした気持ちをぶつけるために飲食店に出掛けたり部屋に戻ったりしていた。
俺はちょっと気になることがあって、"黒の流星"が泊まっている宿屋を訪ねた。
「あれ、ユウジンじゃないか!?」
玄関でばったりマスティフら"黒の流星"と遭遇した。
「これから飲食店へ行こうってなってな。ユウジンもどうだ?」
「ご一緒します。ちょうど気になったこともありましたから。」
「うん?気になったこと?」
「食べながら話しましょう。」
それから近くの飲食店へ移動して、適当に注文して食べ始めた。
唐揚げ、フライドポテト、チキンナゲット、ピザ・・・
なんだこのラインナップ、大学生の飲み会か?
全部マスティフの好物だそうだ。
お前30代なのに大学生の胃かよ。
マッチョはサラダチキン食ってんじゃないのかよ。
「んで、ユウジン。なにが気になったんだ?」
「ああ、はい。・・・明日最前線に立つと聞きました。フレデリックの指示ですか?」
マスティフは少し驚いたようだった。
「よくわかったな。そうだよ、ついさっきフレデリックに呼ばれてそう説明を受けたんだよ。そうしたら冒険者たちの士気が上がるってんでな。俺としても最前線に立った方が暴れられるからありがたいんだよな。」
「ヒスランとカルドはいいんですか?」
「私はリーダーの決定に従うわ。魔物と戦うの好きだし。」
「うん、俺も。今回は結構キツいでしょうけど、誰かが立たないといけないですからね。」
"黒の流星"は納得しているようだが、本当にいいのか?
「・・・フレデリックは冒険者を捨てゴマにして、魔物に戦わせて追加の応援が来るまでの繋ぎにしています。それでもですか?」
「はっきり言うねえ・・・。」
マスティフは唐揚げを食べながら苦笑した。
「だがそれがどうした?俺たちは捨てゴマにされるような職業だ。どんなむちゃくちゃな依頼でも取引として成立しているなら、それをやるのが仕事だ。それが嫌なら誰かの下に入るか、別の仕事をすればいいんだしな。」
マスティフはまっすぐ俺を見てそう言ってきた。
口からフライドポテトがはみ出てなかったら決まってたのになあ・・・。
やっぱりこいつはアホだ。
だが、ちゃんとしたアホだ。
「それになあ、フレデリックの執事がいいもんくれたんだよ。」
そう言ってマスティフはどこからか小瓶を出してきた。
「これを武器に振りかけたら切れ味が上がるんだとよ!最新の錬金術でできたんだってさ。これ使ったら明日は楽勝だぜ!」
「・・・へえ、そうですか。」
俺は執事がくれたというのが気になって密かに鑑定してみた。
『腐食の粉』
この粉を振りかけられた武器は腐食していく。
例え腐らない材質でも必ず腐る。
なるほど。
明日の戦いの前に、これをなにも知らないマスティフが自分の武器に振りかけて、武器を腐らせ痛い目に会わすということかね。
「・・・マスティフ、あなたが使っている大剣はなにか思い入れのあるものですか?」
「んあ?・・・うんまあ、そうだな。冒険者になった記念に親父が買ってくれたものなんだ。それがどうした?」
「・・・わかりました。だったら、今回は知らんぷりしないでおきましょう。」
「は?」
俺は素早く小瓶を奪うと、腰からナイフを出すフリをしてアイテムからストックしていたナイフのうちの1本を出して、それに小瓶の中身を振りかけた。
「ああ―――!?ユウジンなにすんだよ!?」
「・・・よく見て下さい。」
ナイフは途端にブスブスという音をたてて緑色の泡がたち、あっという間に刃が茶色のボロボロの刃になった。
それを"黒の流星"はぽかんと見ていた。
「・・・この小瓶は『腐食の粉』です。・・・俺が鑑定魔法持ちで、よかったですね。」
俺はそう言ってにっこり微笑んだ。




