341、悪魔はクーデターをそそのかす
時はクーデターの3週間前、勇者が討伐の旅に経って最初に王城帰還した次の日のことだ。
この日、ヘルマンは休みで俺の護衛はレックスだった。
俺はレックスが護衛でちょうどいいとアニタに頼んで騎士団長イグナシオと魔術士団長モイセンスに手紙を書いた。
2人とも内容は会って話がしたいということと、俺の部屋でなるべく会いたいというものだ。
一応、バルドロか宰相補佐に見られるかもしれないと思って実際に旅に出て魔物と戦ってみての感想などの話をする風に装った。
イグナシオは俺が実力を隠してここにいたことを知っているから俺に対して不信感があるから、俺から来た手紙自体でなにかあると察してくるだろう。
モイセンスは俺が実力を隠していたこと自体気づいていないが、モイセンスへの手紙には追加で副団長のテレーシアも連れてきてほしいと書いたからどうしたんだろうとは思って応じてくれるだろう。
朝にアニタに頼んだ手紙はほどなく団長2人ともからそれぞれ返事が来て、午後から俺の部屋に来てくれることとなった。
「お久しぶりです、勇者様。」
イグナシオとは討伐訓練の旅に出る前に剣の指導をしてもらって以来の再会だ。
体調不良のフリをして王城内を散策している時に騎士団の塔には1度行ったが、その時イグナシオは会議ということでいなかったからな。
イグナシオは微笑みながらも探るような目で俺を見てきていた。
「こんにちは勇者様。討伐の旅に出られたと聞きましたが、無事に一時帰還されてよかった。」
対してモイセンスはニコニコしながら俺の無事を本当に喜んでいるように言ってきた。
「お2人とも急にお呼びしてすいません。来ていただいてありがとうございます。どうぞ座ってください。」
俺はソファを勧めて、2人はソファの長椅子の両端に座って俺は対面に座り俺の隣には当たり前のようにクロ助が寝転んだ。
イグナシオは1人で来たが、モイセンスは俺が呼んだテレーシアと来ていてテレーシアは俺に会釈してモイセンスの座る後ろに立った。
「テレーシアさんもソファに座って下さい。」
「いえ、私は・・・」
「話が長くなると思いますので。」
「は、はぁ。・・・では、失礼します。」
テレーシアはアニタが持ってきた1人掛け用の簡易椅子をモイセンスの斜め後ろに置いて座った。
そしてアニタがテキパキとイグナシオとモイセンスの前にお茶を出し終わると俺は口を開いた。
「お忙しい中で来ていただいてありがとうございます。」
「いやいや、勇者様がお呼びとあらば喜んで来させていただきますよ。」
「私もです。勇者様の突然の手紙に驚きましたが、なにかお困りのことがあると思ってまいりました。」
モイセンスがにこやかに言ってきてくれて、イグナシオも当たり障りのない感じで言ってくる。
「討伐の旅はなかなか面白いです。町の様子を見れて美味しいものもいただけて、魔物を倒したら人々がとても喜んでくれて嬉しいですね。」
「そうでしょう。勇者様の世界には魔物はいませんから魔物を倒すのは苦労してませんかな?」
「見たことないので最初は戸惑いました。」
モイセンスの問いにそう答えたら部屋の隅でレックスが嘘つけという顔をした。
失礼な。この世界に来た最初の頃は本物のスライムだと戸惑ったから嘘は言っていない。
「ここにお2人を呼んだのはある話があってお呼びしたんです。おっと、その前に失礼します。」
俺はわざと部屋をチラッと見回す仕草をした。
「・・・はい、今部屋全体に隠蔽魔法をかけました。これからここで話す内容は外に一切漏れることはありません。」
「「!?」」
2人とテレーシアは目を見開いた。
もちろん、俺は部屋を見回さなくても隠蔽魔法をかけられるのだが、俺がかけたというパフォーマンスが必要だったからやったのだ。
「い、隠蔽魔法を部屋全体に!?さすが勇者様、隠蔽魔法にそんな使い方があったんですな。」
「この世界の方たちはステータスを隠すのにしか使ってないようですごくもったいない使い方だと思いますよ。」
「・・・外に漏れないようにされたということは、それほどの話なのですか?」
イグナシオは訝しげに聞いてきた。
「俺は今日、あなた方にある話をしたくてお呼びしたのです。」
「ある話・・・ですかな?」
さすがのモイセンスも訝しげな顔をしてきた。
「それは手紙にあった魔物の話ではなく?」
「それも関係しています。お2人は正体不明の魔物の話を聞きましたか?」
「ええ。国内各地に出没しているという人間のような形をした黒い魔物だと聞きました。」
「私も同じことを聞きました。家畜など被害が出てるとか。」
「そうです。その魔物なのですが、どうやら宰相はその魔物の話を利用してグラスタッズ王国の仕業としようとしているようなんです。」
「「は!?」」
「俺はたまたまその話を王城を歩いている時に宰相が話しているのを聞いてしまったんです。俺もまさかと思い、誰にも言わずにいました。ですが旅に出てみると町では正体不明の魔物はグラスタッズ王国の仕業だとの噂がちらほら聞こえてきたのです。」
「まさかそんな・・・。」
イグナシオは信じられないという感じで呟いた。
宰相が魔物を利用してグラスタッズ王国の仕業と仕向けたのは明らかに国際問題だ。
まあ、宰相バルドロはまだ噂を流していないし町でそんな噂流れていないが、時間の問題だろう。
「なんということだ!それではグラスタッズ王国との関係がますます悪化してしまう!」
モイセンスは頭を抱えた。
そこに俺は更なる話をする。
「宰相は悪化が目的だと言ってました。そして・・・戦争を起こすとも。」
「「!!??」」
2人も、黙って聞いていたテレーシアも顔を真っ青にさせて絶句した。
「俺もびっくりしましたが・・・この内容をベラベラ話すことをなおさらためらわれて今まで言えませんでした。」
「・・・言われてみれば・・・最近、宰相様は忙しくされているし、騎士団の調整に武器防具の整備を聞かれた。」
「・・・まさか。魔術士団にも来ているか?テレーシア。」
「は、はい。・・・魔術士団の調整に攻撃威力の高い魔道具の量産の要請がありました。」
イグナシオが心当たりがあることを言えばモイセンスに促されたテレーシアも心当たりがあることを言う。
「では・・・本当に宰相様は戦争を起こそうとしているのか!?馬鹿な!?なぜ?」
「そこまでは俺にはわかりません。が、団長のお2人は戦争をどうお考えです?」
俺がイグナシオとモイセンスに聞くと2人は揃って苦い顔をした。
「戦争など反対だ。そんなことをして失われるのは多くの兵士たちに騎士たちや民たちだ。」
「私も反対だ。命も大事だし争うなど愚か者がするものだ。」
うん。
そう2人なら言うと思った。
「俺も戦争は反対です。俺は戦争経験者ではないのですが、俺のいた国は約70年前にやってましてその悲惨さは語り継がれてますから。」
それでも今なお俺のいた世界では戦争がどこかで起こっている。
文明がここより進んで便利になっている癖に戦争すら終わらせられない。
まあ、今俺のいた世界のことはどうでもいいか。
「・・・因みに、今戦争が起きたとしてこの国はグラスタッズ王国に勝てる戦力があるのですか?」
「・・・・・・いや、ない。」
イグナシオは悔しそうに返事してきた。
「グラスタッズ王国の規模やおおよその軍事力で考えると、単純に騎士兵士の数ならグラスタッズ王国の方がはるかに多いくらいだろう。こちらはこの国のみの魔術士団があるからそれらを合わせて戦力は足りるかどうか。だが、あちらには・・・。」
イグナシオは俺を見て口をつぐんだ。
「勇者がいるんですよね?」
「「!?」」
俺の言葉にイグナシオとモイセンスは驚いた顔をした。
「ああ、俺はまったく気にしてませんから言っていただいて大丈夫ですよ。勇者がいることは知ってましたし。」
「知っていた?」
「まあ、いろいろありましてね。」
この国に召喚される前から勇者がいることは知ってたが、それを説明するとなると面倒なので適当に濁した。
今はそれより話を進めたい。
「お2人は勇者の戦力はどうお考えです?もし戦争になっとすると勇者が出てくる可能性はあると思いますか?」
「勇者様はかつて魔王と戦い打ち勝った戦力そのままを持っているという噂と最近まったく噂を聞かないので戦力は落ちたのではないかという噂が飛び交ってます。恐らく陛下と宰相様は戦力が落ちた噂の方を信じているのではないかと。」
「勇者様は基本的に政治に関わることはないそうですが、戦争となると多くの人々が犠牲になることを恐れて戦力に加わる可能性は高いでしょう。グラスタッズ王国の国王陛下と仲が良く愛国心もあるそうですから、陛下に頼まれて出てくるという感じかもしれません。」
なるほど。勇者が弱くなった噂をフェリペもバルドロも信じているから戦争をしようだなんて思えるんだろうな。
いや、バルドロがあえてフェリペに弱い噂だけを聞かせているんだろうな。
「なんということを考えているんだ宰相様は・・・!今すぐ宰相様に戦争なんて止めろと言いに行かなければなるまい。」
イグナシオは力強く立ち上がった。
「おっと待ってください。騎士団長、落ち着いて下さい。」
「いや、これが落ち着いてられるか!」
「ですがこれはチャンスなんですよ。いいんですか?このチャンスを逃して?」
「は?チャンス?」
「ええ、あなた方がずっと機会をうかがっていたクーデターのチャンスですよ。」
俺がニヤリと笑うとイグナシオとモイセンスが固まった。




