326、悪魔は王女とお茶会をする
前半主人公視点で、後半三人称視点です。
燦々と降り注ぐ太陽に真っ白な雲が浮かぶ青い空。
青々とした木々が爽やかな風に揺れて色とりどりの花々が視界を楽しませている。
俺はまったく楽しくないが。
中庭に置かれたテーブルの上に様々な御菓子が並べられているがそれに手をつけずにお茶を飲む俺の目の前にはモンフェーラ国の王女エスメラルダが座っていて優雅にお菓子を摘まんでいる。
水色のゆるふわの髪をなびかせて黄色の豪華なドレスを着ている姿は美少女なだけにものすごく絵にはなるが、いかんせん俺はドキドキすらしない。
「なに?せっかくわたくしが誘ってあげたのにつまらなそうな顔ね。」
エスメラルダはふんと鼻をならしてそう言ってきた。
そう。翌日に旅に出るという日に、それまでまったく接触すらしてこなかったエスメラルダがお茶を誘ってきたのだ。
しかもエスメラルダと俺の2人っきりでだ。
といっても、エスメラルダの専属侍女がいるし彼女の護衛もメイドも料理人もわんさかいるのだが。
こっちはヘルマンただ1人だけだ。
こっちはゆったり過ごしたかったのに城で断る訳にはいかず渋々受けた。
まあ、知り合うチャンスもなかったのだからいい機会と思えばいいかと思っていたが、仮病で断ればよかったと後悔した。
というのも・・・。
メイドが震えながらお茶を入れる。
それをエスメラルダの前に出すとエスメラルダは一口飲んで「緩いし薄い」と冷たい顔でメイドの側の地面にわざと撒く。
「ひっ!・・・も、申し訳ありません!!」
メイドは真っ青になって頭を下げると専属侍女が下がるように指示をして、別のメイドがお茶を入れ直す。
また、あるクッキーを見て「貧相な見た目が嫌」と言ってそれを皿ごとテーブルからぶちまけ、それを作ったであろう料理人が涙目で謝りながら地面に散らばったクッキーを片付けて、他の料理人が別のお菓子を用意する。
それがさっきから続いているのだ。
どんな人でも辟易するだろ、こんなお茶会・・・。
あまりにしんどいお茶会に俺は笑顔がひくついてもしょうがないと思う。
まあ、今は王女とのお茶会ということで着飾って勇者らしく髪を上げて口元だけ緩めているから、いつもの笑顔ではないからボロが出るんだが。
「そんなことありません。王女殿下とご一緒している幸福を噛みしめているところです。」
気を取り直してそう言って笑うと、エスメラルダはなぜか少し不機嫌になった。
「そんなの当たり前よ。わたくしとお茶会だなんて、平々凡々のあなたにはこれ以上ない幸運なことよ。足りなそうなその記憶力に刻み付けなさい。」
そう言ってお茶を入れたメイドを睨む。
「苦い。うちのメイドはろくにお茶も入れれないの?」
「も、申し訳ありません!!」
「本当、わたくしの周りには頭の足りない者たちばかりで疲れるわ。」
はあっとため息を吐いてバシャッとお茶をメイドにかけた。
「!?・・・も、申し訳・・・。」
メイドは頭を下げて涙を流した。
「なあに?泣いたの?これくらいで?はっ、見苦しいわ。ヘレン。」
エスメラルダが専属侍女にチラッと目配せすると、ヘレンと呼ばれた専属侍女は泣くメイドを下がらせた。
泣いたメイドは一礼すると立ち去っていった。
・・・さっきからなにを見せられているんだろう俺は。
空気がめちゃくちゃ悪いので、とりあえずなにか話すことにした。
「・・・殿下はなぜ、お茶会に俺を誘って下さったんです?てっきり俺は殿下に無いものとされているとばかり思っていたものでして。」
エスメラルダは俺のお披露目以降ほとんど姿を見ることはなかった。
見たとしても俺が城の中をウロウロしている時に遥か前方を歩いていたのをチラッと見たのが数回程度で、こっちから声をかけるほどの関係でも物理的な距離もあったし面倒で気付かないフリをしたりしていたんだが。
「ちょっと・・・噂を聞いたものだから。」
「噂ですか?」
「なんでも覚醒した?とかいう意味のわからない噂よ。あなたが城で習っていた時に散々だったのは聞いていたしチラッと見たことがあったから知っていただけに、覚醒してどうなったか旅に出る前に見ておいてあげようと思ったのよ。」
おや、エスメラルダは俺が習っている時のをどこかで見たことがあったのか。
まあ、俺もいつもサーチを使っているわけじゃないから気付かないのは仕方ないとして、我が儘王女のエスメラルダならすぐ興味をなくして忘れてそうなことなのに。
っていうか、覚醒したというのがわからないならどうやって見ておくつもりだったんだ?
「そうですか・・・。それで、どうですか俺は?」
「・・・さあ。貧相なのも鈍感さもなにも変わらないようにしか見えないわ。」
貧相は前に言われたけど、鈍感とは・・・。
「分かりにくくて申し訳ありません。全体的な能力が上がりまして、特に魔法は簡単にできるようになりました。」
そう言って俺が指をくいっと曲げると、風魔法で俺が飲んでいたカップとソーサーが浮かび上がりふわりと移動してワゴンの近くで待機していた新たなメイドの前でピタリと止まった。
無詠唱で魔法を使うのに指をくいっとさせる必要はないけど、まあ俺が使っているとアピールのためにやってみただけだ。
「おかわりをいただけますか?」
「は、はい!」
メイドはとんでもなく驚きつつ、両手でカップとソーサーを持ったので魔法を解除した。
「・・・む、無詠唱・・・。」
エスメラルダが目を丸くして呟いた。
ここでも魔法より無詠唱に驚かれたかと俺は苦笑した。
メイドはお茶を注いでくれて、飲んでみたが・・・うん、俺にはうまいと思うんだがなあ。
「あなたができるようになったというのは今のでなんとなくわかったわ。まあ、もう会うこともないでしょうからわたくしとの思い出をしっかり頭に刻み付けておくがいいわ。」
「え?お言葉ですが、恐らく会うことはあるかと思いますよ。」
「は?なんでよ?」
「ちょくちょく帰ってくるつもりで部屋を残してもらうように交渉しましたので。希望としては週1くらいで帰ってきたいですね。そうしたら殿下と城で会うこともあるかと思われます。」
「意味がわからないわ。なんで帰ってくるの?」
「すごく快適なので。」
俺があっけらかんと言うとエスメラルダは残念な奴を見る目で見てきた。
・・・まあ、俺が部屋を残してもらうのはそれだけではないんだけどな。
それはそうと、もうそろそろお開きにしてくれないかな?
明日旅に出る準備はアニタに任せてるし、とはいえ俺のアイテムに食料やらテントやら生活用品などあるから手ぶらで放り出されても問題ないんだが、なんか精神的に疲れてきてさっさと部屋に戻って明日からのためゆっくりしたいんだけどなあ。
そう思っていると。
「姉上~!」
ダニエルがパタパタとこっちに走ってくるのが見えた。
走ってくるダニエルの後ろには慌ててメイドさんや護衛たちもついてきている。
エスメラルダはチラッとダニエルを見ると少しだけ眉を潜めて、さっと傍らに置いていた扇子を取って口の前に広げた。
「やっぱりここにいたんですね!お部屋に伺ったらいなかったので探しました。あ、勇者様!こんにちわ!」
「これはダニエル殿下。こんにちわ。」
俺は立ち上がって一礼すると「勇者様なんだからそんなのしなくていいですよ!」と言われてしまった。
ニコニコしているダニエルに対して、エスメラルダは不自然なほどそっぽを向いている。
「お茶会をしているのですね。よかったら姉上、僕もご一緒していいですか?」
「嫌よ。」
間髪入れずにエスメラルダは拒否した。
「あの、人気のお菓子も持ってきたのです。姉上が好きと聞いて取り寄せて、お部屋に伺ったんですけど・・・。」
「メイドの子供の触ったお菓子なんていらないわ。」
「ぼ、僕が触ったのは箱だけですので・・・。」
「いらないって言ってるでしょう?それにあのお菓子、もう飽きて食べたくないのよね。」
「それは・・・すいませんでした・・・。」
ダニエルはしゅんとして俯いてしまった。
「ちょっと、自分かわいそうアピールしないでくれる?空気が悪くなるからどっか行ってくれないかしら?」
いや、その前から空気は悪い。
俺は心の中でツッコミながら静かに見守った。
ダニエルは傷ついた顔をして一礼すると踵を返して去っていった。
・・・どうやらダニエルは仲良くしたいようだが、エスメラルダが嫌がっているようだ。
と思ってチラッとエスメラルダを見ると・・・。
エスメラルダはダニエルの去っていく背中を見つめて苦しそうな顔をしていた。
それからしばらくして、エスメラルダの「気分が悪くなったからお開きにしてあげる」という一言でお茶会は終わった。
中庭から城へ引き上げていくエスメラルダにヘレンはそっと囁いた。
「勇者様はどうお見えになりました?」
「・・・わざと不自然なほど目の前でメイドを苛めていたのに、顔色ひとつ変えなかったわ。メイドがかわいそうとか、わたくしに怒りすら浮かんでいなかった目をしていたわ。」
「お菓子に手をつけられませんでしたね。」
「勇者様のにはわざと不味いものを差し出したのよね?」
「はい。ですが、まったく手を付けずお茶だけをお飲みになりました。」
「食べてどうするか反応を見ようとしたのに・・・。それとメイド苛めを見てどう出るかと思ったのだけど、予想外過ぎて判断できないわね。」
「はい。なんと言いましょうか・・・勇者様はずっと微笑んでらしたのに、まったく興味のない無表情なものになぜか見えました。」
「あなたも?友人となったというダニエルを私が罵ったのになんでもない顔をしていたわ。・・・アレは鈍感と判断しましょう。じゃなかったら・・・狂人と言われてもおかしくないほどの無関心ぶりだったわ。」
エスメラルダは持っていた扇子を握りしめた。
「お父様はとんでもないものを召喚したかもしれないわ。」
エスメラルダはただの我が儘王女様じゃありません。




