324、悪魔は王妃の部屋に侵入する
旅に出ることにした翌日。
俺は護衛のエドガーと城の中をウロウロすることにした。
「あの、勇者様。」
ムキムキマッチョの天使が某番組のように反り立つ壁を登っているというおかしな壁紙が張られている廊下を歩いていると、後ろからエドガーが声をかけてきた。
「どうしました?エドガー。壁紙のことなら気にするなとしか言えませんよ。」
「いえ、壁紙は見ないようにしてますので大丈夫です。そうではなくてですね・・・」
おや、エドガーは見ない選択肢にいったのか。
まあ確かに、見たらなんとか解読しようとして頭がこんがらがりそうなコンセプトしかない壁紙だからな。賢明だ。
「勇者様、聞いてます?私が聞きたかったのは、私が護衛の時はやけに城の中を歩かれることが多くありませんか?ということを聞きたかったのですが・・・。」
「どうして聞こうと思われたんです?」
「私はてっきりレックスとヘルマンの時も毎日城を歩かれてるものと思ってましたから、ふとつまらなくなっておられないかと思って先日レックスとヘルマンに聞いてみたら2人の時はあまり部屋から出ないと聞いたのでおかしいなと思ったものですから・・・。」
俺はそろそろエドガーが聞いてくるかもなと思っていたのでニコリと笑った。
「ふふ、気付かれましたか。」
俺はエドガーが護衛の日にわざと城の中をウロウロするようにしていたのだ。
中庭でのダニエル王子の遭遇は想定外だったが、魔術士団の塔の内部の様子や団長モイセンス、それにモイセンスの息子ルーベンスのことはエドガーが護衛の時に見聞きするつもりだったので、その話題が出るまで俺は魔術士団に通い続けたしエドガーの護衛の時には必ず行くようにはしていた。
「!?・・・やはりわざとされていたということですか?なぜ、私の護衛の時は城を歩かれるのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「・・・それはこの後行くところが終わったら話しましょうか。」
「え?・・・行くところ?勇者様、今日は目的地があるのですか?」
「ええ。とても面白いものが見れると思いますよ。」
俺は含み笑いをしながらあるきだしたら、エドガーは訝しげな顔をしつつも後ろからついてきた。
そしてすいすいと迷いなく目的地に向かっているとエドガーは次第に困惑した顔になった。
「え、え?ゆ、勇者様・・・!この先は王族方の私室がある部屋ですから、許可がないと行けませんよ!」
俺が進んでいる廊下の先には見張りの騎士2人が廊下の両脇に立っていて周囲に目を光らせていた。
騎士の後ろには観音開きの廊下の大きさと同じ扉があって、それは開いていた。
俺はエドガーの言葉を無視して進み、騎士たちに止められることもなく開いた扉をくぐった。
「は!?え!?」
エドガーはぽかんとして固まったがすぐにハッとして俺について扉をくぐった。
「な、なぜ・・・?」
「なんで俺とエドガーは止められなかったか。騎士たちには俺たちの姿が見えなくて声も聞こえなかったから止められなかったのですよ。」
「・・・・・・は?」
またエドガーはぽかんとした。
「うーん、いちいち説明するのにも飽きましたが仕方ないですね。俺とエドガーは隠蔽魔法で存在と声を隠蔽したから通れたんですよ。このように。」
俺はそう言ってエドガーからも存在の隠蔽をした。
「!!??ゆ、勇者様が消えた!!」
突然俺が目の前でパッと消えてエドガーがめちゃくちゃ驚いていた。
俺はすぐにエドガーにだけ見えるようにしたらエドガーはホッとしつつ驚きを隠せていなかった。
「す、すごい。こんな使い方があるなんて・・・。」
「この使い方なら色んなところに侵入し放題ですから何気にオススメですよ。ただ、ドアの開け閉めに気を付けないといけませんけどね。」
ひとりでにドアが開いたり閉まったりになるのでもし見られたら幽霊騒ぎになってしまうからな。
それを説明したらエドガーはなるほどと納得していた。
「今のところよっぽど感覚が鋭い人じゃないとバレないはずですよ。」
トリズデン王国でレフィとその兄の警備兵長エジテスにほんのりバレたくらいだ。
暗殺者の血筋だから感覚が鋭いんだろうが、そうそうあんなに感覚が鋭い人はいないはずだ。
・・・アニタは暗殺者エリートだからバレるかもしれないな。
「俺もやられたことがありますが、まったくわからなくて危うく殺されるところでした。」
「ええっ!?」
ヴェネリーグ王国で俺がテスターだとバレた時にじいさんに殺されかけた時はまったくわからなかったな。
またじいさんに殺されかけないためにも対策を考えといた方がいいだろうか?
「こ、殺されかけるって・・・ご、ご冗談を。」
エドガーはひきつった笑顔でそう言ってきた。
・・・まあ、召喚されてまだ2ヶ月くらいしか経ってない俺が殺されかけるなんてことはなかったことは護衛をしているエドガーはわかってることだし、もしエドガーが護衛じゃない時にそんなことが起こったらヘルマンとレックスと情報共有がされるはずだからないと思って、だから俺が冗談を言っていると思ったのだろう。
「まあ、とにかく隠蔽魔法でこのまま目的地に向かいますよ。」
俺は再び歩きだして、エドガーが慌ててついてきた。
サーチを参考に王族の私室のある廊下を進んで、ある部屋で立ち止まった。
「・・・え?こ、この部屋ですか?」
「ええ。この部屋なんですが・・・困りましたね。ドアが閉まってて中の様子がわかりませんね。」
ある部屋の前に来たのはいいが、その部屋は大きなドアが閉じていてドアの前には護衛騎士が2人立っていた。
これでは開けたら普通に幽霊騒ぎになってしまうな。
サーチで見ると部屋の中には目的の2人に、部屋の隅にメイドが2人立っているのがわかった。
ふむ、前にじいさんの別荘に侵入した時に近くでボヤを出して騒ぎに紛れて侵入したが・・・それをやるか?
いや、王族の私室があるこの廊下でやったらものすごく大事になりそうだからやめた方がいいか。
・・・しょうがない。レギオンに頼むか。
俺はエドガーにも聞こえないように声に隠蔽魔法をかけて足元の影にいるであろうレギオンに話しかけた。
「レギオン、部屋の隅にいるメイドのワゴンのお茶をこぼして下さい。」
「・・・了解した。」
多分いるだろうくらいにしか思ってなかったのに本当にいた・・・。
そしてレギオンはどうやら見えない状態になって壁をすり抜け、部屋の隅にいるメイドの横のワゴンを揺らしてポットのお茶をこぼさせたようだ。
カシャンという音がかすかに聞こえて、すぐに部屋の中からバタバタという音と「申し訳ございません!」と聞こえてきた。
そしてドアが開け放たれてワゴンを引いたメイドがすぐさまどこかに去っていった。
俺はそれを見届けて声をエドガーに聞こえるようにした。
「なにかあったみたいでちょうどドアが開きましたね。中に入りますよ。」
「え、は、はあ。」
エドガーは戸惑いながら俺について部屋に入ってきた。
そして部屋の中にいた人物2人にエドガーは目を丸くした。
「・・・は?第二王妃殿下の部屋になぜ、宰相様が?」
俺が入った部屋は国王フェリペの第二王妃で王子ダニエルの母親のアメーリア・モンフェーラの部屋で、一緒にいたのはバルドロだった。
アメーリア30代前半くらいで白茶色の長い髪を結い上げ派手な髪飾りを着けていて切れ長の青目の、見るからにキツそうな性格をしていそうな顔をしていて、金と青の豪華なドレスを着ていた。
「最近のメイドは気が抜けてるようね。メイド長に言って気を引き締めさせないといけないわ。」
アメーリアは扇子を口元に当てて部屋の隅に残ったメイドをギロリと睨んで、メイドはビクッと震えた。
アメーリアの目は人を見下すような冷たいものだ。
「まあまあ殿下。メイドは若いからしょうがないではないですか。」
バルドロはやれやれという感じで微笑む。
バルドロはアメーリアの座るソファの隣に座っている。
通常はソファの向かいに座るものだが、バルドロは当たり前のように隣に座っていてアメーリアもまったく気にしていない。
エドガーはそれに気づいたようで困惑しながら2人を見つめていた。
「まったく、私は未来の国母になるというのにメイドは腑抜けばかり、貴族たちだって私のことを面白おかしく言っているじゃないの。」
「メイドたちはともかく、貴族たちは・・・血筋か家しか見てないからでしょうね。」
「私は確かに子爵家の三女という身分よ。でも今はこの国の第二王妃なのよ。例え豚に気晴らしをされて身籠ったとしても男子を生んであげたのよ?もっと私は敬われるべきだわ。」
豚に・・・って、恐らくフェリペのことだろう。
まあ、メタボな体だしな。
「あんな豚相手でも子供ができたら子供は王族になるわけだから、私は生んでやってその代わりに第二王妃にしろと迫って第二王妃になれたのと豚の相手をもうしなくていいのだけが救いね。あの豚は王女をかわいがるだけで第一王妃のあの女すら見向きもしないようだしね。」
豚、豚とすごいな。
しかも第一王妃をあの女呼ばわりするなんて、恐らく貴族の噂でなにかと比較されるから勝手に目の敵にしてるっぽいな。
「あの愚王が王女殿下を溺愛されているのは娘だからかわいいのでしょう。私も娘がいますからわかりますよ。」
「はあ・・・、まあ、私はあの豚が例の「計画」で死んでくれたら今なにをやっていようがどうでもいいのだけど。」
「「計画」?死ぬとはどういうことだ・・・?」
エドガーは驚いてそう呟き、真剣な目をしてアメーリアとバルドロの会話に耳を傾けているようだ。
ふふふ、ここからだ。
ここからの会話をエドガーに聞かせたかったんだ。
俺はエドガーの様子を見てニヤリと笑った。




