316、悪魔は王城を散策する
オベロンと茶飲み話をした翌日。
いつものように朝食をとってラミロの会話を軽くあしらって、今日は王城を散策することにして、うろついてても不審に思われない程度にこざっぱりした服に着替えた。
クロ助は部屋で日向ぼっこしたいようで留守番となりアニタも部屋に残って、エドガーが護衛としてついてくることになった。
今日はヘルマンは休みのために今日の護衛はエドガーだ。
「エドガー、王城内をろくに散策したことがないのでどこになにがあるのかわからないのですが、あなたはわかりますか?」
サーチで王城内のどこにどんな部屋があるかなんてすでにわかっているが、エドガーが護衛でいるためになにも知らないフリをして散策しないといけない。
「はい。おまかせください。」
エドガーはニコッとそう頼もしく言ってくれた。
まあ、スパイだから王城内の各部屋について把握していて当然か。
そして部屋を出てとりあえずあてもなくウロウロすることにした。
さすがに部屋をひとつひとつ訪ねていくということはせずに廊下を歩いていて、ドアが開いているところで無人の部屋はちょっとだけ覗かせてもらったり窓からの景色を見たりした。
ちょくちょくすれ違う騎士やメイドたちがいたが、護衛騎士と一緒にいる俺を誰だろうと見て、あ、勇者様だと気づいて慌てて礼をしてくる者が多くて苦笑してしまった。
それほど俺が王城内を散策しているのが予想外だったみたいだ。
「ふふ、皆俺を見て驚いてますね。」
「一応、勇者様は覚醒後に体調を崩されて静養中となっておりますから。」
俺がいつまでも討伐の旅に出ないので、貴族に文句を言われないために「勇者様は覚醒後に膨大な魔力に体が追い付かず体調を崩している」という噂を宰相が流しているのだ。
それをどうやら王城内の者も聞いているようで、それで俺を見て驚いていたのだ。
王城は首都の中心地にあり、王城と首都とは分厚くて高い城壁で仕切られている。
建物は王城の左右に大きな5階建ての塔がそびえ建っていて、城と渡り廊下で繋がっている。
左の塔(王城は南を向いているので方角としては東になる)は魔術士団の建物で右の塔(方角としては西となる)は騎士団の建物となっていて、王城の正面の他に各塔から首都に繋がる門があって、俺が宰相の許可をとって城から抜け出した時はいずれも騎士団の建物である右の塔から出入りしていた。
王城は7階建てで5階は謁見の間や会議室があって6階から上は王族の居住スペースとなっていて王族の許可がないと立ち入れない。
当然俺が散策で行ける訳もなかったが、そもそも国王フェリペと鉢合わせたくもなかっので行くつもりもない。
因みに俺が滞在している部屋は4階の奥の方で、俺が召喚された広間は5階にあった。
俺は5階から下階へウロウロしてみて、無人の部屋は覗かせてもらったりして散策をそれなりに楽しんだ。
建物の彩飾は柱やシャンデリアなどは品があってよかったが、それより目立つのは変に派手な天使の壁紙がいたる壁に描かれていて正直、悪趣味な感じはする。
が、慣れればそれなりに・・・いや、やっぱり悪趣味だな。
コンセプトがわからん。
「はあ・・・こっちの天使はバラを海に撒き散らしていて、あっちの天使は山の頂上で小躍りしてますよ。なんなんですかこの独特な壁紙は。」
「噂では陛下の夢に出てきたものを絵師に描かせたらしいですよ。」
どんな夢を見るのは勝手だが、それを壁紙に描かすか・・・?
権力者の考えてることはわからないな・・・。
「あっちの壁紙では羊が蟹と海老を獲っていますよ。」
天使でもなくなった。
「うん・・・。目が急激に疲れました。どこか緑の多いところで休憩したいです。」
「それなら中庭に行かれてはどうですか?すごく広くてテーブル席や阿室があるので休憩できますよ。」
中庭か・・・。前を通ることはあったけど行ったことはなかったな。
「そうですね。そこでちょっと休憩しましょう。」
俺たちは1階に降りて中庭に向かった。
中庭はとんでもなく広くて、奥に広大なバラ園があり池や小川、ちょっとした丘がある原っぱまであった。
各場所にテーブル席が設置されているそうで、バラ園には阿室があるとのことでそこに向かうことにした。が・・・。
なんとなく中庭全体にサーチをかけてみたら思わぬ人物が原っぱのテーブル席にいるのがわかった。
うーん、挨拶した方がいいのか、どうするか・・・。
気づかぬフリしてもいいんだが・・・。
ちょっと悩んでいたら、原っぱの方向からメイドがこちらに近づいてくるのが見えた。
「勇者様、ダニエル殿下がお呼びでございます。」
メイドは丁寧に一礼してきてそう用件を伝えてきた。
原っぱのテーブル席にいたのはそう、ダニエル殿下だ。
お披露目の時に一応友達ということになって以来会うのだが、社交辞令で言ってきたのかわからなかったのでそれもあって挨拶に悩んでいたのだが・・・。
まあ、呼んでるってことは挨拶に行かないといけないわな。
「わかりました。」
俺はメイドについてダニエル殿下のいる原っぱに向かった。
原っぱはきれいに揃えられた芝生が広がっていて、いたるところにかわいらしい小花も咲いていて日陰になるように大きな樹木が等間隔に生えている。
その樹木の下に豪華なテーブル席があり、テーブルの上には様々なお菓子が並べられていてダニエルともう一人、女の子がそれぞれイスに座っておしゃべりをしていて、給仕をしている執事とメイド数人と護衛騎士数人が控えていた。
「あ!勇者様!」
ダニエルはお披露目の時に会った無邪気な笑顔は変わらずこちらに手を振ってきた。
ダニエルの視線につられて女の子も俺を見てくる。
女の子はダニエルと同世代10~12歳くらいの黒の長髪をツインテールにしてリボンを着けていて、睫毛の長い大きな青い目が少し吊り上がっている美少女で、フリルのたくさんついた水色のドレスを着ていてどうやら貴族のようだ。
「こんにちわ、ダニエル殿下。お披露目以来ですね。」
勇ましい顔で口元だけで笑って一礼するとダニエルは嬉しそうに「はい!お久しぶりですね!」と言ってきてくれた。
その間も女の子は俺を品定めするようにジロジロ見てきた。
俺は素早く鑑定して、その内容に納得した。
「勇者様!紹介しますね。この子は僕の許嫁でキアルージ公爵令嬢のマーガレットです。」
「初めまして。マーガレット・キアルージと申しますわ。」
女の子、マーガレットはダニエルに紹介されてニコッと微笑んで一礼してきた。
「初めまして、ユウジン・アクライと申します。異世界から来まして勇者をしています。」
紹介されたのでこっちからも自己紹介したのだが、マーガレットは微笑んではいても明らかに興味ないという目をしていた。
ダニエルの許嫁マーガレット・キアルージ、ね。
キアルージと言えば宰相バルドロ・キアルージと同じ名字だ。
「勇者様、マーガレットはこの国の宰相の娘なんです。」
ダニエルが教えてくれたが、俺はすでに鑑定魔法をかけていたのですぐにわかった。
だが、俺は知らんぷりをして「へえ!そうなんですか。」と少し驚いてみせた。
それにしても・・・この国の王位継承権を唯一持つ王子にすでに許嫁がいて、それが宰相の娘だなんて・・・明らかにキナ臭い。
お披露目の時に貴族が話していた「例の家」というのはキアルージ家のことで、宰相のことを恐ろしいと指していたのだろう。
まあ、確かに暗殺者の部下を何人も部下にしているようだし、アネットの毒の件があるからまだまだなにかしろありそうな感じは思いっきり感じてはいるが。
「今お茶していたところだったんです。よかったら勇者様も参加していきませんか?」
ダニエルの提案にマーガレットが明らかに嫌そうな顔をした。
許嫁同士ゆっくりおしゃべりを楽しみたかったんだろう。
「え、いえいえ、お2人のお邪魔をするわけにはいきませんので・・・。」
「邪魔だなんてとんでもない!ちょうど勇者様の話をしていたところだったんです。この間、討伐訓練に行かれて強くなったと聞きました!その話を聞かせてください!!」
そう言ってダニエルはずいっと空いている席を促してきて、それでも断ろうかとダニエルを見ると期待に満ち溢れたキラキラした目で見てきて、これは逃げられないなと俺は早々に諦めて「・・・では、お邪魔します。」と座った。
突然の俺の参加にも関わらずメイドと執事はテキパキと紅茶とお菓子を出してきてくれた。
「ちょっと!このお茶ぬるいんだけど。」
明らかにご機嫌ななめになったマーガレットはメイドに八つ当たりをしていて、メイドは慌ててお茶を入れ替えていた。
おかげで場がちょっとピリつくような空気になってしまった。
「勇者様!討伐訓練のことを聞かせてください!なにがあったんですか!?」
そんな中でもダニエルは討伐訓練のことを聞いてきた。
この空気でよく聞いてくるなおい。
ダニエルは空気が読めないんだろうか?
まあ・・・男は自分の興味のあることになると突っ走るもんだし、子供だからそれが余計に顕著に出ているんだろう。
俺としてもたまには違う人たちと話すというのも面白いし、勇者に好意的なダニエルとは話してみたかったしな。
こうして俺はダニエルとマーガレットとお茶することとなった。




