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299、悪魔はブレンダに囁く

一瞬にしてブレンダの入っている牢の前に移動した。


「うぅ・・・うぅ・・・!」


ブレンダは床に突っ伏して泣き崩れ、嗚咽を漏らしていた。

「嘘よ・・・ルーガス・・・!うぅ・・・、嘘よぉ・・・!!」

泣きじゃくり恋人の名を呼ぶブレンダは見るからに哀れに見える。


「・・・残念でしたね、ブレンダ。」

俺が声をかけるとブレンダは涙でぐしゃぐしゃの顔をこちらに向けてきた。


「聞いていただいていたみたいですね。よかったですね、あなたの恋人があんなクソだとわかったみたいで。」

「よ、よくないわよ・・・!うぅ・・・!」


ブレンダの手には魔石が握られていた。

俺が渡した通信の魔石だ。


俺はマスティフに渡していた通信の魔石を罠魔法の移動魔法で手元に戻すとルーガスのいるところに移動する前にブレンダに渡していたのだ。

そしてもうひとつを俺は魔力を込めた状態でずっと隠し持っていて酒場に入り、ルーガスに近づいた。

酒場に入ったところから酒場を出るまでずっと俺の周囲の音や声はブレンダの持つ通信の魔石に届いていたから、ブレンダは酒場でのルーガスの発言をすべて聞こえていて、その内容にショックを受けてブレンダは泣いていたというわけだ。


俺は黙ってブレンダが落ち着くのを待つことにした。

途中で巡回の兵士が来たが、俺とレックスは隠蔽魔法で姿を隠していたしブレンダは幸い状況的に「罪の意識に反省して泣いている」ように見えていたようで兵士はチラッと泣き崩れるブレンダを見ただけで特に声をかけることもなく通り過ぎていった。



ブレンダはしばらく泣くとやっと落ち着いて、涙をぬぐって俺たちに声をかけてきた。

「待たせたみたいでごめんなさい、落ち着いたわ・・・。」

「いえ、あんなことを聞いたのですから取り乱して当然だと思います。」

「ほんと、ひっどいこと聞いちゃったわ。」

ブレンダは床に座ったまま、ため息を吐いた。


「・・・これ、ありがとう。返すわ。」

ブレンダは持っていた通信の魔石を返してくれた。

「ついでに、私の話聞いてくれる?なんか誰かに吐き出したい気持ちなの。」

「俺でよければ。」

俺は笑顔で了承した。


「ルーガスとは、3年前に私が受付しているお店にお客さんとして来たのが最初で、それから通って来てくれて来る度に口説いてきてくれたの。顔がよかったから段々私もいいかなと思えてきて、付き合ってすぐに同棲し始めたの。毎日が楽しくてルーガスのランクもどんどん上がってきて、ランクAになったら結婚式しようって言ってくれた時には本当に嬉しかったわ。幸せだと思ってたの・・・。」

ブレンダは目を細めて少し笑った。

幸せだった頃が頭に浮かんできたのだろう。

「・・・ルーガスっていつもは優しいけど喧嘩した時とかにあんな乱暴な口調になるの。薄々はあれが裏の顔かなとは思ってたけど、抱きしめられて「お前だけだ」って言われたらどうでもよくなって・・・私がルーガスを支えなくちゃって気になってたの。今考えたらそう私が思うように言ってたってことね。」

ブレンダは典型的なダメ男に騙されるタイプなんだろう。

そういうタイプは「この人を支えられるのは私しかいない」と思い込んで散々尽くしてしまうんだと聞いたことがあるな。


「警備兵が私たちを嗅ぎ回ってた時、確かにルーガスはうざそうにしてたわ。それから少しして・・・妙に落ち込んだような顔をして話があるって言ってきて、自分が殺したんだって告白されたの。無理矢理交際を迫られて断ったのに関係があったって言いふらすって脅されてどうこうできなくなって殺してしまったって。それが何回も続いて何回も殺してしまったと、どうしようって泣いてる姿を見たら私は「彼を助けられるのは私しかいない」って思っちゃったの。彼は冒険者として将来有望で、こんなところでつまずいてちゃいけない人で、対して私は平凡な受付をやってるただの地味な女だから私が泥をかぶればいいと思って自供したの。・・・でも、泥どころじゃなくなっちゃったわね。」

ブレンダは長々としゃべって小さくため息を吐いた。


「ほんと・・・私って、最低ね。あんな男を好きになるなんて。口車に乗せられて、ホイホイ罪をかぶって、あげくあんな男の代わりに死ぬなんて・・・。馬鹿みたい。ふふっ」

ブレンダはなにもかも諦めた顔で苦笑した。

「でももう・・・疲れたわ。好きとか嫌いとか、生きるのも・・・なにもかもが疲れたわ。どうせ私の人生なんて、あの男と関わったこと以外は平凡で大したことなかったんだもの。私にはもうなにも残ってない。だから今さら人生を惜しいとは思わないわ。」

ブレンダの言葉はむしろ公開処刑されてさっさとあの男とこの世からおさらばしたいというように聞こえた。



「・・・本当に、それでいいと思ってますか?」


俺は疲れきったブレンダに微笑んだ。

「あなたが公開処刑されてしまっても、ルーガスは反省も感謝もしません。何事もなくこれからも生活して女性に手を出して、笑って生きていくことでしょう。悔しくありませんか?あなたはただみんなの前で公開処刑されるだけで、なにもルーガスに影響を与えないのですよ。それこそ、無駄死にするだけなんですよ。」

俺の言葉にブレンダは驚きの表情をした後にすぐ、苦い顔をした。

「・・・む、無駄死に?・・・い、嫌よ!それじゃあなんのために私が死ぬのかわからないじゃない!」

「そう、無駄死にしたくないですよね。俺もあなたをただ無駄死にさせるにはどうかと思っているんです。」

俺はニヤアと笑ってブレンダに囁いた。


「ルーガスにあなたの苦しみや悲しみや怒りを思い知らせてやりませんか?」



そして俺はブレンダにある魔法をかけてその魔法について話し、ブレンダは了承したので俺は用事はすんだとばかりに帰ることにした。



「すいません、ただいま戻りました。」


移動魔法で部屋に帰ってくるとアニタとクロ助が待っていた。

「ミャー!」

クロ助は寝そべっていたソファから飛び降りるとおかえり!という感じで鳴きながら俺に飛び付いてきた。

俺はクロ助の頭を撫でながら部屋の隅で立っていたアニタに話しかけた。

「少し遅くなってすいません。誰も訪ねて来ませんでしたよね?」

「は、はい。誰も来られませんでした。あ、あの、勇者様、今のは魔法でしょうか?」

今のは、というのは部屋に戻ってきた時に使った移動魔法のことか?

「おや、アニタも見たことないんですか?そんなに珍しい魔法ってことでしょうか、移動魔法って。」

「い、移動魔法!?」

アニタは珍しく声をあげて驚いていた。

やっぱりそれほど珍しいってことなのか。


あれ?そういえばさっきからレックスがしゃべってないなとふと思って後ろにいるレックスを見ると、見るからに顔が真っ青になっていた。

「どうしました?レックス。」

「ほ、ほんと・・・勇者様はおっそろしい性格なのを改めて思いました。」

「ふふ、ありがとうございます。」



翌日、ヘルマンが護衛の日だったが、ヘルマンは朝から疲れたような顔をしていた。

聞けばあれから本当に兵士長のところに直談判しに行ったが門前払いにあったらしい。

それからは警備兵に手当たり次第話しかけたりしたがやはり証拠がないので信じてもらえず、酒に酔った者が言ったことを真に受けた哀れな騎士としてろくに取り合ってもらえなかったようだ。

ヘルマンは諦めきれずに朝の護衛前に男爵邸まで行ったそうだがやはり取り合ってもらえなかったらしい。

そりゃあ、面識のない騎士が突然早朝に貴族の屋敷に行ってすぐに会えるわけがないわな。

公開処刑は明日ということで、今夜も俺の護衛が終わったら兵士長のところに再度行ってみるようで、俺は特に止めることもしなかった。





そして公開処刑当日。


雲ひとつない青空が広がっている首都ランギーアの広場の中央にはステージのように台が設置されていて、その台の中央には数々の極悪人を捌いてきたギロチンが鎮座している。

ギロチンの横には黒い覆面をかぶった筋骨粒々の男が立っていて、どうやら執行人のようだ。

台の周囲には簡素な低い塀が建てられていて街の人たちが塀までつめかけている。

街の人たちはざっと見ただけでも50人ほどいて、公開処刑される極悪人を一目見ようと集まってきたようで、ブレンダの噂を囁きあったり早くしろ!と騒いでいたり様々だ。

集まった街の人たちの中にはルーガスの姿もあって、彼はつめかけている街の人たちとは少しだけ距離をとったところに1人立っていて、悲しげな顔をしてギロチン台を見つめている。



「ふうん。こういう感じなんですねえ。」


俺はルーガスに見つからないように彼から距離をとった後方の、少し遠くだがギロチン台はちゃんと見えるところに立っている。

今日は体調不良ということでラミロに午後からの訓練は中止にしてもらって寝室で寝ていることにして、アニタに留守番をお願いしてヘルマンとレックスとクロ助とで移動魔法で首都に移動して公開処刑の場にやって来た。

ヘルマンは俺の護衛なのでついてきたのだが、レックスは俺がブレンダにかけた魔法が気になるということで一緒について行かせてくれとやって来て、クロ助は前回留守番が暇すぎて絶対に今回はついて来る気満々で服にしがみついてきたので腕に抱えている。


独特の緊張感が場を包み込んでいて人が集まっていることで熱気もあってなんだか言い様のない空気に俺とクロ助は興味津々だが、ヘルマンとレックスはどうやらそうではないようだ。

特にヘルマンは苦々しい顔を隠すこともなくギロチンを睨みつけている。

その顔はまるで今にも飛び出(・・・・・・)しそう(・・・)なほどだ。

そうされると困るんだよなあ。


「ヘルマン、あなたは俺の護衛ですよね?」

俺がニコニコしてヘルマンに話しかけると、ヘルマンはハッとしたような顔をして俺を見てきて慌てて頷いた。

「は、はい。そうですが・・・。」

「だったらこの場で俺の護衛をしていないといけませんね。」

言外に、この場を動くなという意味で言ったのだがそれを察したヘルマンは苦い顔をして俺を見てきた。

この場を動くなということは、公開処刑を妨害するような行動をとるなということを意味している。

それがわからないヘルマンではないだろうから、ヘルマンはなんで止めるんだという思いで苦い顔を俺に向けてきたのだ。


公開処刑の妨害は王侯貴族や庶民関係なく処罰される。

意図してなかった場合は軽いものですむだろうが、意図的に妨害した場合は犯罪奴隷になることだってあるのだ。

ヘルマンの場合は貴族で騎士ということで犯罪奴隷にはならないかもしれないが、ただでさえ昨日から兵士長や男爵・警備兵たちに直談判しに行ったヘルマンは確実に変な目で見られているところに妨害なんて起こしたら最悪騎士団から除名、つまりはクビにされる可能性だってある。


ここでヘルマンが騎士を辞めることになるのは俺としては惜しいと思った。

ヘルマンのような真面目で正義感がある者が騎士としてあるべきだ。


「だからちょっと、我慢して下さいよ。」


ジャラジャラジャラ・・・


ヘルマンの足元から黒い鎖がいくつも伸びてきて、ヘルマンの手足に絡み付いた。

「!?な、なんだっ!?」

ヘルマンは驚いて手足を動かそうとしたが、それより早く鎖が絡み付き、まったく手足を動かせなくなった。

「その鎖はもちろんヘルマン自身も隠蔽魔法で俺たち以外は見えないようにしてます。」

「ゆ、勇者様!?勇者様がこれをやったんですか!?解いてください!」

「解いたら公開処刑の妨害に行くかもしれませんからね。ここにいるように念押ししましたが、苦い顔をしたので保険に拘束させてもらいました。多めに魔力を込めたので、あなたが本気になっても引きちぎることはできないと思いますよ。」

「くっ・・・!」

ヘルマンは悔しそうにギリッと歯をくいしばると手足を動かそうとしばらくもがいていた。



そうしている間に、公開処刑は始まった。



さあ、これから面白くなるぞ・・・。


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