295、悪魔はイグナシオと話す
翌日はヘルマンが休みでレックスが俺の護衛の日だった。
「よろしくお願いいたします勇者様。」
レックス・スコルメは30代前半くらいの青髪に紺の目の端正な顔をしている細マッチョで、いつも気怠げな雰囲気を出していてそれでいてフレンドリーな性格なようで俺の護衛なのに結構話しかけてくる。
一応敬語で話しかけてきているのでそれなりに勇者を敬っているととられているようでアニタは気にしていないようだが、真面目なヘルマンからは「もっと勇者様に敬意を持て」とたまに注意されているようだ。
が、俺としてはかしこまられるよりフレンドリーな方がいいので勝手にレックスに好印象は持っている。
「よろしくお願いします。」
「勇者様、今日は王城を抜けられないのですか?」
レックスはなぜかなにかを期待するような目で俺を見てきた。
「今日は行けませんね。昨日は無理を言って首都に行ったのもありますから、しばらくはいつものように勉強の毎日ですよ。」
「そ、そうですか・・・。」
レックスは見るからにガクンと項垂れた。
「なにかあったんですか?」
「いや、首都に行くのでしたら花街をご案内しようかと思っていたもので・・・。」
そう言った途端にアニタが動揺してカタンと食器を鳴らしていた。
「少しでも気晴らしになるかと思ってなんですが、案内できなくて残念です。」
しゅんとするレックスに俺は曖昧に笑うだけにした。
因みにアニタは少し目の下の隈が濃くなっていて、化粧で隠しているようだが調子が悪いのがなんとなくわかった。
それでも俺の世話は完璧なのでさすがというところか。
朝、朝食を食べ終わったところでラミロがいつものようにやって来て体調など聞かれたが俺はいつものように特に問題なく返答して何事となく終えた。
そしていつも通りに午前中の勉強を終えた。
昼食を挟んで午後からは剣を学ぶために訓練場に移動した。
訓練場は普段は騎士たちに解放されているらしいが、俺が使う時だけは警備上の問題ということで貸しきりになって俺は出入り口に護衛が立つなか騎士団長イグナシオにマンツーマンで教えてもらっている。
今日の護衛はレックスなので彼が出入り口に立ち俺たちの様子を見ていて、イグナシオに教えてもらうようになるということだ。
因みにクロ助は部屋の窓辺で日向ぼっこをして寝ていたので置いてきた。
「今日もよろしくお願いします、騎士団長。」
俺はいつものように腰に木剣をさして一礼した。
最近やっと形になってきたように見せてきたが、今日はどうしようかな。
そんなことを考えていると、イグナシオがじっと見てきているのに気がついた。
「?・・・どうされましたか?騎士団長?」
首を傾げるとイグナシオは口を開いた。
「昨夜、ヘルマンからの報告を聞きました。」
あー、そういえばヘルマンは昨日のことをイグナシオに全部報告したようだな。
ヘルマンの性格なら報告するだろうなと思って一応レギオンに様子を覗かせていたが、本当に全部報告していたとレギオンは言ってきたんだっけ。
「・・・ヘルマンに言ったことは本当ですか?本当は色々な魔法が使えるのですか?」
なるほど、イグナシオは直接話せるこの時間を待っていたのか。
俺はふふっ笑って答えた。
「・・・え?なんのことです?俺は昨日、ヘルマンと首都に行って気になっていた本屋に行って立ち読みして結局本を買わずに戻ってきてしまったんですが。」
「そう言うようにとも言われたとヘルマンは言っていました。」
「言われたもなにも、行ったのです。」
「勇者様が行かれたのは兵士の建物の地下牢ですよね?」
「地下牢?すいませんが俺の世界になかったのでわからないですね。」
まったく表情を変えずニコニコ笑いながら返答する俺にイグナシオは少しイラついた。
「なぜそんな嘘をつかれるんです!?あなたは本当の実力を隠しているのですよね!?」
「本当の実力?俺は毎日精一杯やっているつもりですよ。」
「おかしいと思っていたんです。剣を教えていてそこら辺の素人でもできることがあなたはできなかった。勇者様が剣のない世界から来られたからだと無理矢理納得していましたが、それでも明らかに習得が遅すぎる。本当の実力を隠して下手なフリを今までしていたということではないのですか!?なぜそんなことをされているのですか!?」
イグナシオは話していて段々熱くなって俺に問い詰めるように言ってきた。
なぜ!?と言われても、俺はホイホイ話すほど口は軽くないんだが。
一応話す人はちゃんと選んでいるしなあ。
・・・それにしても・・・。
チラッと出入り口で立ってこっちの様子を見ているレックスに視線を移すと、レックスは俺とイグナシオの会話をまったく驚く様子もなく見てきていた。
ということは、レックスもイグナシオが聞いた内容を知っているということか。
まあ、別にいいけど。
俺は熱くなっているイグナシオとは対照的にニコニコした表情を崩さずイグナシオに話しかけた。
「騎士団長、そんなにも・・・ヘルマンの言うことを信じているのですか?」
「当たり前です。ヘルマンは真面目で誠実で、私に嘘の報告をするような人間ではありませんから。」
イグナシオは自信満々に言ってきて、その姿が面白くて俺はははっと笑ってしまった。
「・・・そうですよね。ヘルマンは真面目で・・・実に鈍感です。だからあなたは俺の監視役としてヘルマンを護衛に勧めたんですよね?」
イグナシオは俺の言葉に固まった。
おや、レックスも固まっている。
「召喚された勇者がどんな人物か、それを宰相とは別に探るために信頼できる者を勇者につけたかったあなたは自分を尊敬していて真面目なヘルマンに目をつけた。ヘルマンは性格もあってあなたに嘘の報告なんて絶対にしないという確信があったからこそ勇者の護衛に勧め、毎日の報告義務をかした。」
いくら国の重要人物である勇者の護衛になったからといって上司に毎日報告というのはさすがにおかしい。
だがヘルマンはイグナシオから命ぜられたという理由だけで疑問に思わず本当に護衛をした日は必ず全てをイグナシオに報告しているようだ。
これはレギオンの1人がずっっっとこの1ヶ月以上ヘルマンに憑いているから本当なのだ。
「ヘルマンは知らず知らずのうちに俺の監視役となっているなんて思ってもみてないでしょうねえ。」
「・・・・・・・・・。」
イグナシオとレックスはぽかんとしている。
「おや、お2人とも俺がここまで知っているとは思ってなかったって面白い顔をされてますねえ。」
「ゆ、勇者様・・・!あ、あなたは・・・。」
「ああ、ヘルマンは監視役なんて気づいてないですし、俺も監視されて特にまずいこともないのでどうぞ監視を続けて下さい。俺はこれからも気づいてないフリをしますので。」
「は!?ちょ、ちょっと!さっぱりしすぎじゃないですか勇者様!?」
慌ててレックスが突っ込んできた。
「そうですか?俺は今のところあなた方に興味がないですし、ちゃんと俺の1人時間などプライベートを守ってくれているので別にどうこう言うつもりはないんですが。」
これが俺の毎日3回15分の1人時間や深夜寝ているところなどを邪魔をされたらどうしてくれようと思っていたのだが、そこはちゃんと俺のプライベートを考えてくれて探ってくるようなことはなかった。
おかげで毎日俺は安眠できているしレギオンの報告をゆったり聞くことができた。
「むしろ俺が興味を持った方がいいですか?なんで宰相とは別に俺の監視をしているのか聞いていいですか?」
「い、いや、それは・・・。」
イグナシオは途端にオロオロしだした。
「じゃあラミロに事情を話して聞いた方がいいですか?」
「そ、それはまずい!・・・あっ!」
反射的に口から出たようで慌てて自分の口を塞いでいた。
だろうなあ。宰相には知られたくないだろうからなあ。
「心配しなくてもラミロには昨日本屋に行っている報告をして、その報告を信じているようです。朝、ラミロと会った時に何事もなかったですから。」
ま、ラミロとの信頼関係はそれなりに築いてきたつもりだから、柔和で繊細な俺が嘘の報告をするなんて思ってもないだろう。
「俺としては今は殺人事件のことが気になってますからね。」
「・・・・・・。」
イグナシオは複雑な顔をしながら黙って俺を見てきた。
色々と聞きたいが、言ったところで俺にかわされるのかもしれないと思っている顔ってところだ。
変に問い詰めようとしてかわされるならまだマシで。
イグナシオは自らラミロに言うのはまずいという反応をしてしまったことで、俺はラミロにいざとなったら告げ口をできるという「逃げ道」を見つけた。
これで下手にイグナシオは聞いてきづらくなったのだ。
俺としてもグイグイ問い詰められるのは好きじゃないからこの方がいい。
まあ、殺人事件が終わったら相手をしてやってもいいかもしれないな。
俺はふふふと笑って首を傾げた。
「ところで・・・剣の訓練はどうされます?」
結局、この日はイグナシオの判断で訓練はしないこととなって早々に部屋に戻った。
イグナシオの体調不良で途中で中止になったということにしていいと本人が言っていたので部屋に帰って早くに帰ってきて驚いていたアニタにそう言って、夕食前にきたラミロにもそう言っておいた。
レックスはずっと複雑な顔をして俺を護衛していたが、夜になる頃には落ち着いたのかいつもの顔に戻っていた。
「・・・し、失礼します!」
夕食が終わって部屋のソファで本を読みながらゆったりしていたら、慌てた様子のヘルマンがやって来た。
「や、夜分に突然申し訳ありません。」
まだ風呂も入ってない時間帯でアニタもレックスもいるところに真面目なヘルマンが来るとは珍しい。
「どうしました?そんなに慌てて。」
「街でお触れが出まして・・・。」
お触れ?
「明後日の正午に犯人の女性の公開処刑が決まったそうです。」




